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枢軸への旅 5



 浩平の身の上話は随分長く続いた。


「――というわけで、この世界に来たってわけ」


 と締めくくった時、辺りは既に暗く――昼夜の無いダンジョンの中なので、明るいままだが、浩平はすっかり深夜にいる気分だった。


「凄いですコイドさん。まさに波乱万丈ですね」


 セナは興奮した様子で拳を握っている。

 最初、浩平はもっと簡単に話すつもりでいた。しかしセナがあまりに熱心に聞いてくれるものだから、ついつい掘り下げた説明まで入れてしまい、気づけばとてつもない時間が経っていたのだ。


「そんだけ色んな事を経験しといて、大して成長してねーんだから驚くわな」


 横やりを入れたのはフィラカルティーだ。何食わぬ顔でやってきて、話の途中から同席しているのだ。


「そんなことを言ってはいけませんよ、おじさま。私が話し辛くなってしまいます」


 セナは何やらもじもじし始めた。


「次はセナの話を聞かせてよ。コイツが邪魔なら追い払うけど」

「コイツって、お前な」

「いえ、大丈夫です」


 大きく息を吸って吐いて、セナは話し始めた。


「コイドさんと比べてしまえば――いえ、ここにいるどの方と比べてもそうですが、私の話はちんけです。一度でいいから恋をしてみたかった。私が魂の世界に来た理由は、たったそれだけなんです」


 セナは人を癒す効果のある穏やかな顔に赤みを乗せて、僅かに俯いている。

 彼女はごく普通の農家に長女として生まれ、家の手伝いをして暮らしていたそうだ。両親は子宝に恵まれ、セナが物心つく頃、弟妹は既に片手で数えきれなかった。弟妹たちの世話はもっぱらセナの仕事だった。やんちゃな子供たちに手を焼き、畑に出ている両親に代わり家事をこなし、日々に殴殺されながらも、しかし幸せに暮らしていたという。

 浩平は、なるほどなあ――と頷いた。悪戯をした弟妹たちを叱り、直後優しく笑って見せるセナの姿が容易に想像できた。


「しかし、そんな生活も長くは続きませんでした。大きな戦争が始まったのです。家族はちりじりになり、誰がどこに居るのか全く分からず、探しにも行けない状態です。私は、難民として旅人のように場所を転々としていましたが、ある時、避難していた廃屋が火事になり、そこで命を落としました」


 思わず目頭が熱くなる。浩平は今の短い話だけで、泣きそうになっていた。


「で、どこで恋の話になるんだ?」


 気の抜けた質問。浩平はフィラカルティーを睨んだが、男は気づかないふりをしてやり過ごした。


「はい。それがですね、この世界で家族と再会できたんです。九人いた弟妹と両親、全員。それは皆死んでしまったということなので、悲しくはありましたが、しばらく一緒に暮らすことができたんです」

「ほう、そういうことだったか」

「え、どういうこと」

「お前さんは本当にお頭が弱いな――いいか、前にも言ったがもう一度言うぞ。ここは魂の世界。すんなりあの世に行けないヤツが立ち寄る狭間の世界だ。なぜこの世界が存在するかといえば、魂を浄化するためだ。魂に強い感情が残っていると、リセットして新しい体に収めることができない。だから、この世界に立ち寄らせて好き勝手生きさせるか、長い年月をかけて感情を風化させる。ここまでいいか?」

「よくない。初耳だぞフィラカルティー」


 浩平に睨まれたフィラカルティーは「そうだったか?」と白をきった。

 そんな二人を見てセナは楽しそうに笑った。そして、説明を引き継いだ。


「未練が無くなれば私たちは消えるんです。家族のみんなは、しばらくすると神の元へ旅ちました。でも、私だけ残ったんです。それで思い出したのですが――お恥ずかしい限りですが……生前私は恋愛に憧れていました。家の事に追われて外をまったく知ることができなかった反動のようにも思いますが、ベッドに入って眠る前、家事が途切れてぽっかりと空いた時間――そんな時、ロクに知りもしない色恋について、想いを馳せていました。まさか、神の元へ行けぬほど患っていたとは。我ながらハシタナイ……」


 はしたないなんてとんでもない。女の子が恋愛に憧れるなんて、至極当然じゃないか。浩平はハッキリ言ってやりたかったが、そんな勇気はなかった。


「するってーと、なにかい。お譲ちゃんは恋人を探しにダンジョンに来たのか?」

「わ、我ながらハシタナイ……」


 そうしていなければ溶け落ちてしまう。と言わんばかりにセナは自分の頬を手で挟んでいる。

 フィラカルティーは不穏な笑顔を見せ、


「おいおい、お前さん、良かったじゃねーか」


 浩平の背中をばしばし叩いた。


「いってえな! なんだよ急に」

「カアッ! 何処まで行っても愚鈍だね。木偶の坊のお前さんと一緒に居るってことは、お譲ちゃんは、お前を恋人に選んだってことだろうよ、なあ」

「はあ、まったく……そういうのを下種の勘ぐりっていうんだ。なんか言ってやってよセナ」

「おじさまの言うとおりです……」

「――え?」

「最初は歳が近そうだから――という理由で話しかけました。でも、一緒に居るうちに、良い方だな――と……」


 セナは噴火を待つマグマのように真っ赤になり小刻みに震えている。そこまでではなかったが、浩平も顔が熱くなるのを感じた。


「丁度いいじゃねえか、ボウズ。お前はダンジョン攻略の役に立たねえんだから、お譲ちゃんと一緒にどこか町のある層でゆっくりしてろよ」


 無責任に提案する中年男。浩平はセナの顔が期待に煌めいたのをあえて無視して抗議する。


「バカを言え、向こうの世界が大変なことになっているのを知っているだろ。さあ国を立ち上げよという大事な時期でもあるんだぞ。いち早く帰るため全力で行動すべきだ」

「それがよお、たぶん大丈夫だと思うぜ?」

「なにがだ」

「だから国がだよ。エレドペリに残ってる古代王の勢力とお前さんが発起人の新しい国の勢力を比べて見ろ。新国の方が圧倒的に強いだろ?」


 急に言われて浩平の頭は爆発しかけたが、なんとか思考を巡らせる。その結果、


「確かに……お前の軍がついたことで数的にも相当有利だ」

「だろ? そうなりゃ王都の奴らは結託して組織を作らにゃならん。バラバラに動いても不利になるだけだからな――国に柱を立てるとなれば、それ相応の時間が必要になる。しかも、我の強い五大王の二人が中心になって決めるしかねえ。一年――いや、へたすりゃケンカ別れまである」


 言われれば言われるほど「たしかに」としか思えない。それに、新しい国には学園のメンバーや五大王の二人、ついでにザガム王までいる。何かあってもいくらでも対応できてしまいそうだ。

 あれ、じゃあオレ要らなくない? という素朴な疑問はとりあえず忘れる。


「そうですよね……コイドさんは私なんかと違ってお忙しい――ゴメンなさい。忘れてください。私は――身を引きます……」


 セナは悲しみに打ちひしがれ、顔を伏せた。

 浩平は焦る。彼女の姿が彼の心に強烈な罪悪感を芽生えさせたのだ。

 ここぞ、とばかりにフィラカルティーがはっぱをかける。


「まあ、お前さんが言うならしかたねーけどさ――しっかし、贅沢なヤツだね。こんなに健気で綺麗な娘を拒むなんてよ。どれだけ業が深いやら」


 急激に頭に上った血が言葉となって浩平の口から吐き出された。


「人聞きが悪いぞフィラカルティー! それじゃまるでセナが好みじゃないから断ろうとしているみたいじゃないか!」

「違うのか」

「違うよ!」


 しめた――フィラカルティーはそういう顔をした。


「だとよ、お譲ちゃん。コイツはアンタが好みのタイプだそうだ」


 あれ? 怒りで我を忘れていた浩平は「どうしてそうなった?」と首を傾げた。

 その傍らで、恋に焦がれる少女の瞳からキラ星が零れおちていた。


「嬉しいです。コイドさん!」

「え、あれ? ちょっとまって、少し考えさせてくれ――」


 焦りも加わり、浩平の脳みそは沸騰寸前。ここで、セナとフィラカルティーの間で目配せがあった。それは利害の一致に伴う共同戦線成立の合図であり、また、セナが実はしたたかであったということを物語ってもいる。しかし、もちろん、浩平は気づいていない。


「団長にはワシから話を通しておこう。そうときまれば、善は急げだ。さあ、荷造りを始めな」

「ちょっと――」

「どの階層に行きましょうか――出来るだけ静かな所がいいですね。ね?」

「うん、そうだねじゃなくて――」


 子供ですら騙されないような強引なやり口で自分は煙に巻かれたのだという事実に浩平が思い至るのは、この後、随分時間が経ってからである……。


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