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枢軸への旅 14



 その男は、見通しの良い平坦な建物の上から下界を覗いていた。闇と同じ色のローブを身にまとい、フードで顔を隠している。

 男は撤退を考え始めていた。その時点で十六人の追手を葬っている。そのうち十二人は味方を間違って殺しているので、実質、二十八人の追手を退けた計算だ。敵の規模を正確に把握している訳ではないが、ここからさらに何十人も湧きでてくるとは考えられない。戦いは終わりだろう。

 

――そんな時だった。何の前触れもなくそれ・・が飛来してきたのだ。


 危ない所だった。男は僅かに油断していた。月の陰りを感知できていなければ、潰されていただろう。

 カイイィン――派手な快音と共にそれ・・が屋上に突き刺さる。さっきまで男が立っていた場所に大穴が穿たれ土埃を上げている。

 飛び退りながら、視界の隅で捉えた。

 それは、巨大なハンマーだった。ドラム缶に三メートルはあろうかという長い棒を突き刺したような形。全体が金属質な銀色一色であり、相当な重さがあるようだ。男は一瞬でそこまで把握する。が、


「――っつ」


 悠長に考えている暇はない。

 再びハンマーが飛来する。それも、二つ同時だ。今度はそれほど正確に狙いを付けられていないらしく、少し離れた所に着弾した。それでも、八方にまき散らされる砕けた屋上の破片は、相当な脅威となった。

 次から次へとハンマーが投げ込まれてくる。屋上はたちまち穴だらけになり、土埃が深くたちこめた。

 男は被弾こそしなかったが、回避を余儀なくされ、暇なく動き続けなければならなかった。

 しかし、次第に回避し続けるのも困難な状況に追い込まれてゆく。ハンマーの直撃を受け続けた屋上の床に限界が来ようとしている。小さな亀裂がまた別の亀裂と合流し、全体的に脆くなっている。逃げる場所が限られてしまううえ、このまま屋上に居ては、いずれ起きる崩落に巻き込まれてしまうだろう。

 男はハンマーが飛んでくるのと逆方向へ走った。隣の建物に飛び移るつもりなのだ。そうした根拠は、ある程度敵の手の内が読めたからである。おそらく大した相手ではない。ハンマーを無限に生成するスキルか――あるいは、能力向上バフ系のスキルで筋力を強化しているのだろう。遠距離攻撃を仕掛けて来たということは、近接戦闘の自信がないということだ。敵は、のろまなパワー型――そんな相手であれば、一度間をおいて、改めて攻め込んでも十分倒せる。だからこそ、今は撤退がベスト。そういう判断なのだった。

 男の判断は正確だった。事実として、間違っていなかった。

 しかし、同時に誤算もあった。


――敵は一人ではなかったのだ。


 助走を付け、隣の屋上へ向け地面を蹴ろうとしたその時――


「えへへ、引っ掛かったね!」


 男の進行を妨げるように人影が躍り出た。

 新手? いつの間に上がって来たのだ――虚を突かれ、思わず立ち止まる男。

その人物は地面を蹴り、月夜に舞い踊る。


「――なっ!?」


 男の口から驚きの声が漏れた。敵の姿を見てしまったのだ。

 白銀の長髪と幼く可愛らしい顔。それらにまったく似合わない野良兵士のような野暮ったい服を身につけている。

 飛来したハンマーが墓標のように並ぶこの屋上において、全く相応しくない人物だった。

 さすがの男も戸惑ってしまっていた。ほんの一瞬の油断が生まれた。

 少女はそれを見逃さない。


「おおりゃぁぁぁ!!」


 男勝りな咆哮と共に男の元へ飛び込み、そして、その白く細い腕を振り下ろした。


「――――」


 少女にしては恐ろしく鋭い攻撃であったが、さすがに男も実力者である。何なく回避する。しかし、少女からしたらそれすら織り込み済みの攻撃だった事を、直後、男は理解する。



 *



 投げたハンマーが着弾したのと比べても数倍大きな爆発が起こった。

 その男は隣の建物の屋上でそれを見ていた。

(や、やったんだな――!)

 とたん、体中から力が抜け、その場に巨体を横たえる。

 男に与えられたスキルは、ハンマーを無限に生成できるというものだった。普段は強靭な肉体にモノを言わせ、モンスターたちをハンマーでたたき潰してきたのだが、ハンマーを大砲の弾のように扱ったのは初めてだった。

 それは、少女の指示だった。少女の立てた作戦はまったくもって放れ業であり、およそ上手くいくとは思えなかった。が、同時に「こいつならなんとかするかも」という予感も男は感じていた。だから従った。スキルをフル稼働させ、両手に次々とハンマーを生み出し、それを投げ続けた。最初の一投以来、土埃で視界が無くなり、闇雲に投げた。敵は既に逃げおおせているかもしれない、まったく効いてないかもしれない。そう思いつつも投げるのを止めなかったのは、これもまた少女の指示だった。

 その少女といえば、投げたハンマーに捕まって飛んで行ったのだ。


『私はハンマーと一緒に向こうに移動するから、おじさんはハンマーを投げ続けてね。多分相手は、正確に私たち――っていうかおじさんを分析して、最後は逃げると思うんだ。そこを私が叩く』


 何を根拠にそんな作戦を立てたのか、男には皆目見当もつかなかったが、結果を見れば少女は正しかったということに違いない。

 先ほどの爆発は少女が起こしたのだろう。その怪力を身にしみて知っている男からすれば、それほど驚くことではなかった。何とも心強く、そして、恐ろしい――変な少女だ。


「ふう――」


 男は充足感を感じつつ、寝転がって月を見つめている。全て終わったのだ、と。しかし、


――ゴゴゴゴゴゴォォォ。


 気付けば、不気味な低温が辺りに満ちている。


「まっ、まさか――!」


 男は飛び起きた。柵に駆け寄り、隣の建物を見やる。

 それとちょうど同じタイミングだった。

 建物が崩壊を始めた。それも、ハンマーの被害で弱くなっていた屋上部分が崩れ落ちている訳ではなく、地震の揺れにでも晒されたかの如く根底から派手に倒壊しているのだ。


「あ、ああ……てえへんじゃねえかっ!」


 男は目をひん剥き、体がだるい事もすっかり忘れて、弾かれたように階段を下った。

 バカみたいな怪力を持っているとて、少女は少女だ。建物丸ごと一つ分の瓦礫が降ってくれば、ひとたまりもない。だとすれば、男が走る意味など、もはや無いのだが、それでも、もしかしたら助けられるかも――という気持ちが捨てられない男なのだった。


「…………おおう」


 建物を出ると惨憺たる光景が広がっていた。そこにはさっきまで建物があったというのが信じられない。柱の一本すら立ってはいなかった。


「おおい! お譲ちゃん、生きてるか! おおい! 返事しやがれ!!」


 男はわき目も振らず走り回り、瓦礫の山を掻きわけ、叫んだ。すると、


「おじさーん! こっちこっち」


 その声を聞いた時の男の顔ときたら、もはや、人殺しを厭わない荒くれ者の威厳など何処にもなかった。

 少女は瓦礫の中に平然と立っていた。服がボロボロに破けており、男としては色んな意味で目をそ向けたい気分だったが、構わず駆け寄って行く。


「よくもまあ無事だったなあ」


 心底驚いて男が言うと、少女はニッと悪戯な笑顔を浮かべ、次の瞬間、すぐ近くに突き刺さっていたハンマーの柄を拳で殴りつけた。

 男は目をそむけた。ハンマーが頑丈な金属でできていることは熟知している。それを殴れば、細く手繊細な少女の拳などグチャグチャになってしまう。何をやりだしたんだ――という思いだった。

 しかし、男が恐る恐る目を開けると少女は変わらず楽しそうに笑っていた。手の方も全く無事のようだった。そして、ハンマーの方はというと、殴られた部分が丸く歪曲しているではないか。


「私のスキルは結晶化クリスタルボディーっていうんだ。両腕をとてつもなく硬くて丈夫に作り替えることができる」


 男はようやく腑に落ちた。その腕を使って瓦礫の中を生き延びたのか――と。そして、今度こそ、ホッと息をつくことができた。


「まったく、トンデモねえお譲ちゃんだぜ……しかし、よかったな。これでフィルグランド討伐は終わりってわけだ。もうこんなことには関わりたくねえぜ……」


 心底ウンザリして言う男だった。

 

「ううん――残念だけど、まだ終わってないよ」


 少女はそう言うと、瓦礫の中から黒い塊を引っ張りだしてきた。

 それを見た男は、再び目をひん剥いた。


「お、おい――まさか……オレたちが戦っていたのは――」


 黒はローブの色だった。そして、その隙間から覗く、怨敵フィルグランドの顔は、前情報とは全く違うものだった。

 白い髭と髪。顔中に刻まれた皺。気を失っているようで、目を閉じているが、どこか鋭さを感じさせる中年男。

 男か女か分からない少年――それがフィルグランドの特徴だったはずだ。


「ど、どうなってんだよ――おい」

「多分、討伐隊が組織されたっていう情報が漏れてたんだよ。おかしいと思ったんだ――こんな特殊な路地にとっさに誘い込むなんて、準備がよすぎる――襲ってくると知っていて、囮を使ったのは確実だろうけど――何のために……フィルグランドの目的はいったい――」


 少女はしばらくウンウンと感が込んで、そして、


「ダメだ、分かんないィ!」


 嫌になって喚き散らした。


 二人は知らないのだ。フィルグランド――もとい小井戸浩平は、二人の雇い主であるレフォーラと面識があることを。そして、浩平はレベルを上げるため、断罪者を装い人を殺していることを……。





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