枢軸への旅 16
ルーを仲間に加えた浩平の足取りは、それまで以上に軽くなった。僅か数日のうちに九十階層突破を達成した。
そして、九十階層ボスを倒したその時、目の前に数字が現れた。
――九十九から百へ。
レベルカウントがストップした瞬間である。
「ねーねー、スキル見せてよ。三つ目なんだからきっと強いんでしょ?」
ルーの嬉々とした催促に促された浩平はスキル名を発声した。
「氷剣」
すると、彼の眼の前の空間に氷が現れる。細く鋭い刀身、同じく繊細な鍔と柄――それは、眺めてこそ真価を発揮すると言わんばかりに可憐な剣だった。
「すっごい、綺麗だね」
ルーは透明な氷以上に光り輝く瞳で氷剣を見つめていた。しかし、
――パアァン
浩平は氷剣を地面に打ち付けて割ってしまった。
「やはり使えんな」
フィラカルティーはせせら笑いを浮かべて言った。
「そういえば言ってなかったが、魂の世界で授かるスキルってのは、ソイツが元の世界で歩んできた時間によって決められるらしいぜ」
「ええ、そうなの? 初耳なんだけど――私、腕が硬くなるような生き方してたってことになるけど……ピンとこない」
ルーは自分の腕を抱えて首を傾げた。
「硬化は“守る”ことを指示しておる。心当たりがあるんじゃないか?」
「え? ええと……ちょっと忘れちゃったかな」
「金属を超える硬度を誇る結晶――明らかに尋常ではない意思があったはずだが、本当に忘れたのか?」
「う、うん」
ピンと来ていて、あえて恍けている。そんな態が見え見えだったが、フィラカルティーはそれ以上追及しなかった。
「氷をテーマとした一連のスキル群――これは、実は珍しいのだぞ」
話を振られた浩平は、チラとそちらを見ただけに留まった。聞き返す気はないが、話したいなら勝手に話せ、という感じだ。
「それこそ結晶と比べれば氷など脆弱極まりない。先ほどの氷剣が簡単に割れてしまったようにな。しかし、氷の本質とは、これもまた“守る”ことを意味している。水よりは氷の方が硬い訳だからな」
「生前の意思の強さでスキルの強さが変わるってことなら、浩平の“守る”って言う意思はそこまで強くなかった――ってことになるのかな?」
「最終的な硬度を見れば、そう思えなくない。しかし“差“という点を考慮すれば、あながちそうとも言えんかもしれない。
生身の腕から結晶――無形の水から氷――どちらも決定的な変質だと言えるからな」
「じゃあ、浩平は元がダメダメだったんだ!」
バカにするようなセリフであるが、彼女は話を理解できたことを喜んで言っただけなのだった。
フィラカルティーはガハハと豪快に笑った。
「ああ、その通りだな。こいつはな、愚鈍として最初の死を迎え、そして、魔法王として新たな生を受けたのだ。劇的な変化を経験したというのも、元が低レベルだったというのも、まさしくその通りだ」
「魔法王?」
「世界で一番強かった男さ」
「へえ――じゃあ、浩平は、実は凄い強い人間だったんだね」
少女の突拍子の無い発言に、これまで話に加わっていなかった浩平が口を開いた。
「強いのは体だけだ。何を聞いていたんだ」
ルーは至極真面目に反論に反論する。
「えー、ちゃんと聞いてたよ。私が言いたいのはさ、突然強い力を手に入れちゃった人って、絶対おかしくなるってことだよ。ほら、お金とか権力とかさ、そういうのって簡単に人を変えちゃうじゃん? でも浩平は変わって無いみたい。だから強いなって思ったの」
「オレは生まれ変わって変わった」
「嘘だぁ。だって、浩平は今でもダメダメじゃん」
さすがの浩平も相手を睨んだ。
しかし、少女は飄々と、
「ほら、すっごい真面目だもの。怒っちゃったりしてさ。なんか、普通なんだよね浩平って――凄い強さとか、何でもできる権利とか、そういう物の味を知ってる人間はさ、真面目に怒ったり、悲しんだりできなくなるものだよ。
だから、浩平は凄く強いんだよ――今だって、復讐のために行動してるんでしょ? そんなによく知りもしない女の子を殺されたからって、そんな殺人鬼みたいな風を装って、何気なく人を殺している風でいて、相手が罪人だって言い訳がなきゃ殺せなくて――」
「オレが無理しているみたいな言い分だ」
「“みたい“じゃないでしょうが」
険悪なムードが漂い出した。
「まあ、お譲ちゃんの言うことは一理あるかもしれんな。殺人鬼というのは誰しも破たんしているものだ――ボウズもまたそうだ。ただし、欠損している部分が希有なのだろう。だから、氷などという貧弱なスキルをもらってしまった」
「欠損している部分?」
少女は真面目に考え始めた。が、すぐに諦めたらしく肩をすくめた。
「おしえて、おじさん。それはなに?」
素直に問うルーだった。
フィラカルティーもまた素直に答える。
「それは――“賢さ”だろうさ」
「…………ぷっ」
盛大に笑いだす二人。
「そんなことより、フィラカルティー。スキルがもう一つ増えているぞ」
浩平が何気なく言った。




