枢軸への旅 11
浩平は戦い続けた。
通常のモンスターより取得経験値が大きく設定されている階層ボスにのみ的を絞り、ボスを倒しては階層を上り、また同じボスを倒す。それをひたすら繰り返した。十八階層の宗教家骸骨を三百体倒した辺りで十レベル上がった。それを期に十九階層のボスを敵に定め、さらに数百の戦闘を経た。
そして、赤く燃える夕日の下――敵の消滅エフェクトと共に、浩平の視野に数字が現れた。彼のレベルがついに五十に上がったのだ。
「おい、レベルが上がった。次はどうすればいい」
平坦な口調だった。レベルが上がったことに対する喜びは無く、また連戦の疲れも感じていないような風情だった。
少し離れた所で戦闘を見守っていたフィラカルティーは答える。
「まずはステータス確認だ。一応、新しいスキルを試してみろ」
浩平は頷きもせずステータス表を呼び出した。
小井戸浩平、レベル五十、取得スキル氷弾、氷拳。体力は全体的に底上げされているが、どれも平均程度。そして――
「…………」
浩平は何の感慨も見せずステータス表を閉じた。
「氷拳」
唱えると、浩平の右手が透明な氷に包まれた。氷はボクシングのグローブ程度の大きさまで成長した。
「なんともチャチなスキルだね。冷たくないのかい」
「既に手の感覚がない」
浩平は地面に拳を叩きつけた。氷のグローブはいとも簡単に砕け散った。
「使うことはないだろうな」
ひとりごちる浩平だった。
「さて、それじゃ行こうか。つっても、次の階層でもレベル上げだがな」
「いつまで続ける気だ」
「進めば進むほど敵が強くなる。低階層である程度レベルを上げておかなければすぐに死ぬぞ。次の階層で少なくとも六十までは上げておけ」
浩平は苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした。
「もっと効率よく経験値を稼ぐ方法はないのか。来る日も来る日も同じモンスターと戦ってばかり――いい加減嫌気がさす」
「復讐のためなら何でもするんじゃなかったのか?」
それは、茶化す目的の言葉だった。フィラカルティーにとっては何気ない一言だ。
直後、浩平から発せられる禍々しい気配。彼は鋭すぎる視線を軽口の主に送っていた。
「余計なことを言うな。お前は事実のみをオレに話せばいいんだ」
フィラカルティーはかつて王だった。その前は一人の兵士だった。数限りない戦場を駆け、気の遠くなるほど多くの窮地を経験してきた。そんな彼の選別眼が浩平の視線の意味をすぐさま察知した。
(ワシは人じゃないってかい――まったく、たった数日で随分と成長したものだ。いや、ある意味では衰退したともとれるか)
男は殺気を浴びながら逡巡した。そして、予てより決めかねていた分岐道に見切りを付けた。
「何故ワシが十八階層まで戻ったか、まだ話してなかったな」
浩平は視線を緩めない。
「結論から言え、煩わしい」
フィラカルティーはやれやれと頭を振った。
「レフォーラが仲間を皆殺しにした」
それは、衝撃的な事実だった。レフォーラが率いていた一団は優に百人を超していた。それが全員死んだとなれば、途方もないことだ。
フィラカルティーは反応を伺った。
浩平は、特に表情を変えることもなく、冷静に問い返した。
「なぜ殺した。何故お前は生きている」
「ザコとはいえレフォーラは百人以上を一度に殺さにゃならんかった。逃げるワシにかまっている余裕がなかったというだけさ。
そして、殺した理由だがな。どうやらダンジョンの仕様が変わったらしく、人間を倒しても経験値が入るようになったみたいだ」
レフォーラにとって、部下を率いてダンジョンを下るという行為は、さながら、食べるために家畜を育てるのと同義だったのだ。五十階層まで下ってから“収穫“に至ったのは、人目につかないで、かつ、それなりに家畜たちが育ったころ合いとして丁度よかったからなのだろう。そして、フィラカルティーを逃がしたのは、先ほど彼が言ったように余裕がなかったというのに加え、フィラカルティーという人間の人柄を考えればプレイヤー狩りに気を付けろ――と触れて回る可能性は低いだろうと考えたからに違いなかった。
レフォーラは手はず通り事を進め、まんまと大量の経験値を稼いだのだ。その足元に百を超える亡骸が転がっていることを誰にも悟られぬまま――。
「モンスターを倒すより効率がいいのか」
「そりゃな――数十倍は儲けがいい」
「何故今まで黙っていた」
問われ、フィラカルティーは少し悩んだ。はて、なぜだったか。
情報を開示するに至った根拠――それは、浩平の変化を感じたからだ。以前の印象であれば、こんな話を聞けば「許せない」と憤慨したに違いなかった。しかし、セナを失ってからの浩平はまるで別人であり、レフォーラの大量殺戮を知ったところで、それに対する憤りなど感じる訳もなく、むしろ経験値を今以上に稼げるということに喜びさえするだろう――と思え、事実そうなった。そのことはいい。
話した理由は明確であるのだ――。
「どうした、答えろ」
眼力を強める浩平。
フィラカルティーは俄かに緊張を覚え、さらに考える。
(コイツの手で虐殺が繰り返されるかもしれない。それを危ぶんで隠していた――)
フィラカルティーは己の中で頭を振る。それは善人と呼ばれる人々の思想だ、と。
(では、対人戦闘に傾倒したコイツの身を案じたのか――)
再び否定する。確かに男の目的は浩平を生きたまま元の世界に帰すことだが、リスクとリターンを天秤にかければ、浩平自身を強くした方がより安全であり、敵を正確に選別して倒せば大した危機もない。やはり違う。
(するってーとだ……)
残す所、考え得る根拠は一つだけだった。それを口にすることは、フィラカルティーにとって屈辱的であった。しかし、言うことで得られる物も大きいと思われた。
「どうやらな、ワシは恐れておったようだ。強くなる方法を知ってしまったお前さんは、きっと、さらに壊れて行くだろう――そして、ワシの予想では――」
フィラカルティーは一度言葉を切った。そして、
「お前さんはいずれ鬼神となるだろう――どうも、ワシにはそう思えてならんのだ」
予感として心に走った推測は、密かにフィラカルティーの胆を冷やし続けていた。言葉として表現されてしまったその予感は、おそらく、鬼神の誕生を促進してしまうだろう――フィラカルティーは見たいと思った。この男がどこまで成長するのか、そして、どんな現象を起こすのか、その全てを見たいと思ってしまった。
フィラカルティーという男の人生が常にそうであるように、全ては好奇心に端を発する。
今回の場合、その好奇心が地獄の釜の鎖を千切り、薪をくべ炎を躍りあがらせた――のかもしれない。全ては予想であり予感。
しかし、今の浩平には鬼神たる素養を感じずにはいられないのだった。
「お前は、オレが一番手早く強くなる方法のみを考えろ――さあ、どうすればいい」
フィラカルティーの決死の告白は、浩平に対した感慨をもたらさなかったようだ。
そんな浩平を見て、白髪の男はようやく微笑を取り戻した。
「次のボスは強いぞ。ソイツに勝てなければ対人戦などまだ早い」
そうは言いつつも、負けることはないだろうとフィラカルティーは確信していた。




