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枢軸への旅 19

 男はドアが閉まる音で目を覚ました。


「ん……」


 薄目を開けると、エーリを背負ったルーの姿が見えた。


「あ、起しちゃったか」


 ルーは疲れきって眠っているらしいエーリを椅子に下ろした。


「なにがあった」

「べつに、なにってこともないけどさ」

「ボウズはどうした」

「ボス部屋に向かったよ」

「なんだと?!」


 フィラカルティーは思わず飛び起きた。


「なぜ行かせた! アイツ一人では勝てるか分からんぞ」

「止めたってば……」


 ルーは自分の上着を捲って腹部を露出した。薄く白い胴体には大きな青痣ができていた。


「たぶん――もう誰も浩平を止められないんじゃないかな。少なくとも私じゃ敵いそうになかったよ」


 さすがの男も体を仰け反らせる。この少女が不覚を取るなど、およそ信じられない。浩平とルーの力量差は圧倒的だったはずだ。


「おじさん、前に言ってたよね――浩平は荒ぶる神になろうとしてるって。さすがの先見だよ。本当にそうみたい――アレはもう人間じゃなかった」


 長いまつげを伏せるような表情はこの少女にとって珍しい。こと、戦闘において後れを取ったり、思い悩んだりするなど、あり得ないことだった。


「私のいた世界でも、話だけは聞いたことがある。戦争でいっぱい敵を殺して英雄になった“ラスク”っていう人がいた。その人は、元々ひ弱で臆病な人だった。でも、幾つも戦場を経験するうちに、どんどん人格が変わって行った。特別な訓練をしたり、強い武器を手に入れた訳じゃないのに別人のように強くなっていったらしい。

 おじさんには分かるの? どうして浩平やラスクは強くなったのか」


 男は即答する。その質問は、彼がずっと考えていたことなのだった。


「それは才能だろう――戦いや人殺しの、ではなく――衒いなく“狂気”に淫する才能。勇気と置き換えてもよい。誰もが到達しうる“道の無い道”を駆け抜けることができてしまう――そういう人種なのだ」


 人の持つ潜在能力は、どういう意図か分からないが随分多めに用意されている。引き出すことができないという前提の力を誰でも持っているのだ。浩平や英雄ラスクは、その力まで到達できてしまった。そこに道理はなく、才能と称するしかない。フィラカルティーが語ったのは、そういうことなのだった。

 ルーはどこか寂しげに頷いて、


「そうだね……そう考えるのが――ううん。そう考えないと納得できないかも」


 しかし、すぐに顔を上げた。


「なら、なおさら放っとけないね。私たちも行こう」


 男は少し面食らって。


「行った所で意味はないぞ」


 頭を振った。

 しかし少女の意思は固い。


「浩平が敵を倒しても、逆にやられても、私たちはそれを目撃するべきだよ。だって――神様って人間が居なきゃ存在できないでしょ?」



 *



 九十一階層の主は竹林の奥に設けられた寺院の中にいた。


――ウルルルルロロロロ……。


 古びた院内に不気味で湿った音が響いている。


「――――」


 浩平はただ直立している。

 敵の姿を見たのは少し前――彼より一回り小さいくらいの体を持つゴブリンのような生物だった。その生物は浩平を見るなり姿を消した。さっきから不気味な鳴き声に混じってラップ音のような音が聞こえている。つまり、ボスは目に見えない速さで動き続けているのだろう。


――ウルウルルロロロルゥ……。


 敵の武器が速さであることは明白。それを生かした一方的な攻撃を仕掛けてくるだろうことは安易に想像できた。


氷剣アイスソード


 突然のスキル発生。浩平の手の中に細身の剣が現れ――


忘却ノット


 さらにもう一つ呟く。

――と、何を思ったか、浩平は氷剣を無造作に投げた。


「ウゴガグギィ……」


 すると、一瞬にして院内が静かになった。

 何も無い空間に突然ゴブリンが現れた。その胸の真ん中には氷の剣が深々と刺さっている。


「グ……ギィ……」


 化け物の眼に可哀そうなほどの喪失が浮かんでいた。そして、そのまま仰向けに倒れると、光の粒子となり消えた。

 その直後だった。二人が院内に駆け込んでくる。


「終わった――の?」


 唖然として呟いたのはルーだ。

 浩平は――


「やあ、二人とも丁度よかった。うん、ボスを倒したよ」


 底抜けに明るく答えたのだった。

 男と少女は顔を背けそうになった。もう全てが遅い――今の浩平は明らかに浸ってしまっている。そのことに気付いたのだ、

 フィラカルティーは恐る恐る質問を投げかけた。


「どう戦ったんだ? 前の階より弱いということもないだろに、よく勝てたもんだ」


 浩平はあっけらかんと答える。


「新しいスキルが解放されたんだ。ほら、前の階で勇み足アレグロっていうスキルが増えたじゃない。これは、もらえる経験値を二倍にするっている効果だったんだ。それで、パンダを何体も倒したらすぐにレベル五十になってさ。二つ目のスキルは忘却ノットっていうんだけど――どうやら相手の注意を反らす効果のスキルみたい」


 先ほどの浩平の投剣は、まったくの当てずっぽうだったのだ。ゴブリンの動きが速すぎて、たまたま剣が飛んで行った場所、タイミングで剣の前を通過してしまった。だから剣が刺さった。それだけのことだったのだ。

 当然だが、ゴブリンは氷剣を警戒していた。普段であれば、完璧に対策を用意したことだろう。しかし、スキル忘却ノットによって、自分が何を警戒していたのか忘れてしまったのだ。氷剣を使って繰り出してくるだろう攻撃の予想と、それに対する対抗策、さらには氷剣その物の存在を綺麗さっぱり忘れてしまい、そして、事故的に命を落としたのだ。


「どうだ、フィラカルティー。このスキルならもうバカにされないだろ」


 心底楽しそうに言う浩平だったが、


「……」

「――」


 男と少女は、もはや逃げ出したいくらい、その態度に怯えていた。



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