枢軸への旅 22
身近な人間の死に直面したのは初めてじゃなかった。魂の世界に落とされる直前、浩平は妹である晴香の死を経験している。その時も浩平は復讐を行ったが、しかしその時は鬼神と呼ばれるほどの壮絶さはなかった。
晴香の件と、今回の復讐劇。なぜこうも違ってしまったのか。
それは、単純に時間の問題なのだった。
復讐を終えた直後、晴香が浩平の元に戻って来た。複雑な時間、空間超越を経て蘇生され、実家に戻って来たのだ。だから、浩平は狂気が熟す前に正気に戻ることができた。
しかし、今回の場合、すでに来る所まで来てしまっている。手は赤く染まり、黒い噂が背中に連なっている。
だから、こうしてセナが戻って来た所で、素直に喜ぶことができない。
といって、偽物だ――と突っぱねることも出来ないし、なぜ今更――と責めることも出来ない。鬼神フィルグランドと呼ばれるほどの悪に染まってなお、浩平のヘタレ癖は直らないのだった。
そんな少年を見かねて、セナは話し始めた。こうして再び帰ってくるに至る過程の話だ。
彼女が話した内容に複雑な部分は一切なかった。
心残りを持ったまま命を落とした人間が魂の世界に落ちる。魂を浄化し、転生に備えるためだ。
魂の世界でまた心残りを残して命を落とした場合――やはり転生に使えないので、更なる浄化の工程を課されるらしいのだ。
どういうことかというと――
アランに殺害されたセナは、第二の魂の世界に落ちた。そこにもダンジョンがあり、救済の手段が用意されていた。
セナはダンジョンに入り、恐るべき速さで階層を下り、あっという間に制覇した。そして、神と会合し、最初の魂の世界に帰って来たというのだ。
「制覇って――そんな、簡単にできたのか」
戸惑いを隠せない浩平。セナはしみじみと答える。
「簡単ではなかったですよ。でも、短時間で攻略できたのはスキルのおかげでした」
「スキル?」
「世界が変わったことでスキルツリ―も変更されたみたいです。私が貰ったのは操舵と加速。浩平さんはご存知ですよね? 神様から聞きました」
まさしく知っている。
「それから、仲間にも恵まれました。ウフフ――私、レフォーラさんのように攻略団を組織したんですけど、そこで指揮をとってくれた人がいて――誰だと思います?」
「――分かるわけ無いだろ」
「アランさんです」
「なっ!?」
浩平は驚かされっぱなしである。
アランといえば、セナを殺した緑の眼の通り魔の名前じゃないか。
「私の顔を見たアランさんの驚きようときたら、それはもう、今の浩平さんと比べても負けてないほどでした。アランさんは私に罪滅ぼししたいと懇願してきました。なので、思いっきりこき使ってあげたんです。
フフ――自分で言うのも変ですが、可哀そうなほど働かせてあげましたよ。きっと、彼も私を殺したことを心底後悔したでしょうね」
どうして、そんなにあっさりと話すのか……。自分は、復讐のために鬼になったのに、殺された本人がこうもあっけらかんとしていたら、立つ瀬が無いじゃないか。
そういう感情は、セナにも分かっているようだった。少女は少し表情を引き締めて、
「私が言いたいのは、もう復讐の必要はないということです。もちろん、複雑に思うのは分かります――でも、私のために頑張ってくれたのに、ゴメンナサイ……とか言うつもりはありませんからね」
ハッキリと宣言した。なんなら少し怒ってる風である。
「浩平さんは、復讐で悲しみを紛らわそうとしたでしょ? 狂った風を装って自分を保とうとしたのでしょう?」
「な、何だその言いぐさは」
「復讐をしたって私は喜ばない――分かっていたでしょ?」
「だからって泣き寝入りなんてできないだろ」
「人を殺すより泣き寝入りした方がましです」
ここまで言われては、浩平もムキになる。
「そんなわけ無いだろ。それじゃ、取られ続けるしかなくなるじゃないか」
「そうならない為に頑張るんです。そうなった時、自分を律するのが強さです!」
「なんだそれは――オレには理解できない」
「いいえ、浩平さんには分かっている筈です。思い出してください、私が殺される前の事を――今私が言ったことを教えてくれたのは浩平さんですよ?」
セナが殺される前――浩平は憤慨しつつも記憶を辿る。すると、刺々しい言葉たちが蘇った。
『嫌いなんだ――偽善者ってやつが』
『私も甘ったれは嫌いです――』
すっかり忘れていた。巨木の中で見た恐ろしい夢――そこでのたち振る舞いの違いが原因となって喧嘩となり、家を飛び出したセナは出先で殺された。
浩平は復讐に執心しすぎて、全ての原因を失念していた。
「オレは棟から落ちる二人を、両方見捨てた――そのことを言っているのか?」
セナはゆっくり頷いて、それから話し始めた。
「あの夢に対する正解をずっと考えていました。でも、答えは出ませんでした。多分、正解なんてないんです。誰を助けても、誰を助けなくても、結末は悲しくて残酷――意地悪な夢です。
でも、正解が無いからこそ、取るべき行動には意思が宿ると思ったんです。
私は女性の方を助ける選択をしました。それは、一人でも多く助けるべきだ――という意思からくる私の最善策です。
浩平さんは、片方を絶対助けられないから、どちらも助けない――沈黙を選びました。
あの時の私は、それを臆病と感じました。最低だと思いました。
でも、今なら分かるんです。
浩平さんは意思が強すぎるんです――愚直なまでに正義漢すぎるんです。だから、選べなかったんですよね……どうしても両方助けたかったから、だから動けなかったんですよね。
所詮夢は夢です。結果は大事じゃない――本当に大切なのは意思だった。私はようやく気付くことができました」
セナの顔は晴れやかだった。滞っていた物が解消され、すべて上手くいった――という感じだ。
しかし、浩平は解せない。
「た、たしかに、あの時オレは泣き寝入りしたかもしれない――でも、それを覚えていても、結局復讐せずには居られなかったはずだ。だってそうだろ? お前を殺されたんだ――犯人が憎いに決まってる」
「またまた、そんなこと言って――だから私は怒っているんです!」
二人の議論はまだまだ終わらない……。




