枢軸への旅 2
ここには時計が無い。それに、ずっと明るいままなので、どれくらいの時間が経ったか分からない。だが、相当な時間を消費した――という自覚はあった。
「起きろ、フィラカルティー」
「……――おう、どうしたボウズ」
「レベル三になったぞ」
浩平は指示された通りレベルが三に上がるまで戦い続けたのだ。
敵はトカゲ。大型犬ほどの大きさで、オレンジ色の鱗を持っていた。近づくと激しく威嚇して、尻尾に着いた刺を飛ばしてくる。変わったトカゲだった。
全ての能力を失い、ただの人間に戻った浩平にとっては、それなりに厄介な敵だった。動きが早く、なかなか追いつけない上、トカゲの刺には軽いマヒ効果があり、無策に近付くと酷い目にあった。最初のうちは素手での接近戦を仕掛け、返り打ちにされていたが、そのうち道具を使うことを思いついた。といって、落っこちている手頃な木の枝という原始的なものだが、しかし効果は絶大だった。
太めの木の枝を得物に選ぶことで、ある程度の防御力と、素手とは比べ物にならない攻撃力を得た。敵を追いかけ、刺の被弾を覚悟で突撃、マヒ効果に怯みながらも、棍棒での攻撃ならば、一撃でトカゲを倒すことができた。
敵を倒し、マヒが抜けるまで休憩、そしてまた敵を倒す。地道な戦いが続いた。
ステータスは“見たい”と考えれば目の前に表示される。名前とレベルと経験値の取得具合を現すバーだけの簡素な表を確認したところ、どうやらトカゲ一匹を倒して得られる経験値は“一”らしい。レベルニに上がるために必要な経験値は“百”。単純にトカゲを百匹倒す必要がある。
棍棒を使って戦う場合、トカゲ一匹倒すのに、体感二十分ほど時間がかかる。敵を追い詰める所まで行けば、がむしゃらに突っ込むだけなので楽だが、そこまでたどり着くのが大変だ。トカゲの動きは相当に早い。それに加え、対戦後に休憩をとる必要があり、結果的に、一時間で二匹――経験値にすれば毎時たったの“二“ということになる。
あまりに遅く、気の遠くなるようなレベル上げ……それでも浩平はトカゲを倒し続けた。少し前の浩平であれば、投げ出していたかもしれない。しかし、彼のひたむきさは相当なものだった。交通事故で死亡し、異世界に転移し、それからひたすら学校へ通うことを目的として行動してきた経験が“ひたむきさ”という形で謳歌したと言えた。
が、ようやく経験値バーが全て埋まったところで、流石の浩平も絶望した。
目の前に“1”という数字が現れたと思えば、すぐに霧のように消滅。直後“2”という数字が浮かび上がった。レベルアップを知らせるエフェクトだった。
喜びに打ちひしがれ、なんなら涙目になりつつステータスを確認する。
レベル二――次回レベルアップまでの必要経験値“二百”。
感涙が慟哭に変わった。もはや立っていることも出来ず、その場に倒れ、気を失った。
――目を覚ました浩平は乾いた涙の軌跡を拭いながら考えた。
このままでは精神が持たない。何か効率を上げる策を考えなければ――と。絶望したものの、立ち直るのも早い。それは、一寸先に“飢死”という闇を感じていたフリーター時代に培った精神の強さだった。落ち込んでいる暇があるなら働け。じゃなきゃ死ぬ。勘当同然に田舎を出て一人暮らしを始めた浩平にとって、世間は敵だった。生活とは死闘に他ならなかった。であるからして、生死に関わる事柄に対しての耐性が高いのだ。単に慣れているだけとも言えるが――。
熟考の末、浩平は手頃な木の枝を数本集めた。小さく、取り回しやすい大きさでありながら、それなりの重さがあり、丈夫。その条件にはまる物を十数本。それらをすぐ取り出せるようポケットから突き出させるように装備し、手には使い込んだ棍棒を持ち、浩平はレベル上げを再開した。
まずはトカゲを発見。浩平は草陰に身を隠し、敵の様子を伺った。闇雲に突進していたさっきまでには見られなかった行動だ。
そして、ポケットから小ぶりな木の枝を一本抜き、トカゲ目掛けて投げた。枝は山なりに飛び、トカゲの真上に落下する軌道を描く。
背中にぶつかる寸前、トカゲは首を動かし、上を見た。直後、長細い尻尾が素早く動き、刺が発射された。トス、トス、トスと軽快な音を立て木の枝に命中し、その軌道を変えた。
その時には、既に浩平の突進が始まっている。
棍棒を振りかぶり、地面すれすれを滑るように進んでいく。
絶妙なタイミング――トカゲの刺が木の枝に刺さったのと、浩平が棍棒を含めた攻撃範囲に敵を定めたのは、ほぼ同時だった。
動きの速いトカゲであれば身を翻して逃れられるかもしれない。あるいは、浩平の攻撃の精度いかんによっては、倒せるかもしれない。微妙なところだ。
が、浩平はこれで確実に倒せる――と確信していた。
そして、それは現実となった。
横凪ぎに振るった棍棒がトカゲの胴体に命中。オレンジ色の体が結晶のように固まり、すぐさま粉々に砕け散った。
「あのトカゲは刺を発射するとき、他の行動ができないんだ。レベルニになるまでの戦いを必死で思い返してたら気づいてさ、囮を使って先に刺を使わせれば簡単に倒せるんじゃないかって思ったんだ」
浩平は誇らしげに語った。
囮作戦を使いだしてからというもの、それ以前に比べて三倍以上の高効率で経験値が集まった。レベルが一から二に上がった時の半分ほどの時間でレベル三に到達したのだ。
フィラカルティーは捕まえた虫を自慢する息子をあしらう祖父のような風情で、
「そいつは良かったな――そんじゃ、次行くか」
と言うと、のそりと立ち上がった。
「次って、さらに下へ行くのか?」
「そうだ、まだ先は長いぞ。枢軸は遥か下だ」
浩平はウンザリしたようにウヘエ舌を出したが、その足取りは軽い。
そんな少年の前を歩きつつ、フィラカルティーは問いかける。
「ところで、どんなスキルをもらったんだ?」
浩平は不審そうに問い返す。
「スキル?」
「だから、レベルアップボーナスのスキルだよ。説明したろ?」
「聞いてないぞ」
「――――ステータスを見てみろ。新しい項目が追加されている筈だ」
テキトーなヤツ……。ジトーッとした目で男の背中を睨みつつ、浩平はステータス画面を呼び出した。
すると、確かに、枠が増えている。
「氷弾と書いてあるぞ」
書いてある通り、読み上げる。
すると、フィラカルティーは急に立ち止まった。振り返ったその顔には驚きの色が浮かんでいる。そして、
「なんだと? ――それは本当か」
と問うたのだった。




