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ルドラカンド学園 1



 記憶の整理もかねて、少しおさらいしてみようと思う。

 ここは異世界の大国、エレドペリ王国。

 首都エレドペリ王都を中心に、五つの公爵領地が点在し、それらを結ぶ直線を国境とし、国土を守っている。

 長いこと繁栄しつづけてきたエレドペリだが、五大王の魂が蘇ったことで、国は混乱の底へ落とされた。

 時系列を追ってみよう。

 最初の戦いは王都で始まった。フィラカルティー公爵が王都に進軍。国内最大の人数を誇る軍でもって近衛兵団をねじ伏せた。

 ザガム王はフィラカルティー公爵によって無き者にされる寸前まで行ったが、部下の活躍により、九死に一生を得た。

 フィラカルティーが王都をとるかと思いきや、新たに二つの軍が現れ、それを阻止した。

 武の国ローブアインと火の国ダンバイザード。同じく王都へ向かっていた両国は、国境沿いで鉢合わせし、潰し合っていたのだ。

 そこに『王都陥落間近』の知らせが入り、一時休戦、連合軍となり王都へ向かい、残っていた近衛兵団と共にフィラカルティー軍を退けた。

 こうして、フィラカルティー軍および、公爵は失脚。ローブアインとダンバイザードを中心とした連合軍が王都を占拠した。

 それと時を同じくして、オレたちは“和室”から解放された。国の状況を知り、動きの無い残り二つの公爵領地の様子を見に行く運びとなった。

 まずは魔女の国ブーズステュー。ここでは公爵の不在により内戦が起きていた。それはそれで、大変なことだが、さしあたって、王国全土を脅かすような事態に発展することはないだろうと判断し、オレたちは介入を断念した。ここでブーズステュー公爵ニアと、魔女の国が誇る魔道兵器部隊ヴィルトラージ騎士団が仲間になった。

 そして、最後に港町カタードス。ここでは色々なことがありすぎて、整理しようとすると逆にこんがらがる。全て丸く収まったということで……。

 と、まあ、こんな感じだろう。



 *



 今やこの国の主権を握ったと言える二人の公爵は、易々とオレを王宮に招き入れた。

 闘争本能が強い――五大王に共通する特徴。それは、この二人にしても同じだった。

 腕試しだ何だと言って、戦うことになった。

 でも、


「ロカとエイモスは何処にいる? 王都へ向かったはずだが」


 ダンバイザード公爵と名乗った女は既に気を失って王座の間の隅で眠っている。

 残ったローブアイン公爵、ルーク=エルサンドラールに向かってオレは問うた。

 彼は壁を背に座り込み、立ち上がれないでいる。それが戦いの結果だ。


「ロカか――そういえば、随分前に訪ねて来たな」

「何処にいるのか、オレはそう聞いている」

「変わってしまった私を見て驚いていたよ。どこにいるかは知らんね」


 もはや立ち上がることも出来ないくせに、ルークの眼光は鋭い。本当か嘘か――オレには判断できなかった。


「ふん――まあいい」


 踵を返して王座の間を後にする。もう用はなかった。

 すると、背中に声が掛った。


「我らを殺さんのか? 諸悪の根源を断つことこそ平和への近道と思うが」


 オレは一度足を止め、


「倒すだけなら簡単だ。国を取り戻すのだって、同じさ。でも、それは人を殺すということだ。これまで俺がやって来たことを否定する行為だ。だから、殺さない」


 再び歩き出す。


「ふふ――甘いな。いずれ足元を掬われる」


 甘いのは自覚しているさ。それを補うためにオレは強くなったんだ。



 *



 そして、オレたちはルドラカンドへ帰って来た。ここは全く変わっていない。普通の内戦であれば、国中の貴族の子供が集まるルドラカンドは真っ先に狙われただろうが、国の上層部が崩壊してしまったのだ。もはや貴族階級なんて何の効力も持たない。ルドラカンドは子供が集まる無力な国でしかない。

 アーネットとメシアは学生寮へ向かった。オレは学園へ向かった。

すると、校門の前でエイモスが待っていた。


「よう、コイド。ひさしぶり」


 彼は軽く手を上げて言った。


「会いたかったよ、エイモスくん」


 久しぶりに親友に会えた。オレは嬉しくて仕方なかった。

 それからオレたちは話をしながら自治会室を目指した。


「ザガム王は未だに体調を崩している。まったく、頼りない王様だ」


 エイモスは呆れたように言った。


「ロカはどうしたの? 王都に行ったんだよね」

「ああ、それがな――彼女、親父さんを見てショックを受けたみたいで、実は、王様より酷い事になってんだ」

「酷い事って?」

「まあ、無事ではあるんだが――そのな、なんつうか、抜け殻みたいになっちまって、ほとんど食べ物を口にしないし、誰とも話したがらない。彼女、親父さんの事を尊敬してただろ。それが、いきなり侵略者になってしまった。相当こたえたんだろうよ」

「そっか」


 胸が苦しくなる。そういえば――なんて言ったら失礼かもしれないけど、ロカだって女の子だ。“戦駆り“なんて物々しい二つ名で呼ばれていても、無敵の精神を持っている訳じゃない。思い悩むことだってあるだろう。無理もない。


「あとでお見舞いに行ってやれよ。お前が来れば喜ぶだろう」

「ど、どうかな? でも、うん。絶対行くよ」


 アーネットとメシアも連れて行こう。そっちの方が喜ばれそうだ。

 自治会室の前までたどり着くと、エイモスは行ってしまった。仕事があるそうだ。晩飯を一緒に食べる約束をした。

 さて、


「やあコイドくん――」

 

 会長の席に佇むリード=ティラムント。相変わらずの鉄面皮で少し安心する。


「君の事は風の噂で聞いているよ。新しい国を作るんだって?」


 さっそく本題に入ってくれた。


「ええ、そうなんです。戦いに苦しむ人々、憎む人々を集めています」

「それでルドラカンドここにも来た訳だね。有難い。みんな戸惑っている。君の救いは受け入れられるだろう」

「やはり、混乱しているんですか?」

「今のところ暴動は起こっていないがね。時間の問題だ。敵が来るかもしれないという不安はもちろん、もっと身近な、食糧や、家族の安否という不安の種もある。自治会である程度はケアしてきたつもりだが、正直、限界だったところだよ」

「では――」

「ああ、僕個人としては君が来るのを待っていたくらいさ」


 リードは一度言葉を切って、立ち上がった。そして、


「ルドラカンドは君の国に参加する。いいかい?」


 開いた右手を差し出してきた。

 オレは迷わずその手を握って、


「もちろんです」


 言った。



 *



――その頃。


ルドラカンド学園付属図書館は巨大な迷路のようになっている。その最深部、本棚に囲まれた小部屋のような場所に設えられた簡易式ベッド。男はむくりと起き上がり、大きく伸びをした。そして、誰に言うでもなく呟く。


「ほう……とんでもないのが来てやがるな」


 簡素な麻布の服、体中に包帯が巻かれている。ぼさぼさに伸びた白髪、同じ色の口髭、皺の浮いた顔にはいやらしいニヤニヤ笑いが張り付いている。

 戦争で傷つき、頭のおかしくなった兵士――そんな風貌だが、その瞳には精気が漲っていた。男は、体に巻かれた包帯をはらはらと解いて行く。生々しい刀傷が次々と現れる。それらを見る男の目は大変嬉しそうだ。

 そこに少女が現れた。男を見るなり、ゲゲッと顔をしかめた。


「コラっ! とっちゃダメって言ったじゃないですか。それと、まだ寝てなきゃだめですって」


 プンスカ怒りながら、止めに入る。

 男は親戚のおじさんのような、からかいを込めた視線を少女に向ける。


「大丈夫だって。まったく、世話を焼くのが好きなヤツだ。そういや黒いのはどうした、一緒じゃないのか?」


 少女の顔がとたん華やぐ。


「コイド様が帰って来たんです! メイカさんは先に会いに行きました」


 男は少女の表情を読み取って、包帯を戻そうとする小さな手を優しく阻んだ。少女は「邪魔しないでくださいよ」と抗議の視線を男に向ける。

 男は言った。


「お前も早く会いてェんだろ? さっさと行けよ」

「わ、私、そんなこと言ってません――けど?」

「顔に書いてあんだよ。ほら、さっさと行け」


 男の大きな手が少女の小さな体を強制的に回れ右させ、背中をドンと押す。

 少女はつんのめって小さな悲鳴を上げ、


「な、なにするんですか!」


 大きな声を出した。


「うるせえな。おじさんは、ミイラになってちゃんと寝てるから、ほら、行け」


 犬を追い払うような仕草。

 少女は一度むっつり膨れてみせたが、やがて、小さく微笑んで、


「わかりました。えっと、ありがとうございます」


 そう言い残すと慌ただしく走って行った。

 男はそれを見送ると「フン」とふてぶてしく鼻を鳴らし、ベッドに寝転がった。


「まさか、誰かに感謝されるなんてよぉ――らしくねえじゃねえか、え? フィラカルティーさんよ」


 男は自分に問いたけたのだ。

 

――フィラカルティー。


 それは王都侵略に失敗し敗走した古代王の名だ。



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