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開戦



 デンガットさんは目撃情報などから族のアジトに目星をつけていた。

 森の外郭に沿って進むと、起伏の激しい岩場に着く。そこは近隣の都市から遠く、大小様々な洞穴がいくつもあり、なるほど族が住み着くにはちょうどいい場所だ。

 早朝に村を出て、岩場に到着したのが昼頃――そこから手分けして探索を開始した。

 私はデンガットさんとペアを組み見晴らしの悪い岩壁の中を歩き回った。

 そして日が傾き始めた頃――ついに”それ”を見つけた。


「あれが戦車――?」


 岩の陰から僅かに顔を出し”それ”を観察しながら、私は首を傾げた。

 一際大きな洞窟の入り口の前に金属製の女神像がポツンと立っている。デンガットさんはあれを指して戦車と言った。

 戦車というからには、車輪のついた乗り物を想像していたのだが、実物は何の変哲もない像でしかない。大きさは普通の人間より一回り大きい程度で、武器や鎧は装備してない。緩やかな曲線を描く体から、ウェーブのかかった長髪まで、全てが銀一色でできている。教会の講堂なんかに置かれていれば見栄えもするだろうが、荒地に突然現れると、変な感じだ。

 私は素直に疑問をぶつけてみた。


「本当にあれが戦車なんですか? とてもそうは見えませんが」


 デンガットさんも私と同じように物陰に隠れ、視線を女神像から外さずに答えた。


「間違いありません。目撃された戦車はあれです。ブーズステュー出身の魔導技師カーペンター兄弟の手で作られた奇形戦車――私も見るのは初めてです

 どれほどの力を持っているのか分かりませんが、おそらく一筋縄ではいかないでしょう……」


 どうやら緊張しているようだ。額に汗をかいている。


「こちらから仕掛けますか?」

「いや――あくまで私たちの目的は偵察です。しばらく様子を――――なっ!?」


 デンガットさんが一歩後ずさる。

 私もわずかに体を引いた。

 何が起きたのかといえば――像が動いたのだ。

 女神像は直立し、体の前で手を合わせていた。

 しかし、何の前触れもなく手が動き、だらりと下がった。硬そうな銀色の体に関節はない、かといって動いたことで表面がひび割れたようにも見えない。ひどく不気味な光景だった。

 像の変化はそれだけでは終わらなかった。

 次は足が割れた。両足の膝から下が三又に分かれ広がる――その先端から薄緑色の魔法陣が現れた。合わせて六つの魔法陣、それはまるで車輪のように平行に並んでいる。

 私たちは、息を潜めて女神像の不気味な変形を見つめていた。

――と、突然魔法陣が高速で回りだす。それに合わせて女神像は直立したまま、かなりのスピードで走り出した。

 まっすぐ走るその先には、私たちが隠れている岩がある――。

 私の体は自然に動いていた。


「っ!」


 飛びのくように岩から距離をとる――その一瞬後に岩が砕け、礫となって飛び散った。

(……なんという速さ、怪力――!)

 私は剣を抜きつつ戦慄していた。実用化されなかった破壊兵器”戦車”――想像以上の力だ。


「デンガットさん!」

「無事だ――」


 土埃の向こうから返事が返ってくる。よかった――避けていたのだ。

 いや、安心している場合じゃない。私たちは戦車に目をつけられてしまったようだ。

 どう戦う――岩をも砕く装甲を私の剣が切り裂けるとは思えない。弱点を探すしかないが、しかし関節すら見あたらないのに、はたして脆弱性など存在するのか?

 私が思案を巡らせていると、曇った視界の向こうに”赤い光の柱”が現れた。その光は、素早く動き回っている。

 しだいに視界が戻ると、それがデンガットさんが振るう剣の刃が放つ光であることが分かった。

 彼は光る剣で鋭く像に切りかかる。


「ふっ! はあ!」


 彼は剣のリーチからくる有利をすて、相手に密着して攻撃を繰り出している。硬い装甲を破るための策だろう。

 しかし、斬撃はことごとく躱されてしまう。

 戦車の動きは反則じみていた。動き自体は人間と変わらないが、その速さが普通じゃない。まるで違う時間の中で動いているようだ。攻撃が当たる気がしない。


「くっ――」


 私は飛び込む期をうかがっていた。

――すると、ずっと握られていた洗車の右手が大きく開いた。その掌が車輪と同じ、薄緑色の光に包まれる。

(――いけない!)

 なにが起こるのかは分からなかったが、私は反射的に敵に飛び込んでいく。


「つあぁ!」


 デンガットさんの赤く光る剣が上段から振り下ろされる。

 洗車は、車輪を使い僅かに横に移動することで、その攻撃を難なく躱した。そして、開いた右手を前方にかざす――手に集まった光が輝きを増す。その先には、剣を振りぬき無防備になったデンガットさんが――。

(間に合え――!)

 一秒にも満たない時間で攻撃態勢に入った戦車の背後に私は迫る。

 剣を引きづるように構え、そして――


「ふっ――」


 戦車の右腕めがけて目いっぱいの力で振り上げる。


――ガイィン――


 と金属音を響かせて、私の剣と戦車の上腕部がぶつかり合う。

 手に返ってくる反動で剣を取り落としそうになるが、手応えはそっけない――傷一つつけられなかっただろう。

 しかし、それでいい。

 戦車の右腕は、私の剣に弾かれて天を向いていた。攻撃をデンガットさんから反らす――それが私の狙いだった。うまくいったようだ。戦車は右腕を上げたまま硬直している。

 一瞬の間が生まれた。このまま私も相手に張り付き、二人で前後から攻撃を加えよう。さすがに、二人分の攻撃を避けきることはできまい。攻め続ければあるいは――!

 私の中に芽生えた細い勝算は、しかし次の瞬間、完全に潰えた。


「なっ……」


 私は見てしまった。

――真上に向いた戦車の掌から噴き出した光――音もなく発生した、その細長い光は雲を割き、どこまでも登ってゆく。

 私は熱風を伴った衝撃波で跳ね飛ばされてしまう。あと少しでも近くにいたら炭になっていたかもしれない……。

 光は二秒ほどで収まった。

 私は衝撃で眩暈を起こし、立ち上がれない。

 離れたところでデンガットさんのうめき声が聞こえる。

 よかった、生きてる――しかし、このままでは確実にやられる……どうすればいい――どうすれば!

 グラグラ揺れる視界の隅で戦車を睨む。

 相手も、私を見ているようだった。

(クソ……クソッ!)

 悔しい、負けたくない、こんなところで死にたくない……何もかも中途半端だ。何も成し遂げていない。

 しかし……どれだけ力んでも、どれだけ自分を奮い立たせても体は動かない。

 私がジタバタと地面を這いつくばっている間に、戦車の右手が私に照準を合わせる。


「クッ……」


 私は目を瞑った。

 


 *



「俺たち、これで帰るんですか……?」


 俺とアーネは城の庭に出ていた。ローズウッドとジードさんも一緒だ。

 目の前には鳥がいる。こいつは鷲かな? 頭と尾が白く、それ以外は黒い羽に覆われている。太くて鋭利な爪は、見るからに切れ味がよさそうだ。

 俺がゾッとしていると、ジードさんがにこやかに言った。


「心配ありません。今まで途中で落とされたり握りつぶされた者はおりません。爪に血痕が付着していることは稀にありますが」

「ダメじゃん……」


 あんな爪で握られたら一たまりもない。体がバラバラになってしまう。

――そう、俺たちの前にいる鷲は超巨大なのだ。俺の身長の五倍はあると思う……。

 自分で飛べないなら、こいつに運んでもらう以外に地上に帰る手段はないそうだ。なんとも荒っぽい。大きな町まで飛ぶと大騒ぎになるので、森のすぐ近くにある小さな村に送ってくれるそうだけど、もうちょっと安全な乗り物はないのだろうか。


「コイド様、尻込みしている暇はありませんよ。メシアやロカさんが心配しているはずです」

「ううう……」


 アーネは前向きだなあ。彼女は魔法の修業を終えて、ちょっと変わった気がする。どことなく明るくなったというか、迷いがなくなったというか――そんな感じだ。ジードさんと何かあったのかな? ちょっと気になる。


「コウヘイ」

「は、はい?」


 ローズウッドは睨むように俺を見ている。俺はビビる。

 しかし、彼女はすぐに表情を緩めて、


「最後くらいピシッとしろ。まったく――お前は根が情けない男だ。ルドラカンドでやっていけるか心配だぞ」

「そんなことはないですよ。俺だってやるときはやります!」


 ぐっとこぶしを握って熱弁する――でもローズウッドはそんな俺をジトーっとした目で見るだけだった。

 信用ないなあ……と若干落ち込みそうになるが、


「休みに入ったら必ず戻ってこい。そうでなくても、来たくなったら来い――いいな」


 優しい言葉が飛んできて嬉しくなった。

(なんだかんだ言って、きっとローズウッドだって寂しいんだな)

 と、勝手に納得しておいた。


「もう一度唇を奪ってやろうか?」


 聞こえていた。勘弁してください……。

 俺がそんなやり取りをしている横で、アーネットは深々と頭を下げていた。相手はもちろんジードさんだ。


「ジードさん、本当にお世話になりました。また来ます――そ、その時は、またお茶をごちそうしてください」


 お茶ってなんだ? 

 言われたジードさんは、一瞬驚いてから微笑みを戻した。なんか意味ありげだなあ……。


「もちろんです。とびきり美味しいものを用意しましょう」


 二人は握手を交わした。すごくいい雰囲気だ。

 アーネはあんまり人となれ合わない印象があったから、この光景は意外だった。でも、いいことだよね。

 俺は安心したような気持になった。


――そして、ローズウッドは腰に手を当て、真面目な表情で、


「コウヘイ、アーネット――しばしの別れだ。達者にな」


 短く別れを告げた。


「はい、さようならローズウッド」

「お世話になりました」


 俺とアーネも短く返す。

 そっけないかな……なんて思わんこともないけど、でもそれでいいのだ。

 俺たちはまた戻ってくる。

――またすぐに会えるんだから、今はこれでいい。

 


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