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枢軸への旅 18



「この指輪は――もらったんです」

「緑の眼の男からか」

「アランを知っているんですか!?」

「お前とどういう関係だったんだ」

「――恋人でした」

「そのアランという男は、今どこにいる」

「この階層の主と戦って……もういません」


 浩平は背を向けて歩き出した。

 ルーもフィラカルティーも彼を止めようとはしなかった。

 緑の眼の男アランと恋人だったという女は、ポカンと首を傾げて、


「あの、よく状況が分からないのですが――」


 二人に問うた。



 *



 なんとも皮肉に満ちた話だった。

 アランはセナの持っていた指輪を奪った。殺してまで欲しかったということは、指輪の持つ能力を知っていての行動だったのだろう。しかし、アランは指輪の真価を知る前に死んでしまった。


「死んでしまう前のアランは少し変でした。落ち着きが無く、眠ることもままならないようで、常に思いつめた顔をしていました……話を聞いてようやく分かりました。アランはセナさんを――」


 無抵抗な少女を殺してしまったという負い目、そして、きっと耳に入っていたであろう断罪者フィルグランドの噂――後悔と怯えに支配されたアランは逃げるようにダンジョン攻略を急いだ。そして、ボス戦で命を落とした。

 セナから指輪を奪った男が全くの悪人であったなら、まだよかった。

 しかし、アランの後悔は明らかであり、そしてさらに不運なことに既にこの世界に居ない。

 浩平の怒りは何処へ向ければいいのだ。幾多の他人を葬って、悪鬼と呼ばれてまで成し遂げようとした復讐は、もはやどう足掻いても達成できなくなってしまったのだ――。


「ねえ、探しに行かないの?」


 そこは、竹林の中に設えられた質素な小屋だった。心に咎を抱えた一人の男が愛する女と共に一時住んでいた場所。

 ルーとフィラカルティーは助けてもらったお礼にと案内され、食事をごちそうになったところだ。


「ワシにはかける言葉など無い」

「まあ、そりゃそうか――ところで、おじさんと浩平って変な距離感だよね。どうして一緒にいるの?」

「ワシを死の淵から救った二人の少女がいた。ボウズを助けてほしい――それが二人のたっての希望だった」

「恩返しって訳か。意外と律儀なんだね」

「年寄りだからな」


 二人は何気なく話しているようで、どこか上の空だ。浩平を気の毒に思う反面、余計なことをするべきではないと判断出来てしまうので、しかたなく会話で茶を濁しているのだった。


「じゃあ私が行くね」

「――意外だな。何を言ってやるつもりだ? ボウズは聞く耳もたんだろうぜ」

「え? 違うってば。さっきエーリが家を出て行ったでしょ。あのパンダとかいうモンスターは夜行性らしいから危ないと思ってさ」


 エーリというのはこの家の持ち主の名前だ。食事中に聞いていたのだ。


「家を出て行ったって――そうなのか?」


 フィラカルティーは珍しく驚いた顔をしている。


「廊下を歩く音、ドアが静かに開いて閉じる音――さっき聞こえたじゃん」


 ルーは何を今更――といった風に言うが、フィラカルティーには、そんな音全く聞こえなかった。


「それじゃ、行ってきまーす」


 言うが早いか、少女は風のように部屋から出て行った。


「うむ――」


 我関せず――フィラカルティーは椅子の上で目を閉じた。



 *



 その頃、浩平は――

 青い林を両断する清らかな流れ、その始まりにはやはり清らかな滝があった。苔むした巨岩の上に胡坐を組む中性的な少年の姿は、さしずめ思想家のようだ。

 しかし、その心中には濁流がのたうっているに違いなかった。迷い、後悔、やるせなさ、虚無感――そういった、およそ清らかさとは縁遠いもので満たされているのだ。


「あ、あの――」


 声を背中に感じ、しかし浩平は微動だにしなかった。

 エーリはそれでも話す。


「なんといったらいいのか、私には分からないのですが――どうか、アランの罪を償わせてください……私にできることなんて、限られていますが、それでも、出来ることは何でもやります」


 怯えている。が、迷いはないようだった。

 愛する男が背負ってしまった罪――それを清算できるのは自分しかいない。それは、あるいは飛躍した思想かも知れなかったが、故人を慮るという点においては何処までも清楚と言えた。

 浩平は呟く。


「セナともう一度話がしたい――オレはアイツに悔いを残したまま死なせてしまったんだ」


 ここで堪らなくなってはきっと不誠実だ――そう理解しながら、エーリは涙をこらえられなかった。

 彼女の涙を知ってか知らずか――浩平は平坦な声で続ける。


「せめて仇を――なんて、セナは望みやしない。でも、故人が残された人々の中で生き続けるというのなら、やはり、復讐は必要なことだと思うんだ。

 だからオレは殺し続けた――復讐を果たすため、無関係な他人を殺し続けた――」


 浩平は一度言葉を切ってエーリと向き合った。

 エーリははっと息をのんだ。


「オレはさ、セナに会わなきゃ一生復讐なんて考えず生きたと思うんだ。だからさ、オレにとって復讐ってのはさ、セナという人間が居たことを証明するたった一つの手段だったんだ――」


 浩平は微笑んでいた。一切どこにも力みが無い――まるで仏の尊顔のように、祝福に満ち、空寂しい表情だ。


「オレのために何かしてくれるっていうなら――教えてくれないか――どうすればオレはセナを証明できる?」

「あ……あ、ああ……」


 エーリは、もはや立っていられなかった。

 ここに立つ為に腹に据えた覚悟は、もはやマッチの火のような頼りなさしかなく、もはや彼女を支えることはできなくなっていた。

 膝をつき、蹲り、泣いた。

 半分は同情であり、もう半分は共感。

 この世の誰よりも浩平の内なる慟哭を理解できる人間が彼女なのだ。

 立つ瀬無い悲しみに身を浸していながら静かに微笑む浩平の心理を理解できてしまうから、彼女は泣かずにはいられないのだ。



 切り刻まれたようなエーリの叫びは何時までも竹林に響いた。

 そして、浩平の頬笑みも絶えることはなかった。



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