枢軸への旅 4
レフォーラ一団は順調にダンジョンを攻略し、早くも二十階層まで進んでいた。
ここまで脱落者は一人も出ておらす、危険な場面すらなかった。序盤こそレフォーラとその部下たちがボスを倒していたが、十五階層を超えたあたりから、熱心にレベル上げに励んでいた新人たちもボス討伐に加わり始めていた。それに続け、とばかりに団の士気はさらに上がり、理想的な上下関係が出来上がりつつあった。
砂漠のステージ――浩平はエメラルドグリーンの巨大なスカラベに立ち向かっていた。
「だめだ……効かない」
浩平のスキル“氷弾”は氷の塊を出現させ、敵に打ち出すというものだ。五階層までは敵に通用していた。しかし、それ以降の階層では敵の防御力が上がり、まったく通用しなくなった。
二十階層に上がった今、フィラカルティーやギルドの受付係が見せた憐れみの表情の意味を痛感していた。
もうやめよう……スカラベの装甲に傷すらつけられず割れて消えた氷を見つめながら浩平は頭を振った。そんな時だった。
「コイドさん、食べ物をもらってきましたよ。休憩しませんか?」
声の聞こえた方を振り返って、浩平の顔が少し晴れやかになった。
彼女の名はセナ。浩平と同じく団のカーストにおいて最下層にいる人物だ。町娘風の衣装を身にまとい、髪型はポニーテール。大人びて優しげな表情をしている。
二人は手頃な岩の上に並んで座り、セナが持ってきた食べ物を食べ始めた。
「レベル上げはどうですか?」
「いやあ、全然ダメだね。オレのスキル通用しないんだ」
「そうですか……でも大丈夫です。私のスキルも全然通用しませんでしたから!」
ぐっと拳を握りしめるセナ。
彼女のスキルは浩平以上にひ弱だった。風を起こすスキルなのだが、松明の灯を消すのに一分以上かかる。
浩平は苦笑いを浮かべる、
「それ、フォローになってないよ」
「そうですか?」
「でも、セナがいてくれてよかったよ」
「そんなにお腹減ってたんですか?」
「い、いや、そうじゃなくて――ほら、一人だけ落ちこぼれって辛いじゃん? って言うと自動的にセナを落ちこぼれの仲間にしちゃうけど」
「ああ、そういうことでしたか。それは、私も同じ気持ちです。落ちこぼれ仲間ですね」
素朴に笑うセナだった。
少し前まで浩平は不眠気味だった。元の世界に戻れるか分からないという不安や、ダンジョン攻略において自分が全く役に立てないという焦りなどが綯い交ぜになり、精神が参っていたのだ。
それに加え、団内のカーストが明確になり始め、レベルの近しいもの同士でグループが形成され始めた。浩平は何処のグループからもあぶれた。フィラカルティーも戦闘訓練の教官としてレフォーラと行動を共にすることが増えたので、浩平の孤立は確固なものとなり、不眠の原因となっていた。
――セナが浩平に話しかけたのはそんな時だった。
浩平とは正反対に、セナは何処のグループからも引っ張りだこだった。ダンジョンに女性がいること自体稀であり、さらに同じ団内となれば、片手で数えられるほどしかいない。その上、セナは周りの空気を緩める癒し効果のような物を持っている。それは、戦い続ける団員達にとって、とても貴重な要素なのだ。どこのグループも彼女を欲しがった。
しかし、セナは全ての誘いを断り、浩平と共に最下層の一員となったのだ。
一緒にレベル上げをするようになって、しばらく経った頃、浩平は聞いてみたことがある。「どうしてオレと一緒に居てくれるの?」と。
するとセナは「人の足を引っ張りたくないんです」と答えた。どうやら自分が戦闘の役に立たないことを気にしているらしい。
浩平は思った。この娘が近くに居れば、それだけで何倍もやる気が出る。庇いながら戦う必要があるにしても、マイナスを補って余りあるポテンシャルを秘めている。だから、戦えないことなんて全く気にしなくていいのに、と。
もちろん、それを口に出して言う勇気はなかったが。
食事を済ませた後、二人は共闘してレベル上げに励んだ。二人ともスキルが役に立たないので、団で支給されている剣を頼りに、スカラベの関節部分をチクチク弱らせていくという地味な作戦をとった。
なんとかレベルが一つ上がったところで、帰ろうという話になった。
「いやあ、疲れた。こんなに頑張って一レベルだもんなあ――」
浩平は凝り固まった肩を回しながらゆっくり歩いている。
セナはその隣を歩きながら慎ましやかに笑う。
「ウフフ――私たち、どんどん遅れて行きますね」
疲労感がどっと増した気がして、浩平は相手を見やった。
「嫌なこと言うなよ」
「でも事実です」
そ、そうだけど……。
「そういえば、ずっと聞いてみたかったのですが……」
セナの声が急に硬くなった。
浩平はすぐに察する。ここに居る人間は全員、何かしら事情を抱えている――それが魂の世界という狭間の空間。だれも他人の事情を聴いたりしない。それは“現実に帰る“という目的にとって邪魔にしかならないからだ。
しかし浩平は、そのうち聞かれるだろうな――と思っていた。彼自身、セナに聞きたいと思っていたからだ。
浩平は聞かれたら素直に話そうと決めていた。この娘には何を知られてもいいとさえ思っていた。
「話せば長くなるんだけど、いい?」
「ええ、ぜひ」
「それじゃあ、ええと――オレが最初に死んだところから話そうか」




