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炎上



 結局、戦車は私にとどめを刺さなかった。

 私に向けられた掌から光が放たれる寸前、洞窟の中から二体目の戦車が現れた。それは、私たちが戦っていたのとまったく同じ物で、車輪を展開した状態で洞窟の出口まで走ってくると、そこで停止した。

 それを合図としたかのように、最初の戦車は手を最初の合掌状態に戻し、私に背を向け、洞窟のほうに走って行った。私たちのことなどすでに眼中にない――そんな挙動だった。

 合流した二体の戦車は、示し合わせたかのように同じ方向に走り出し、すぐに姿が見えなくなった。

 地面に伏せそれを見送った私は「助かった」と思った。情けない話だが、敵を逃がしてしまった悔しさを感じている余裕はなかった。

 しばらくして体が動くようになった。

 デンガットさんは気絶しているだけで目立った怪我もないようだが、頬を叩いて呼び掛けても起きない。

 私は少し悩だが、デンガットさんを岩陰に隠して戦車が出てきた洞窟を調べることにした。もう日が暮れており、長居はできないと考えたからだ。それに、もし中に族がいたら戦車について情報を得られるかもしれない。



 松明が等間隔で置かれた洞窟をしばらく進むと、アジトの入り口と思われる鉄骨の壁が現れた。人一人分通れる大きさの扉は半分空いている。ここから戦車が出てきたのだろう。

 まだ戦車がいるかもしれない――私は剣を構え、ドアの隙間から慎重に中の様子をうかがう。


「!?」


 松明の黄色い明りで照らされた室内は、悲惨な状況になっていた。

 パーツからでは人数が分からない。細かく切り裂かれすぎている。床一面と壁にまで飛散した血痕を見て、ようやくひき肉にされたのが一人二人ではないことが分かる。

――そう、手狭な物置のような空間には血の匂いが満ち、人体の破片が転がっている。

 自分ではその状態になれないだろう死体ばかりなので、犯人は戦車だろう。

 しかし、なぜ?

 私は戦車のことを殆ど知らない。操縦室がないということは、恐らく自らの魔法回路によって自立行動しているのだろうが、自分の持ち主を殺してしまうような出来損ないだったのだろうか。それとも、族が自ら死を選んだのか――。

 ダメだ――私には魔法や戦車についての知識がなさすぎる。考えるより何か行動しなければ、私の役割がなくなってしまう。

 洞窟から出よう。

――と、その時だった。壁に貼られた地図が目に入ったのは。


「こ、これは」


 血で半分ほど塗りつぶされていたが、肝心な部分は残っている。

 これは、森と周辺の地図だ――私は同じようなものを何度も見ているので、間違いない。

 その一か所にバツ印がつけられている。何度も何度も繰り返し傷をつけたような、印というには禍々しすぎるものが。

 体中の血が引いていくようだった。

――その印は、あの村の上に刻まれている。



 *



 メシア=ストレーゼは、物見やぐらの上で、奇妙なものを見た。

 すでに日は落ち、闇が世界を支配している。迷いの森はもちろん、村を一歩出れば光源ない一切ない。

 そんな中、突如として、高速で移動するものが現れたのだ。

 緑色の小さな光がいくつも重なって、森の外郭に沿い村に近づいてくる。


「なにあれ……」


 メシアはどう反応したらいいのか分からない。ただ不吉な予感だけを感じていた。

――そして、その予感は的中する。

 突然、視界が明るくなり、その一瞬後に爆発が起きた。


「キャッ――」


 木造の物見やぐらがグラグラと揺れる。

 メシアは必死で手すりにつかまり何とかやり過ごすが、恐怖で瞑っていた眼を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「う、うそ……そんな――――」


 五分も歩けば一周できてしまうような小さな村――それが、半分無くなっている。

 建物が滅茶苦茶に崩れ、深紅の炎に包まれている。火の手は、村を突き抜け、森にまで届き木を焼いている。

 メシアはただ震えるばかりでどうすることもできない。

 その時、再び辺りが明るくなった。

 それが収まるとメシアは、傾いてた――物見やぐら自体が倒れようとしている。


「やだ――やだ――――」


 やぐらはゆっくりと傾き、隣の家の屋根を潰すように倒れた。それが緩衝材になったのだろう――木造のやぐらは塔型をほとんど残している。

 メシアは、やぐらから投げ出され地面を転がった。


「痛ったぁ……」


 砂まみれになり、顔や膝に血がにじんでいるが、致命的なダメージは免れたようだった。

(どうしよ――何が起きてるの?)

 メシアは体中の痛みに耐えながら、あたりを見回す。廃墟となり、炎上する村――地獄の釜の中にいるようだった。

――と、何の前触れもなく彼女の前に”それ”が現れる。


「な――に……?」


 炎を反射し、濡れたように輝く銀色の装甲――本来であれば神々しく安らかであるべき、その姿は、今や化物のように人ならざる形態へと変形している。

 それが最新鋭の魔法回路により作られた戦車であることに、彼女は気づけないだろう。そんな余裕もない。


「ッ――ッ――――!」


 もはや声を発することもできず、心神喪失状態である。逃げろ――という本能に従い、尻を引きずるように後ずさろうとするが、手足が地面を抉るだけで、戦車との距離は一向に開かない。

 感情のない女神の相貌は、そんな少女を見つめているようだった。


――そして、戦車の右手が開かれる。


 薄緑の光が手のひらに集中する。

 それがメシアに向けられる。

 少女の顔に諦めが浮かんだ。呆然と口を開け、目じりから一筋の涙が落ちる。

(私――死んじゃうんだ)

 死を予感した彼女は、そんなシンプルな感想を抱いていた。



 *



「早く――早く降ろしてください!」


 アーネは叫んだ。すると、どうやらその声が通じたようで、俺たちを運ぶ鷲は急降下を始めた。


「おっ? お、おおおおおお!!」


 下半身に不快な感覚。つか、超怖い。ジェットコースターの比じゃない加速と落差――斜めに地面をえぐるような軌道だ。

 ぶつかるっ! と目をつむった瞬間、降下感が薄れ、目を開くと俺は地面すれすれをすごい速さで飛んでいた。


「ここです!」


 アーネの声とともに、鷲は再び上昇を始める。


「うおう……おわわああ!」


 腹に爪が食い込み、吐きそうになるが何とか堪える。

――と、よく見たら、もう一方の爪に抱えられていたはずのアーネが居なくなっている。


「あれ?」



 *



 とてつもない熱風と風圧に晒され――しかし、彼女の体は消滅していなかった。


「…………」


 呆然と見つめるその先には、華奢な背中が写っている。

 突如として現れたその人物は、メシアを庇うように大きく丸い物を体の前で構え、腰を落とし踏ん張っている。

――魔法都市で鍛えられた大盾”ハニータルト”は、現代魔法の粋を集めて練り上げられた陣が作り出す光彩魔法を受けても、融解どころか変形すらしていない。

 戦車から放たれた薄緑色の光は、次第に細くなり、やがて雲散霧消する。

 そこで、驚いた声を上げたのはメシアだった。


「あ……アーネちゃん!?」


 戦車の主砲を受けきった少女がゆっくりと振り向く。

 肩口で切りそろえられたモノクロームの黒髪。あどけなく儚げな顔立ちに、冷たい刃物のような印象を落とす瞳――魔法都市の血を引く少女。アーネット=ルガーだ。


「お久しぶりです。メシア――無事ですか」

「うん……うん!」


 メシアの瞳から再び涙がこぼれた――しかし、それは喜びと安心からくるものだった。

 そんな少女を見て、アーネットは微笑んだ。


「すぐに終わらせますから、動いてはいけませんよ。いいですねメシア」


 どこか大人びたような、余裕すら感じさせる口調で言う。

 メシアはこくんと一つ頷いた。


「ではいきます――」


 アーネットは戦車に向き直り、武器を構えた。

 その武器は、たしかに大盾ハニータルトだが、普通の盾とはまるで仕様が違う。盾の中心部分に柄の長いハンマーが溶接されている。

 それは、柄のついた盾にも、盾のついたハンマーにも、あるいは円盤型の斧のようでもあった。

 アーネットは自分の胸に手を当て、口の中で小さく唱えた。

 

「我は束縛の名を持つ者なり――口を閉ざし、耳を塞ぎ、息を止め――束縛を対価とし、力を求める!」

 

 次の瞬間――彼女の楯が戦車の右腕を切り落としていた。

 メシアにはアーネットが高速移動したようにしか見えなかった。瞬きもせず見ていたはずが、映画のフィルムが一つ抜け落ちてしまったかのように、気づいた時にはアーネットが攻撃を終えていた。


「――――!」


 間髪おかずハニータルトが横薙ぎに払われる。

 すると、今度は戦車の左腕がブツンと切り落とされた。

 超高速戦闘が可能なはずの戦車はアーネットの動きに全くついていけないようだった。

 しかし、高度な戦闘回路が組み込まれた戦車はやられているばかりでもなかった。

 六つの車輪で強烈に地面を引っ掻き、距離をとる。

 回避行動と並行して攻撃の準備も済ませていた――女神の顔の前に光が集まる。それは、掌の砲撃と似た現象だったが、集まる光の量が段違いに多い。

(遅い――)

 アーネットは心の中で呟いた。

 彼女のスピードなら攻撃が始まる前に距離を詰め、戦車の首を切り落とすことは容易だった。


――しかし、


「――!?」


 アーネットが地面を蹴り敵に飛び込もうとした寸前、その目の前を緑色の光線が横切った。

(――二体いましたか)

 のけ反るようにして光線をよける――が、その行動でタイムラグが生まれ、最初の戦車まで詰め寄るスキが無くなってしまった。

 一秒と待たず、特大の砲撃に襲われる――だが、それでもアーネットは冷静だった。


「――――!」


 声にならない気合を込め、しかし渾身の力を込めてアーネットはハニータルトを”投げた”。

 奇怪な武器はとてつもないスピードで飛び、そして両手落ちの戦車の首を跳ね飛ばし、後ろの地面に深々と突き刺さる。

 宙を舞う戦車の頭部から光が消えてゆく――それと同時に、車輪をかたどっていた陣も明滅し、消滅する。どうやら完全に機能が停止したようだ。


「アーネちゃん危ない!!」


 戦いを後ろで見ていたメシアは気づいていた。後から現れた戦車がすでに砲撃体制に入っていることに。

 アーネットの武器ははるか遠くの地面に刺さっている。さらに、彼女は武器を投げた直後の無防備な体制であり、さっきまでの素早い動きはできないように思われた。

 しかし――この一瞬で、アーネットは二つの行動を行った。

 一つは、目を閉じたこと――もう一つは、裏拳を繰り出す要領で右手をブンッと振ったこと。


――ガイィィン――


 次の瞬間、もう一台の戦車の頭部が宙を舞っていた。時間が止まったように、クルクルとゆっくり落下し、どすっと地面に落ちる。


「……え?」


メシアは呆気にとられていた。彼女の動体視力ではアーネットの最後の”攻撃”を感知することができなかったのだ。

 冷静によく見れば気づいたかもしれない。地面に刺さった武器の位置が変わっていることと――その武器の柄の先に細いワイヤーが張られており、そのもう一方がアーネットの手首に巻かれている手かせのような装飾品に繋がっていることに。

 メシアは状況はよく分かっていない。

 しかし、アーネットが二体の戦車を相手に勝利した――ということだけは分かっていた。


「す、凄い――すごいよアーネちゃん」


 立ち上がり、投擲した体制のまま立っているアーネットに駆け寄る。

 すると、


「アーネちゃん!?」


 アーネットはその場で力なく倒れ、動かなくなった……。

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