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枢軸への旅 12



「くふふふふふ……」


 見つけた宝物を胸に抱え、しかし誰にも沿そと悟られぬよう配慮しているような笑い声。常闇の町が広がる五十一階層――男は暗闇に身を隠し早足で進んで行く。


「くふ――くふふふふ……」


 男は見通しの悪い路地を迷い無い足取りで次々と曲がる。

――と、唐突に、あるところで男の足が止まった。何かが足に当たったのである。


「……あ?」


 コトン――。

 黒いダイヤモンドのような物が落ちている。足で小突いてみると、つつつと音を立てて地面を滑った。

 氷の塊だ――人の頭大の透明な氷塊が落ちているのだ。男は首を傾げる。なぜこんな所に、こんなものが落ちているのだろう。

 その時だった。

 男の背後に影が舞い降りた。


「――!?」


 男は空気の動きを察知し、たちどころに振り向く。彼は普通の人間ではない。日々戦い続ける人間なのだ。といって、ここはダンジョンの中であり、ある意味ではそれが普通といえるが。常人よりは警戒心が強く、感覚が敏感なのは確かだった。

 落ちて来たのは黒いマントを体に纏った人物らしかった。ほんの一瞬、ほんの僅かな視界でそこまで理解するが、それ以上は何もできなかった。

 マントの人物の手が素早く動き、男の顔面を鷲掴みにする。


『マズイ!』


これほど距離を詰めてくるということは、敵はよほど接近戦に自信があるのだろう。その上、視界を奪われているので、応戦できない。男は急所を隠すように構えた。それが最善であり唯一の対抗策だと考えた。

しかし――攻撃は来なかった。

では、何をされたのか……それもよく分からなかった。


『顔が冷たい』


 男が感じたのはたったそれだけだった。


「――は、罪を――オレは――であるから――――これは断罪――」


 水の中に響くような声――よく聞きとることができない。しかし、その声が少年のように甲高く、淡々としていることだけは感じ取れ、男の中に恐怖を芽生えさせた。


「――――死ね」


 その一言だけが妙に明瞭に聞き取れた。

 それが男の聞いた最後の言葉だった。

 胸の真ん中に鋭い痛みを感じ、直後、全身が硬直する。男は自分が死につつあることを悟った。

 冷たく、硬く、淡々とした――まるで氷のような余韻。それが男にとっての死なのだった。



 *



「やあ諸君、よく集まってくれた」


 男は、その白くて女のように綺麗な顔に微笑を浮かべ部屋の中を見渡して言った。


「挨拶はいい、とっとと始めろレフォーラ」


 部屋の中には数十人の男たちがたむろしている。格好や顔つきは多種多様だが、誰もが堅気とは思えない鋭い目つきをしており、殺気だった雰囲気を醸し出している。

 レフォーラはやれやれと頭を振って野次を受け流した。


「友好的に行こうじゃないか、我々は一つの目的のもとに集った仲間だろ」


 レフォーラが慇懃な態度で言うと、先ほど野次を飛ばした男は鼻で笑った。


「何が仲間だ。ウサギ一匹ぶっ殺すのに狼が群れを組むなんざ聞いたこともねえ――同胞殺しのレフォーラも地に落ちたもんだぜ」

「まあ、そう言うな。呼びかけに応じたということは、君も怯えているのだろう――“フィルグランド”に殺されるのではないかとね」


 この部屋に集まった荒くれ者たちは、近頃この界隈に現れた暗殺者を討伐するために集まったのだった。

 フィルグランド――それはどこかの世界で信仰されている氷の神の名前らしい。噂が噂を呼び、徐々に拡散するにつれ、定着した通称だ。


「ああん!? 招集をかけたのはてめえだろレフォーラ。てめえが怖くて夜も眠れねえってから、オレ様たちが集まってやったんだろうが――そのことを忘れんじゃねえ」


 一気に険悪なムードが部屋に満ちる。レフォーラ自身は涼しげであるが、他の男たちは血走った目を彼に向けている。


「確かに怖いとは思っているがね。それは君も同じだろう? そうでないなら一人でフィルグランドを討てばいい。そうしなかったということは、自信がないということに他ならない――違うかい?」


 レフォーラの言葉が終るか終らないかのタイミングで、男は飛び出していた。剣を抜き、レフォーラ目掛けて突進する。


「死ねや、ガキが!」


 その時だった、


――バタンッ!


 傍らの扉が乱暴に開かれた。その場にいた全員の視線がそちらに集まる。


「……ああと――?」


 扉を開けた人物は、自分が視線を集めてしまったらしいと気付き、戸惑っているようだった。

 しかし、その場に居た男たちも戸惑っていた。現れたのが少女だったからだ。

 土色の胴着に鼠色のズボン、野暮ったい農民のような服装ではあるが、白銀の長髪とまだ幼さの残る顔は大そう美しかった。すこし格好に気を使えば、誰もが振り向く美女にたやすく変貌することだろう。

 そんな少女が現れた。

 レフォーラに襲いかかろうとしていた男でさえ、毒気を抜かれ剣を振りかぶったまま呆けていた。

 

「な、何だってんだよ。フィルグランドを討伐するっていうから来て見りゃ、どうして私が睨まれてんだよ!」


 少女は憤慨したらしく、男勝りな口調で喚いた。

 男たちは睨んでいるつもりはなかった。生来目つきが悪いだけなのだ。だれも弁明しようとはしなかったが。

 そんな中、豪快な笑い声が響いた。レフォーラに因縁を付けていた男だ。少女の方に歩み寄って行く。


「お譲ちゃんも討伐に加わるってのかい? ソイツは頼もしいや」


 男は容赦ない視線を少女に向けた。下卑た笑いを浮かべている。

 からかいの色を感じ取った少女は眉間にしわを寄せ、男を睨んだ。


「甘く見るなよ。お前がフィルグランドにやられそうになっても助けてやらんぞ」


 男は今度こそ盛大に噴き出した。


「まったく、なんだってんだ。いうに事欠いて『助けてやらんぞ』と来た――コイツは傑作――――」


 男は気付いた時には壁を突き破り道端に転がっていた。そして、すぐに気を失った。

 その場に居るほとんどの人間は何が起きたか分からず、壁の穴と少女とを交互に見やった。

 レフォーラだけが事態を正確に捉えていた。

(何気なく突き飛ばしただけであの威力……スキル発動の発声が無かったということは、今の怪力は生前から彼女が持っていたということになる。只者じゃないな……)

 レフォーラは恐る恐る少女を見た。すると、彼女もレフォーラを見ていた。その顔は「子供扱いしないでよ!」と親に抗議する子供のようにしか見えなかった。


「フィルグランドと戦える可能性が高いと思ったから来たんだけど――仲間内で争っているようなら帰るぞ」


 といって口を尖らせた。

 レフォーラは驚きと、恐れと、芽生え始めたある種の“欲求“を腹の下に隠し、


「いやいや、済まない。不快な思いをさせてしまったね――皆の集、話し合いを始めようか。目的は一つ、フィルグランドの討伐。そうだろ?」


 皆の視線がレフォーラに集まる。

 少女は憤然とした面持ちではあったが、男たちに混じって話し合いに参加した。


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