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枢軸への旅 23



 ルーとフィラカルティーの二人は、少し離れた場所から浩平を見ていた。何かあったとしても二人に浩平を止める力はないので、傍観を決め込んでいた。

 だが、一人の人物が神殿に現れたことで状況は一変した。

 少なくとも傍からはそう見えた。

 ルーは慎重な足取りで瓦礫の上を進んだ。さっき浩平に襲われたのだから、警戒は当然である。しかし、実際のところそんな配慮必要ないだろうとも思っていた。

 声が聞こえ始める。


「――私のせいにしないでください。浩平さんは大馬鹿です。どうしようもなくお子様です。もう知りません!」

「元はといえば、セナが怒って出て行ったりするからいけないんだろ。それが何だよ――後になって私が間違ってましたーとか! もっと早く気付けばこんなことにはならんかっただろうが」

「でしたら、浩平さんの説明能力が足りなかったのが原因です。もっと親切丁寧にじっくり説明すればよかったのでは?」

「お、おお……お前は聞こうともせず出て行っちまっただろうが!」


 セナと浩平の議論は、もはや議論とも呼べない子供の口喧嘩レベルまで態を落としていた。二人とも言いたいことがいっぱいあり、そのうえ、気持ちが強いものだから、感情が理性を上回り、こんなことになっているのだ。

(こ、これが浩平? 鬼神フィルグランド……?)

 ルーはただただ戸惑っていた。彼女が浩平と出会ったとき、浩平は既にフィルグランドと呼ばれていた。なので、今目の前にいるに近い状態の浩平は始めて見るのだ。


「この……色ボケ女!」

「あ。ついに言ってしまいましたね……気にしてるのに!」


 もはや怖さや凄みは何処にもない。少年の見た目に相応しい、多感で融通のきかない心が透けて見えている。といって、実際のところ浩平の実年齢は三十なのだが、少女はそんなこと知る由もない――。


「女の手もロクに握れないヘタレに言われたくありません。私ですら分かります――浩平さん、経験ないでしょ」

「なっ! なんてこと言うんだ」

「なに顔赤くしてるんですか、浩平さんのエロがっぱ」

「だ、だれが――」


 だんだんと腹が経ってきたと感じ始めたルーだった。

(何だこの茶番は。ただ素直になれないからじゃれてるだけじゃんか……ていうか、私が来たことに反応なし? さっきはスキあらば殺してやるって感じだったのに、恋人が現れた途端、眼中に入らないって? ……なんか、ムカつく!)

 それは、嫉妬などという艶っぽい物とは程遠い激情だった。理不尽許すまじ。ただそれだけの苛立ち。

 強い敵が現れることで戦士は奮い立ち、新たなステージへの扉を開く――ルーはまさしく、戦士の本能に目覚め、奇行に走った。


「ねえ浩平、その女誰なの? 私以外の女と仲良くしないでよ」


 女らしい声色を使ったのも、関節を極める意外で男の腕にすがりついたのも、生れてはじめてだった。

 浩平は、その時になってようやくルーの存在に気付いたようだった。彼女の一連の行動は、その幼い美貌も相まって極めて可憐だったが、しかし、ルーが筋金入りの戦士だと知っている浩平からすれば、気味が悪くて仕方なかった。


「お、お前、ついに狂ったか?」

ついに・・・ってどういうことだ……」

「浩平さん。まさか、私がいない間に――」


 しかしセナは事情を知らない。ルーの目論んだ通り、あらぬ誤解を抱いたようだ。


「ヘタレでも一途な人だと思っていました……でも違ったようですね」


 さすがの浩平もセナの誤解に勘付いたようで、


「いや、そうじゃない。コイツはただの――」

「浩平、言ったよね。『お前の所有物になってやる。だから、オレの言うことを聞け』って――私、凄く嬉しかったんだよ?」

「それって、プロポーズじゃないですか!」

「違うって、それを言ったのは殺し合いの最中で――」

「言い訳は結構です――もう、こうなったらアレです『戦争』しかありません」


 言うが早いか、セナはスキル名を呟き、姿を消した。


「ちょっ――まっ!」

「おっとと」


 ルーと浩平が同時に飛び退く。セナの攻撃を避けたのだ。


「本気かよセナ」

「大義を得ました。これは天罰です」

「なんだそりゃ……」

「浩平は私の物なんだからぁ!」

「なんだそりゃ!」


 もはや口喧嘩すら通り過ぎて、拳での会話が始まった。皮肉にも、この三人の戦いはこの世界で最も高度なものとなった。見学者がいたら、きっと後世に語り継がれる名戦・・と呼ばれたに違いない。

 いや――見学者は一人だけいるのだった。


「ワシを救った少女たちよ――義理は果たしたぞ」


 物陰から三つ巴の戦いを見守っていたフィラカルティーは、ひっそりと呟くと居眠りを始めた。



 *



 この女の子が浩平さんとそういう・・・・関係じゃない事は私にも分かる。でも、きっと、今は戦うべきなんだ。意味なんてないし、理由だって分からない。

 だけど、疲れきって、戦いが終わって――そこで、やっと言えるはずなんだ。


『私はようやく恋することを知りました』


 下らない理由で魂の世界に迷い込んだ私が二つ目の魂の世界にまで行ってしまった理由――そんなの考えるまでもなく、


『もう一度浩平さんに会いたい』


 そんな、やっぱり下らない一念なのだから。

 私はもうすぐ消えるはずです。

 だって、願いが叶ってしまった。恋を知ってしまった。この世界にいる理由がありませんからね。

 ちゃんと気持ちを伝え切れるでしょうか――感謝を言葉にできるでしょうか――そんな不安はありますが――


 貴方のおかげで、今、私は幸せです。




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