枢軸への旅 10
セナは逝ってしまった。倒されたモンスターたちと同じように、跡形もなく消えた。
『復讐してやる』
珍しく浩平は一切迷わなかった。あの緑色の眼をした男が憎くてたまらない。このまま野放しにしておけるわけがない。見つけ出して殺す――今、彼の頭にはそれしかない。
「復讐はいいが、ソイツは何処に居るんだ」
その階層の主は教会の地下に生息している。宗教家の衣装を着た骨のモンスターだ。
フィラカルティーはタイミングを見計らったかのように教会の前で浩平の前に現れた。
「セナを簡単に倒したってことは、ソイツもこの階層より上を知っているということだ。補給にでも寄っていたんだろう。だから、階層をおり続ければそのうち会える」
宗教家モンスターの主力武器は装飾だらけの巨大なハンマーだった。それによる必殺の一撃に加え、時折体を透明にし、背後に回り込むという特殊な挙動もみられた。
気を抜けば一撃で昇天させられる厄介な敵ではあるが、浩平の戦闘経験を駆使すればそれなりに立ちまわることができた。基本は回避に徹し、隙を見て氷弾を当てて行く。人の頭大の氷は、敵に当たるとたちまち砕け散ったが、そのたび怯ませることができている。敵はどうやら攻める専門で、守りは脆弱なようだった。
「なるほどねえ――しかし、なんでったってお譲ちゃんは襲われたんだ? 刺したってことは人攫いじゃねえだろ」
フィラカルティーは壁に寄りかかり戦いを傍観しつつ話しかけている。
「指輪が取られていた。おそらく物取りだろう」
「指輪?」
「少し黙っていろ――コイツを倒したら説明する」
氷弾が敵の左腕に直撃した。肩の根元から白骨化した腕がもげ落ち、カランと軽い音と共に霧消した。一方浩平は怪我も無く、疲れも軽微、切羽詰まったような表情ではあるが、それは戦いが始まる前からであり、十分に余力を残している。勝利は目前だった。
*
十九階層は夕焼けの荒野ステージ。黒い地面と赤い空のツートンカラーで満たされた寂しい世界だった。
「そんな面倒な入手手順を踏ませといて、ただの装飾品ってことはねーだろ。何か変わったことはないか?」
「いや別に――ああ、でも、ステータスのスキル欄が増えていたけど、これは関係あるのか」
「スキル欄だと? 見せろ」
ステータス表は本人の同意があれば他人にも見せることができる。浩平は自分のステータス表が平凡以下なことを知っているので、何の抵抗もなく相手に見せた。
「お前さん――まだレベル三十三だったんだな。低いな」
「そんなことはどうでもいいだろ」
「幾人ものステータスを見て来た訳ではないが、スキル欄が二つあるなど、はじめて見た。レベルが上がってスキルが追加される場合、下に連なって行くのが普通だ。枠だけ先に出て来たという訳ではないようだな」
「ちょっと待て、スキルって増えるのか?」
「三、五十、百の三回増える――知らんかったのか」
「言ってないんだよ、お前が。でも、そういうことなら、オレだってまだ強くなる可能性があるんじゃないか? まだ二つもスキルが残ってる。望みはあるだろ」
「いや、無い。最初に覚えたスキルを見れば、その後どんなスキルを取得するか分かる。最初が氷弾の場合、レベル五十で氷拳。百で氷剣。だったはずだ」
浩平は問うまでもなく、名前だけでスキルの内容を察した。
「最終的に氷の剣を出せるってことか――それって、まさか」
「ああ、ただの氷の彫刻だ。いとも簡単に砕ける。投げるくらいしか使い道がないが、わざわざ剣を出して投げずとも氷弾で事足りる」
急に目の前が真っ暗になった気がした。つまり、今この時点での戦闘力が最後まで続くということじゃないか。努力してレベルを上げた所で十八階層のボスと善戦できる程度の実力止まりでは、これから敵のレベルが上がったら勝てなくなるってしまう。緑の目の男を追うどころではない。生き残れるかも怪しい……。
「どうにかならないのか……?」
「レベルが上がれば体力も伸びる。それを当てにするしかないだろうな」
一応強くなれる。そう言われたわけだが、しかし、さすがの浩平もそれが苦肉の提案であったことを理解している。
敵を倒し、自分を強くし、更に強い敵に挑む――ゲームのような構造の中にスキルというシステムがある意味。それは、スキルありきで敵の強さが設定されているということに他ならない。
スキルが役に立たない、それは先に進む構造から外れてしまったということ。どんなに努力しても、浩平だけ天井が低い。優良なスキルを持つ人間と同じステージには立てない。
「まあ、でも仕方ないか――やっぱりレベル上げを中心にやった方がいいのか?」
「お? いやに前向きだな。諦めないのか?」
「諦めるわけ無いだろ。こうして話している間にもセナを殺したヤツはのうのうと生きてるんだぞ。許せるわけがない」
フィラカルティーは少し驚いていた。彼は、これまで小井戸浩平という人間を運がいいだけの凡人だと思っていた。しかし、どうやらそうではないようだ――と思い始めていた。(復讐を目標に定めた途端、迷いが消えおった――おそらく、自分では気づいていないだろうが、コイツにはある種の才能があるようだ)
フィラカルティーという男が他人に興味を持つのは珍しいことだった。
「仇を討った所で、あのお譲ちゃんは帰って来ないぞ」
「当たり前だろ」
「復讐が空虚とは思わんのか?」
浩平は眉間にしわを寄せて首を傾げた。そして、
「どういう意味だ?」
本気で問うているようだった。
この瞬間、フィラカルティーの選別能力が浩平のカテゴライズを改めた。
(神は地の底より来たるなり――神話や史実を体系的に読み解けばおのずと見えてくる真理――この男は神になり得る素質を備えているのかもしれん――“荒ぶる神“こそ現界に顕現しうる唯一の超越者なのだから)
変わった人間を面白がる性分のフィラカルティーだが、今回ばかりは笑うことができないでいるのだった。




