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ルドラカンド学園 2



 移民が始まった。ルドラカンドの人々を二回に分けて国境の向こうまで移動させることになった。オレは、二回目の移民で移動する。それまで守りが手薄になるルドラカンドの町を守るのが仕事だ。

 最初の移民団が町を出て四日目、今日も何事もなく終わりかけていた。明日になればアーネットたちが護衛から折り返して帰ってくる。そうすれば、いよいよこの町ともお別れだ。住みなれた学生寮。一人きり、静かな部屋。なんだか複雑な気分だった。そろそろ寝ようかと用意を済ませてベッドに入ってみたのだが、どうも寝付けず、天井を眺める。

 そんな時、呼び鈴が鳴った。

 こんな時間に客? 少しい不審に思いつつ、玄関を開ける。すると、そこにはロカが立っていた。

 白いワンピースの寝巻の上に桃色のカーディガンという服装で、儚げに眼を伏せて位廊下に佇んでいる。オレは少し怯む。普段は強く凛々しい彼女が、今にも消えてしまいそうな佇まいだ。

 ロカは潤んだ瞳でオレを見た。


「あの、夜分遅くに住みません――上がってもかまいませんか?」


 少し掠れた声だった。

 ランプを灯す。ココアを入れる。


「いやあ、ビックリしたよ。誰かと思ってさ」


 大勢で囲えるテーブル。もうすぐ役目を終えるそれを挟んで向かい合って座る。

 マグカップを差し出すと、ロカはそれを受け取って「ありがとうございます」と呟いた。


「それで、どうしたの? 何か用があった?」

「はい。実はコイドさんに頼みたいことがあって」

「頼み? いいよ。出来ることなら、何でもやるよ」


 ロカの顔が少し明るくなった。そして、


「本当ですか? では、ぜひとも、私を抱いてほしいのですが」


 とんでもないことを言った。


「ちょっと待ってくれ……どういうこと?」

「私、お父様があんなことになってしまって、どうしたらいいか分からなくなってしまって……それで、ずっと考えていたんです。どう生きていくべきか、と」

「それで、抱いてくれって? ちょっと意味が分からないんだけど」

「お父様はよく私をからかいました『お前は強くなったが、男の方はからきしだめだな』と。でも、言われるたび私は密かに思っていました。私だって、機会があれば恋をするはずだ。そういうことにちゃんと興味があるんだ――と。

 戦う理由が分からなくなった時、そんなことを思い出したんです。

 私に望みがあるとすれば、それは、女として生きること。

 そう考えた場合、相手にしたい男性はだれかといえば――」

「オレ――なのか?」


 ロカは頷いた。


「あの、シャワー借りますね」

「え、あ――」


 オレが混乱してしどろもどろになっている間に、彼女はリビングから姿を消した。



 *



 シャワーの音を聞きながら、脳内会議を開始する。


『ねえ、ど、どうすればいいかな』

『よかったじゃねえか、え? あんな可愛娘ちゃんをモノにできるんだぜ? 迷うことねーだろ』


 すぐさまラプラスの声が帰って来た。意見はハッキリしているようだ。


『でもさあ、なんか今のロカ普通じゃないだろ? 冷静な判断ができてない気がするんだよ』

『だとしても、一つだけ確かなことがある。あの娘は今寂しくて仕方ねえんだ。そうだろ?』

『た、たしかに。それはそうかもしれない』


 続いて、カグヤの声が飛んだ。


『しかし、それは彼女の事情です。浩平さんにも事情があることを忘れてはいけませんよ』

『オレ?』

『ここ数日で分かったことがあります。浩平さんは意外とモテている』

『そ、そうなの?』

『アーネットとメシアをはじめ、図書館の二人、ロカ、晴香も含めましょう。あと忘れてもらっては困るのですが、私も浩平さんの事を愛しています!』

『何を言っているんだ、お前は……。百歩譲って、オレがモテてるとして、でも、今挙げた皆はオレにとって家族みたいなものなんだ――』

『だから恋愛対象にはならないと? 浩平さん、それはヘタレの思想ですよ』

『ヘタレ?』

『多数の女性に愛されていながら、一人に絞れず、全員に手を出す“クズ男“の事です。このままズルズル行ったら、浩平さんは間違いなくヘタレになる。女の子を悲しませる最低の人間に』


 そう言われると、強烈に悪い事をしている気分になる……。


『女の考え方だな。男ってヤツは、大勢女を囲ってなんぼだ。王様なんてやつは、妾が大量に居て、しょっちゅう隠し子が見つかったりするだろ、な?』

『選択もロクにできないのが男らしさなのですか? 理解できません』

『うるせえな……新入りのくせに』

『ふん。私が浩平さんと出会ったのは六歳くらいの時です。先輩面しないでください』


 なんか喧嘩始まったし。

 だめだ、考えがまとまらん。むしろ、余計こんがらがった。


「お待たせしました――」


 我に返る。

 バスタオル一枚だけ体に巻いたロカが立っていた。

 彼女は、テーブルの上に置いてあるランプに手を伸ばす。視界が暗転する。


「恥ずかしいので」


 妙に色っぽい声。直後、背後で、軽いものが床に落ちる音。続いて、温かく上気した少し湿った感触がオレを包む。


「ろ、ロカ――」

「ジッとしててください」


 耳元で囁かれ、意識が持って行かれそうになる。

 脇の下から伸びてくる細い腕、さらに近くなる体温。


「精一杯やりますから、私に身を委ねてください」


 甘い囁き……。オレは確信する。


『オレ、ヘタレになっちゃうかも……これ、しゃれにならないよ』

『そうだ、コウヘイ! それでいい!』

『ダメです浩平さん! 戻れなくなりますよ!?』


 頭の中に響く音声は、何処か遠く――ロカの体の柔らかさだけが現実のように思えた。


「では、失礼しますね……はむっ」

「いぎっ――!?」


 快感――とは程遠いモノがオレを襲った。

 熱い息がかかったかと思えば、次の瞬間、右肩に強烈な痛みを感じた。


「コイドさん……」

「ちょっ――痛ったいぃ!」


 胸に尋常じゃ無い痛み。明らかにロカの爪がオレの体を抉っている。

 何かがおかしい――逃げようと立ち上がる。しかし、


「ダメですよ」


 すぐに捕まる。彼女のきゃしゃな体からは想像もつかない怪力で、組ふされ、テーブルに引き倒される。仰向けになり、肘を使って、逃げようとするが、覆いかぶさって来たロカの体が万力のようにオレをホールドした。


「ま、まて、ロカ――これ、違うぞ、絶対!」

「はぁ……はぁ……コイドさん」


 聞こえてないようだ。

 こうして、地獄のような一晩が始まった。

 痛みに耐えきれず、気を失い――また痛みで目を覚ます。そのたび、聞こえるロカの熱っぽい声。

 それが何時間続いたのだろう――記憶が混乱していて、もはや分からない。

 気づいた時には、朝になっていた。ロカは居なくなっていた。

 そして、我が家のテーブルの上は、オレの血で酷い有様だった。

 なんだか泣きたい気分だ……。


『狂気だな』

『向こうでは“ヤンデレ“と呼ぶらしいですよ。良い薬になりましたね、浩平さん』



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