賢者の末裔
地下室の出口は、そのまま家の中に続いていた。広いリビング的な部屋に出たのだが、日本にはない感じの家だ。ここはアーネの家だそうだで、先祖代々スターウェイの体を地下に保管して、見つからないように守っていたらしい。綺麗に掃除されてるけど、物が少なくてどこか寂しい。
アーネは自分の部屋に服を取りに行った。そう、俺はまだ素っ裸だ。彼女は俺のそばから離れるのを嫌がったが、大丈夫だと念を押すと、ようやく納得してくれた。
「はっ……何も見えない? か、体がう、うう……」
おっ、起きたみたいだ。
賢者の末裔メシア=ストレーゼは、手足を縛られ目隠しまで付けられて床に転がっている。アーネがやったのだ。なにもそこまでせんでも――と言っても聞く耳を持たなかった。バタバタと体を動かしているが、もちろん立ち上がることもできない。
「大丈夫か? 動くと縄が食い込むぞ」
「その声は、スターウェイだな! 貴様、さっきはよくも――」
「俺は何もしてないだろ。お前が勝手に見たんだ」
「見た……? な、ななな――この変態! 露出狂! すっぽんぽん!」
こうして明るいところで見ると、メシアは普通の女の子にしか見えない。賢者の末裔だとか、俺に刃物を向けただとか、なんかの間違いじゃないかってくらい普通だ。発育も――。
「この縄を解け、解放しろ馬鹿野郎!」
ば、馬鹿野郎はないだろ。
「縄を解くことはできないが、目隠しなら取ってやってもいいぞ」
「――?」
「しかし、お前は目を開けることができるかな?」
「ま、まさか――まだ服を!?」
「フフフ。さあ、動くなよ。すぐに目隠しをとってやるからな」
「スターウェイ様……」
「はっ!」
罵られたもんだから、つい悪乗りしてしまった。振り返ると、着替えをもって戻ってきたアーネが部屋の入り口に立っていた。冷たい目をしている――俺をそんな目で見ないでくれ……。
「こちらに着替えてください。拷問はそれから始めましょう」
「まて、そんなことするのか?」
「怨敵の末裔です。死よりつらい目に合わせてから殺しましょう」
さすがに引くわ!
メシアの固唾をのむ音が聞こえる。まずいな、アーネは冗談を言ってる風じゃないし、このままじゃ本当に解体ショーが始まってしまう。俺には恨みとか無いし何とか止めなきゃ。
「アーネよ、私を見くびっているのか」
なるべく低い声で言ってみる。すると、アーネはビクッと肩を震わせて狼狽えた。
「な、何の話でしょうか……」
「この私の力をもってすれば、人間の精神を操るなど容易い。すでに此奴は私の支配下にある――そら、返事をしてみよ」
とっさの判断だったが、我ながらいい作戦だ。さあ、空気を読んでくれよ? 俺とお前は、利害が一致している。
緊張の一瞬。メシアはゆっくりと口を開いた。
「はい、魔法王様――私の全ては貴方のものです」
はあ、良かった……。
一方アーネは一瞬、信じられない――と目を見開いて、それからトロンと危ない感じの笑顔になった。
「スターウェイ様――私が間違っておりました。これからは、従僕なしもべとして精進しますので、どうか、どうかお許しください……」
「よい――それより、腹が減った。なにか仕入れてこい」
「は、はい!」
アーネは凄いスピードで出て行った。
「はあ、しんどい……」
「お前、私を助けたのか?」
「結果的にそうなっただけだ。俺は拷問なんて見たくなかっただけ」
分からないことだらけの状況だけど、ここは元居たのとは違う世界なんだろう。アーネの非常識さを見てそう思った。死んだはずの俺が違う体になって生きていることや、思いっきりファンタジーな昔話にも、それで説明がつく。つくかっ! ――いや、驚いたことに現状では、それが一番理に適ているんだから信じるしかない。
「お前、じつは良い奴なのか?」
「あ? 良い奴も悪い奴もないだろ」
「……ねえ、私本当にお前に仕えてもいいよ」
「何の話だ?」
「だからさ、さっき言ったでしょ――私の全ては貴方のものです――って」
「それはアーネを煙に巻くためについた嘘だろ」
「だから、本当にお前の物になってもいいって言ってんの!」
何を言ってるんだ?
メシアは俺を殺すだか封印だかしに来たはずだ。何か裏があってこんなこと言いだしたのだろうか。だとしたら納得できるけど、そういう風には見えないんだよなあ。となると――ダメだ分からん。
おとなしく聞いてみることにした。
「なんでそんな話になるんだ。メシア、お前は俺の敵なんだろ?」
「うーん――たしかに私の家は魔法王の敵だし、私は再封印の任務を任されてるけど……でも、それって五百年前の話でしょ? 私にはピンとこないの。それに、実は――もう封印の方法とか分からないんだ」
「は? それじゃあ、お前なにしに来たんだよ」
「大好きだったおばーちゃんがね、私によく「使命を果たせ」って言ってたの。二年前に死んじゃったんだけど、最後の最後にも同じことを言ってた……だから方法はわからないけど、やるだけやってみようと思ってここに来たんだ」
「…………」
なんてこった。
とんでもなく健気じゃないか……。
「メシアが俺を敵だと思っていないのは分かった。でも、俺の物になったら家にも帰れないかもしれないんだぞ? 家族にも会えないかもしれない。それでもいいのか」
「家はあるけど、家族はいないよ。両親は最初から居なくて、おばーちゃんが唯一の家族だったんだ」
あああぁ……どうしよう。とんでもない罪悪感がなぜか襲ってくる。
なんて不幸な――ってことじゃないんだろうな。詳しい事情はたぶん彼女にも分からないんだろうけど、昔の争いとか、使命とか、色んなものが絡まりあってメシアはここに来た。その行為が無意味だと知っているのに、彼女は投げ出さなかった。その事実がすべてを物語っている。本当に大切な人に言われたからメシアはここに居るんだ。そして、それはきっと幸せなことだ。
「わかったよメシア――お前の話は理解した」
「本当? それじゃあ――」
羨ましいと思った。一生懸命になることを嫌っていた俺には本当に大切な人なんて居なかった。家族を含めて一人も。
「でも、メシアが俺のものになるってのはダメだ。それは許可できない」
「そんな!……私は――」
「だから、好きにしてくれ。俺はお前を拒まないし束縛もしないからさ。一緒にいたいならそうしてくれ、頼みがあったら言ってくれ――俺はそうするつもりだ。そんな関係じゃだめか?」
俺は向き合うと決めた――そこに主従関係は邪魔だ。
「わかった。それでいい……そのほうがいいね!」
メシアは底抜けに明るく言ったのだった。




