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ルドラカンド学園 4



 改めて見ると小さな町だ。リード=ティラムントは学園の屋上から町を見下ろしていた。

 そこに一人の男が音もなく表れた。白髭を蓄えた皺だらけの顔。しかしその目は少年のように青く輝いている。


「みな旅支度を終えたようだぞ。お前は行かなくていいのか」


 リードの細い眉が僅かに動いた。それは、鉄面皮と呼ばれる彼にしては大げさすぎる反応だった。


「フィラカルティー、生きていたのか」


 二人は親子の関係にあった。父親に古代王の魂が乗り移った今でもそうと呼べるかは、微妙なところだが。

 フィラカルティーはフンと鼻を鳴らして、


「そう易々と死ぬわけないだろう」

「しかし、負けた」

「ワシは大して強くないからな」

「プライドは無いのか」

「むろん傷ついた。だから、次は負けない」

「負け犬の遠吠えだ」

「生きているから吠えられる。そして、死ぬまでは勝つ機会が残されている」


 この話は終わりだと言わんばかりにリードは肩をすくめた。口ではこの男に勝てない。そう悟ったのだ。


「お前はこれからどうするんだ。まかさ、ついてくるとは言わんだろうね」

「そのまさかさ」

「ダメだ。僕が許さない」


 実の父であろうと、リードは許すことができない。そこに立っているのは王都侵略を企て実行した主犯なのだから。

 フィラカルティーは呆れたように頭を振った。


「融通の利かない奴だ。なにも果てまで行こうという訳ではない。国境を越えるまで護衛してやろうというだけさ」

「護衛だと? なぜお前がそんなことをするのだ――いや、そもそもお前程度の力では護衛にならんだろ」

「ケッ――ワシに負けたくせに大口を叩きおって。まあいい、呑気なお前に教えてやろう。俺が手を貸すのは、幼い二人の少女に対してだ。それ以外の有象無象はおまけにすぎん。そして、移民団を守り歩くのはワシの兵たちだ」


 幼い二人の少女というのが誰のことを指すのか、気になりはしたが、リードにはそれ以上に問うておくべきことがあった。


「フィラカルティー軍が近くにいるのか……?」

「近くの村に潜伏しておった。数ばかり増えちまって、育成が追い付いていない不出来な連中だが、忠誠心は中々のもんだ。末端を一人捕まえて、残存戦力を集めろと指示しておいたら、きっちり集まりおった」


 リードは涼しい顔で男を見つめ、言い放った。


「軍は僕が引き取る。権利はあるはずだ」


 戦いから手を引け。リードは暗にそう言ったのだ。

 フィラカルティーはニィと口元を歪めて、


「世襲には早すぎる――そいつは聞けね……」


 男の言葉が不自然に途切れた。

 直後、男は屋上の柵から身を乗り出して真下を見下ろした。それまでのふざけた態度は形を潜めていた。


「――?」


 その異様な剣幕につられ、リードも柵に駆け寄る。そして、


「あれは……!?」


 学園の中庭。生い茂る木々の隙間を何かが高速で動いている。よくよく目を凝らせば、それは人のようだった。二つの影が舞い上がる。縺れ合うようにして、向かいの校舎の屋上に着地した。

 リードは戦っている二人を知っていた。


「ロカくん――それに、コイドくんじゃないか」


 距離を取って睨み合う二人。両手に銀色のテーブルナイフを持った少年。コイド=コウヘイだ。そして、もう一方は、ロカ=エルサンドラールに違いないのだが、普段の彼女とは少し風貌が違う。社交の場でさえ軍服を身に着ける彼女が、漆黒色の丈の長いドレスを着ている。それだけでも、普通じゃないのだが、さらに、その手に持ち構えている得物も見慣れないものだ。振り回すのに適した形ではある――しかし、それは剣というより墓石に似ている。黄金に輝く四角い棒、その隅々に文字が浮き彫りされており、どういう仕組みか、くぼみに沿って赤い光が漏れている。切ろうにも歯がなく、突こうにも先端がない。戦闘においてどういった有利があるのか、まるで想像できないが、しかしどことなく尋常でない雰囲気を持った武器だった。

 フィラカルティーは向こうの屋上に佇む二人を睨みながら緊張感を帯びた声色で言った。


「コイドといったな――それは、あの少年のことか?」

「そうだが」


 そこでフィラカルティーは「くそっ」と毒づきながら手すりを拳で叩いた。


「リードよ、さっきの言葉は撤回しよう。俺の家督は、今、この時点をもってすべてお前のものだ――ああと、それから……おそらく、向こうの兵が迫っているぞ。お前は、今すぐ門まで飛び、有無を言わさず即刻移民団を出発させろ。いいな?」

「まて、何を勝手な――」

「黙れ、馬鹿者! 最後くらい言うことを聞かんか」

「最後って……お前、まさか」

「考えてる暇はねえ。一つの判断ミスが数千人の命を奪う――それを肝に銘じて動け」


 それが別れの言葉だった。フィラカルティーは転移魔法を使い、一瞬にして隣校舎まで移動していた。


「まったく」


 リードも姿を消した。次の瞬間には移民団が待機する町の門の前に移動している。列の前まで駆けて行く。あの男の言葉を信じるつもりはないが、しかし、今すぐ移民を開始したところで不都合はない。結果的に、フィラカルティーに従う形になるが、それが最善なのだった。


「アーネくん、メシアくん、すぐに出るぞ。敵の軍が迫っている――かもしれない」


 虚を突かれたように目を瞬かせる二人。


「何かあったのですか?」

「それが――」

「コイドとロカちゃんが居ない。それについて問題は?」

「大丈夫だ。おそらく」

「おそらくって、そんな!」

「アーネちゃん落ち着いて」

「コイド様の身に何か起きているかもしれないんですよ」

「アーネちゃん、私たちは今たくさんの命を預かってるんだよ。大丈夫、コイドは強いんだから」


 アーネットはきつく唇をかみしめ、それ以上反論しなかった。

――伝令が走る。自治会員たちが促し、移民団が動き出す。これから二日歩き詰めの旅が始まる。新天地に向かうための洗礼の旅だ。

 リードは最後尾を守るべく、脇に避けて列の動きを見送っていた。すると、彼の元に二人の少女が駆け寄って行った。それを見た瞬間、彼の頭の中で点と点が繋がった。


「君たち、フィラカルティーを知っているね?」

「おじさんが居ないんです!」


 双方の声が重なった。一瞬の沈黙を置いて、


「おじさんというのは――白髪、白鬚の大男のことじゃないか?」


 肌の白い方の少女は目に涙をためて頷く。


「おじさんのこと知ってるんですか?」

「君たちの方こそ、なぜ奴のことを?」


 今度は、褐色肌の少女がリードの服を不安げにつまんで、


「血まみれで図書館に落ちてきたの。私たちが看病して、ようやく元気になったんだけど、今朝から何処にも居なくて」

「そうだったのか――」


 リードは悔しくてたまらなかった。その感情が顔に出ない事が自分で不思議なくらいだった。

(アイツ……命を助けてもらった恩を返すつもりだな――おそらく、マローダとメイカが言ったのだろう。コイドを助けたいだとか、力になりたいだとか、そんなようなことを。真っすぐな二人のことだ、普段からそういう話をしていてもおかしくない。アイツのことだ。恩返ししたいのだが、何かして欲しいことがあるか? などと面と向かって聞くはずがない。二人の言うコイドという人物に密かに加担して助けてやろう――などと、捻くれたことを考えるに違いない。悪党のくせに――なんなのだ、まったく!)

 フィラカルティーが命を賭して戦っている。そして、自分はすべてを任され安全な場所にいる。歯がゆい。あまりにも歯がゆい。

 奥歯が砕けそうなほど強く食いしばる。表情を変えられない彼にできる精一杯の地団駄なのだった。しかし、それもすぐに辞める。黙り込んだリードを見つめる二人の少女の存在を思い出したのだ。

 心を沈め、言葉を紡ぐ。


「大丈夫、そのおじさんは無事だよ。さっき会ってきたんだ」

「ホント?」

「何か言ってた?」


 リードは零れ落ちそうになる言葉の数々をなんとか塞き止めた。そして、短く伝えた。


「あの人は感謝していたよ。二人の少女に命を救ってもらった――ありがとう、ってね」


 少女たちは取りあえず安堵したようだった。リードが言うなら間違いない。無事ならそれでよかった、と。

 しかし、直後、マローダは首を傾げた。それは、フィラカルティーについての話とは関係ないことに起因していた。


「あ、あの会長――」


 メイカはもっとあからさまに不信感を前面に出した顔で、


「それ、大丈夫……?」


 と問いかけた。


「――――?」


 このとき、リードは微笑んでいた。それは彼が生まれて初めて作った表情らしい表情だった。

  


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