枢軸への旅 3
「氷弾ですか……なるほど」
ギルドの受付係はあからさまにガッカリした顔になった。
「しかしお兄さんは運がいい。そんな能力でも――失礼。どんな方でも楽に先へ進むことができますよ。今ならね」
「というと?」
「レフォーラさんが帰って来たんですよ!」
*
ギルドで聞いてきた話を伝えると、フィラカルティーは興味なさげにこう返してきた。
「ソイツはよかったじゃねーか。レフォーラという名には覚えがある。まさか、五十階まで下りていたとは知らなかったがな。ヤツについて行けば枢軸に辿り着けるかもしれねえ。というより、平凡なスキルをもらっちまったお前さんにとっては、唯一の攻略方法かもな」
受付係にも同じようなことを言われた。
「でもさ、なんか変じゃない? そのレフォーラって人はなんでわざわざ二階層まで帰ってきて仲間を集めるんだ? もっと下の方にもギルド本部があると聞いたぞ。そっちで集めた方が強い人が集まるだろ」
上手い話には裏がある。今回の話など、怪しくて仕方がない気がした。そこで、少し調べてみた。といって、ギルドの酒場に行って噂話を聞いただけだが。
「そのレフォーラって人さ、部下を使ってボスの情報を集めさせて、自分だけ安全に攻略してんじゃないかな? 仲間がみんな死んじゃったから新しい人員を集めに来たとか」
そう考えると初心者ばかりの二階層に仲間を集めに来たことに説明がつく。使い捨てなのだから個々の戦闘力を気にする必要がない。それより、従順な人間を一人でも多く集めた方が得だ。
フィラカルティーはガハハと笑った。
「そいつは傑作だ。さしずめ呑気に酒盛りをしてる連中の話でも聞いて来たんだろ」
図星を突かれた……。
「でも筋は通っているぞ」
「よく考えてみろ。レフォーラは素人どもを引きつれてもう一度階層を下るのだぞ。ヤツは自らをどう称した? 五十階層まで攻略した実績があるという触れ込みで人々を集めているのだろう?」
「だったらなんだ」
「それはつまり『五十階層までの安全は保証しよう。だから仲間になれ』ということだ。そこまで辿り着くのに死者を出してはレフォーラの落ち度となる。よって、捨て駒を集めている訳がない」
「いや、違うぞフィラカルティー。五十階層まではそうかもしれんが、そこから先はどうだ? 未知の敵に対して捨て駒作戦を使わないとは言い切れないだろ」
「再三言うが、よく考えてみろ。五十階層に辿り着く頃、素人どもはどうなっている? レフォーラが主だって戦うとはいえ、それ以外の奴らも一切戦闘に加わらないという訳には行くまい。大人数な分、各々の実力はそれなりだろうが、もはや知識、実力ともに素人レベルはとうに超えているだろう。
そんな部下たちを騙そうと考えているならば、初めから育成の必要ない下階層の人間を仲間にすればいいではないか」
「それは……たしかに」
改めて痛感する。
オレはあんまり頭がよくないようだ……。
*
レフォーラの開催したパーティーはとても豪勢だった。二階層の中でも一番大きな酒場が貸し切られ、そこに入りきらないほどの人が集まった。
皆が期待の眼差しを向ける中、一人の男が壇上に現れる。
まだ若い。三十前半といったところだろう。白く繊細な肌には髭の跡すら見当たらない。黄金の髪を後ろに流したその姿は、女性のようでもあった。しかし、その佇まいは堂々としており、歴戦の勇士たる風格を備えていた。僅かに紫色を帯びた甲冑を着こみ、土色のマントを引っ提げ、皆を見回している。そして、
「ああ、なんだ――楽しんでくれ」
おどけたように肩をすくめて言った。
それは皆の期待を裏切る一言だったが、緊張を解きほぐし、宴を楽しむ心地にさせるのに最適だった。
酒場には歓声が巻き起こり、やがて楽団の奏でる音楽に乗せて女たちが舞い、野太い歌声が重なった。ドンチャン騒ぎはのっけから最高潮にた達しているようだった。
この宴は旅の成功を祝う意味と、新たな仲間達と親善の意味を兼ねている。波のように相を変え続けるフロアの外郭を埋めるように長い列ができている。その先は、フロアから離れた奥の間に続いている。
その奥で待っているのは宴の主催者であるレフォーラだ。
「つぎの者!」
幕の向こうから野太い声が飛んでくる。浩平とフィラカルティーは一緒に奥へ進んだ。
フロアの喧騒が僅かに遠のく。手狭な部屋の中心にテーブルが置かれ、その奥に部下を従えたレフォーラが陣取っており、手前に椅子がいくつか用意されている。
レフォーラは若々しい顔に微笑を浮かべ、二人を椅子に座るよう促した。
「これはこれは! 貴方とは以前お会いしたことがありますね」
目を大きくして言ったのは、白髪の中年男に対してだった。
フィラカルティーは何時もの不遜な態度を絶やさず、
「しばらく見ないうちに随分立派になったものだ、ボウズ」
「貴様! レフォーラ様に対して何という口のきき方だ!」
怒鳴ったのはレフォーラの部下である。
「まあまあ、良いんだ。この人はボクを子供呼ばわりする権利がある」
「しかし――」
「ボクの命を救ってくれたことがあるのさ。それに、レベルだってボクより上だ」
「ま、まさか――!?」
部下の男が驚きの顔でフィラカルティーを見る。
「よく言うわい。とっくにワシなど凌駕しておるくせに」
「ここに入り浸りですからね。レベルばかり上がってなかなか実力が追い付きません」
レフォーラは謙遜した。
「ところで、お前さん、一つ聞きたいことがあるのだが」
「ええ、もちろん」
「何故戻って来たのだ? お前ほどの実力があれば部下など集めずとも枢軸を目指せるだろう。何か戻る意味があるのだとワシは見たのだが?」
レフォーラはさらに謙遜の色を深めて、
「買被りすぎですよフィラカルティーさん。ボクなんか大したことありません――しかし、そうですね、意味はあります」
「聞かせてくれ」
「はい。といって、そう改まるほどの事ではありませんがね――ある程度枢軸へ至る公算が経ったのです。なので、どうせなら多くの人々と共に帰りたいと思いまして。それで、仲間集めを始めました」
どこか照れくさそうに言うのだった。
「ソイツは立派だ。どうだ、お前さんは納得できたか」
「え――」
「其方は?」
「ワシの雇用主といったところだ。なあ、大将。疑り深い男でなあ、レフォーラは素人を礎に攻略を進めようとしているのではないかと疑っておったのだ」
「お、おい言うなよ」
取り繕おうとあくせくする浩平。レフォーラの部下がとてつもない形相で彼を睨んでいる。
が、渦中のレフォーラはあっけらかんとしたものだった。
「フフフ――そう考えるのも仕方のない事です。しかし、大将さん、ボクは旅を通して、きっと貴方から信頼を勝ち取って見せます」
「は、はあ――」
浩平はたじたじだった。




