枢軸への旅 7
「えっへっへっへ……よく来たね、お客さん」
薄暗い路地の奥に、ひっそりと孤立する露店があった。見つけたのはセナだ。覗いてみようと言いだしたのもセナだ。明らかに怪しいから引き返そう――というオレの忠告は通らなかった。二人で生活を始めて一週間くらい。上下関係はハッキリしつつある。
「さあ、何がお望みだい? この店には何でもそろえてございますよ」
一目見て、魔女だ――と思った。しわしわに縮んだ顔、鳥の嘴のように大きな鼻、濃い紫色のローブ。どうやって運んできたのか、テントの周りには怪しげなグッズが所狭しと並んでいる。
「まあ! 何でもですか? 凄い――」
セナは楽しそうに目を輝かせている。
「あの、私、この方と恋人になりたいんですけど、彼ったらつれなくって――最近マンネリ気味で……」
何を人前で、とセナの肩を小突く。彼女はウインクで返事をした。完全に面白がっているようだ。
しかしまあ、彼女の言うことも分かる。さっきだって買い物しながら話していた。
『浩平くんとの生活は幸せで満ち足りていると私は感じています。でも、その感覚って、恋人というより家族という気がしてなりません』
まったく同感だった。恋人なんてできたことのないオレには、明確に何がどう違うか言い表すことはできないけど、とにかく違う。
だが、やはり表現できないので「変だねえ」「そうですねえ」という感じで話は終わった。
その直後にこの露店を見つけたのだ。こんなタイミングで“何でもそろってる”なんて言われたら、セナはきっと――
「私たちが恋人になれるアイテムってあります?」
やっぱり。言うと思った……。
*
家に帰ると、セナは一目散に庭へ向かった。大事そうに小さな袋を抱えている。それは魔女から買ったものだ。
『えっへっへ……これは植えた者の願いをかなえる“種”でございます。きっと、貴方の願いも叶えてくれることでしょう』
どう考えても怪しい――オレはもちろん、そんなもの買うべきじゃないと思った。出鱈目に決まっている。
でも、セナは悩みもせず買うと言いだした。そして買った。驚いたことに、願いをかなえる種は町でパンを一本買うのと同じ値段だった。
「ささ、早く早く!」
正直乗り気じゃなかったが、セナが楽しそうだったから、まあいいかと思うことにして、オレも庭に出た。
庭の隅っこにしゃがみ込んで小さな穴を掘った。そして、魔女から買ったパンと同じ値段の願いを叶える種を二人の手を合わせた皿に乗せ、穴の底へそっと落とした。
「うふふ――これで私、浩平くんの恋人になれます」
オレは呆れて肩をすくめる。
*
それからしばらく、オレたちは願いを叶える種の事など全く忘れて過ごした。本当に願いが叶うなんて思ってない。そもそも、得体のしれない種から芽が出るとも思ってない。魔女に乗せられて種を植えたという行為自体が大事だったのだ。
しかし、予想に反して芽は出た。
種を植えてから四日目だったと思う。二つの葉を広げた小さな新芽が庭の隅に顔を出していた。オレたちはすっかり気を良くして、わざわざテーブルと椅子を庭に運び、お祝いをした。
それからというもの、オレたちの間に新しい習慣が加わった。一日に一度は庭に出て芽を観察するというものだ。オレは、ひょっとして本当に願いが叶うんじゃないかと本気で思った。でも、そう言ったらさんざんからかわれた。セナは芽が出たこと自体が嬉しかったようで、毎日うっとりとして芽を見つめていた。
種を植えてから十日ほどが経過した。
「ちょっと、育ちすぎよね……」
茫然と呟くセナ。
オレも同じ気持ちでそれを“見上げて”いる。
植物を育てたことなんてないから、初めのうちは全然気にならなかった。でも、たった一週間足らずでオレの身長を越したのを見て、流石に変だと気付いた。
そして、今や芽――いや、木は二十メートルほどの大きさに成長していた。
さらに五日後――
木の成長は止まるどころが、加速度を増していた。植えてから二週間しか経っていないというのに、神社に移して由緒ある御神木だと言い張れば疑う者は居ないだろう巨木になっていた。根が力強く波打ち、そこかしこに戦士の古傷のような割れ目を浮かべ、大して湿気もないのに青い苔をびっしりと蓄えている。
「この木の周りだけ時間の流れが違うみたいだ」
「そうですね。それに、上の方見てください。風もないのに葉が揺れてますよ」
「ホントだ……」
背筋にうすら寒いものを感じる。この木が普通じゃないのは明らかだ。
「ねえ、浩平くん。今日はこの木の下で過ごしませんか?」
「ええ……」
「なんだか不思議な事が起こりそうです」
「木に体液吸われたり?」
「それはイヤですね……さすがにそこまで恐ろしい事にはならないでしょう」
「根拠はないよね」
「でも楽しそうじゃないですか?」
「ううん……」
「用意してきますね!」
セナはさっさと家の中に入ってしまった。本気かよ。
――ザザザザザァ。
一際大きく木が嘶いた。
一人で居るのが急に怖くなって、オレも家に入った。




