オレが死んだ世界で 10
それは――暗闇の世界で白く輝いていた。
のっぺらぼうで坊主頭。関節部意外は全て滑らかな、人形の素体のような体。背中からは黒い鉄塔のような物が疎らに突き出している。
暗黒の地面に佇むその様は、月の裏側に突き刺さった巨大な杭のようだった。
白金の巨人は足ものに横たわる黒く小さな守護者を一度見下ろし、そして、月面を離れた。
宇宙空間を漂うかのように進む巨人。緩やかな慣性飛行――しかし、約四十万キロの距離も、巨人にとっては、数秒の旅にすぎない。
*
獣人の事は小井戸から聞いていた。まさか自分で見ることになるとは夢にも思わなかったが。
「これは――参りましたね……」
バスウッドは突如として現れた真夜中の太陽を見上げて呟いた。
話によれば、アレは世界を滅ぼすほどの力を持っているという。
彼は、どうすることも出来ず、ただ獣人を見つめていた。
その時だった。突如として空の彼方に小さな光が現れた。
それは、ノートの隅に書いたパラパラ漫画のような、現実味のない動きで徐々に大きくなる。それにつれ、姿が見えてくる。子供が紙粘土で作った人形のような武骨でシンプルなデザイン。背中に見える鉄塔のような部位だけが異様だった。
光と光が重なり合う。いや、重なり合った。
「……?」
バスウッドは己の目を疑った。
このままいけば、二つの光が重なる。そう感じたときには、すでにそうなっていた。そんな気がした。
バスウッドの頭脳や知識をもってしても、まったく解せない。明らかに何かがおかしい。が、それが何なのか分からない。
*
オレンジ色の世界。
アルフの姿はない。守護者の内にあった仮想世界をカグヤが受け継いだのだ。
屋上の中央にホログラフ映像のようにおぼろげに見える獣人が立っている。浩平とカグヤはそれと向かい合うように立っている。
「宇宙空間に待機していた私の全て。浩平さんはそれを纏いました。私は太陽系全ての質量を軽く凌駕する超高質量体です。その中にいることで、相対時間がズレます。
一秒で地球を七周半する光ですら、今の小井戸さんには歩くような早さに見えます。それと一緒に歩けば、現実の白金の巨人も光と同じスピードで動きます。もちろん、さらに早く動けば、物理的に不可能な早さに到達します」
浩平は話を聞いているのかいないのか、冷めた目で獣人を見つめている。そして、何の前置きもなく、ホログラム映像に拳を叩きこんだ。しかし、ブウンと映像が一瞬乱れただけで何も起きなかった。
カグヤはそんな浩平を見て、辛そうに顔をしかめる。
「落ち着いてください浩平さん。光に攻撃しても意味がありません。分かっているでしょう」
「なら、どうすればいい」
「光を吐き出させましょう。おそらく獣人というのは、光というガソリンを使って動く車のようなものです。ですから、その光を取り除いてしまえば、変身状態を維持できないと思われます」
「方法は」
「認識の次元をシフトします」
カグヤが言うと、獣人の映像に変化が生まれた。獣人の体を覆うように白い綿が現れた。狼が、いきなり羊に変わった風だった。
「これで光に触れるようになりました。これを取り除けば終わりです」
「呆気ないな」
浩平は無感情に呟いてから、綿をむしる作業を始めた。
何の苦労もない単純作業を、ただ黙々と続けた。
*
「小井戸くん!」
森の中から歩いてきた少年を見た瞬間、バスウッドは駆け寄って行った。
「無事だったんですね。あの、獣人は?」
浩平は疲れ切った顔に不格好な笑みを浮かべて、
「全部終わったよ」
と告げた。
「――晴香さんは?」
浩平は静かに首を横に振った。
*
世界の崩壊を止める。そのために色々なことをした。そして、オレは世界を救った。だというのに、どうしてこんなに空しいんだ。
疲れきっているのに眼が冴えて眠れない。ベッドに横たわり、月を見つめる。
あの裏には晴香がいる。オレを助けるために死んでしまった晴香が――暗闇の中で眠っている。
もう全てがどうでもよく思えた。永遠にこうして寝転がっていたい気分だ。
――いつの間にか意識が遠のいていた。
ベッドのスプリングが軋む音で現実に戻る。そして、気づく。体の右半分が温かい。
その方に視線を向ける。すぐに何が起きたか理解する。まるで信じられないが、
「はる――か……?」
少し動けば額がぶつかりそうな距離に妹の顔があった。月の光を受けて瞳が爛々と輝いている。
晴香は悪魔も凍りつくような美しい笑みを浮かべた。直後、伸びて来た彼女の手に抱き寄せられ、オレの視界は消える。
「今は何も聞かないで。このままでいよ?」
少し頼りない胸に抱かれながら、オレは目を閉じた。
「ああ――そうだな」
*
翌日――。
「ハレンチです!」
朝っぱらからそう叫んだのはカグヤだ。もう携帯端末など必要ないらしい。あの世界でみせた人間の姿だ。
「禁断の愛ですか……応援します」
バスウッドはビッとサムアップしてみせた。
オレと晴香はのそのそと体を起こす。睡眠をとったせいか、頭がすっきりしていた。
「二人ともどうしたんだよ、朝っぱらから――ふぁああ」
思わず欠伸が出てしまった。
「まったく呑気なんですから……私たちは一晩中作戦会議をしていたというのに」
「作戦会議?」
「はい。残念ながら、まだ戦いは終わっていませんよ、小井戸くん」
「え?」
とまどっていると、隣からいきなり手を掴まれた。
「そうです、兄さん! 早く私を助けてください」
「助けてって、お前はこうして、ここに居るじゃないか――生き返ったんだろ?」
溜息が聞こえた。カグヤのものだ。
「能天気なんですから――もう説明するのも面倒です。晴香さん、浩平さんをひん剥きましょう」
「そうしましょうか!」
晴香の怪しい笑顔……。
「お前ら、なにを言って――」
「バスウッドさんはアレを持ってきてください」
「ラージャ」
バスウッドが部屋から出て言った。
「さあ兄さん、お着替えの時間ですよぉ」
子供をあやすような口調で言いつつ、晴香はオレを後ろから羽交い絞めにした。
「暴れないでくださいよ? 痛くはしませんから」
完全に悪のりしたらしいカグヤが、迫ってくる。
ダメだ……サッパリ状況が分からない。




