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オレが死んだ世界で 7


 夜――小井戸浩平は再び家を抜けだした。昨晩は気まぐれな散歩だったが、今日は確かな目的があった。

 彼の頭の中では、一連の出来事に対する順序立てた回答が出来上がっていた。この世界にやって来た理由、この地を訪れた理由。そして、小井戸晴香と再会した理由。

 全ては仮説であり、彼はこれから確かめに行くのだ。

 幼少期、何度となく足を踏み入れた“衛星基地”へ――。



 *



「やあ、晴香」


 豆腐を幾つも積み重ねた様な建物。その周りを囲う金網を飛び越え、少し歩いたところで、浩平は手を上げて言った。

 その先、扉の前に立つ少女はどこか寂しげに目を伏せている。


「驚かないんだね」

「昔、よく一緒に来たよな――行こうぜ」


 南京錠は錆びて外れていた。扉は簡単に開く。二人は並んで歩いた。


「今になってみれば狭い建物だな。あの頃は凄く大きく感じたのに」


 直線の廊下。闇に隠された床の上には白い埃が溜っている。使われなくなって十数年。悪戯に足を踏み入れる輩すらおらず、漠然と過ぎ去って行った時間だけが空気を支配している。


「ここで働いていたおじさんたちは皆親切だった。仕事が忙しいはずなのに、オレたちと遊んでくれてさ。忘れてたのが不思議なくらいだ」


 廊下のつきあたりの扉の前で二人は足を止めた。

 そして、浩平が観音開きの大きな扉を開け放つ。

 そこは、受付として使われていた部屋だった。中央奥に机があり、かつてはそこに受付嬢が座っていた。その両脇に奥へ続く扉。手前には人工衛星やスペースシャトルの模型が収められたショーケースが置かれている。四方の壁には大量の額縁が並んでいる。そこで扱っていたメカの写真や説明を書いたモノ、天体図が載ったモノ、この建物で撮られたらしい集合写真。その中に紛れて、ひときわ異彩を放つモノがあった。二人はどちらからともなく、その前に移動する。

 それは、子供が書いた絵だった。クレヨンの太い筆跡で画用紙の真ん中にでかでかと書かれているのは、鎧のようなパーツを体中に付けた人の姿。それは、昨晩浩平が身に付けた鎧とデザインが酷似していた。


「ようやく思い出したんだ。オレは昔、テレビのヒーローに憧れていた。ここで遊んでもらってたのは、ちょうどその時期だった。この絵はカラーコピーだ。オレが書いた実物は、十数年も前に宇宙へ旅立った。そして――」


 浩平の言葉事理を引き継ぐように、彼のポケットから電子音が響いた。


『宇宙の彼方でブラックホールわたしに吸い込まれた。浩平さんの絵を乗せた人工衛星ごと』


 浩平がポケットから携帯端末をとりだす。ディスプレイには二頭身キャラクターが表示されている。

 晴香はそれを横目で見て、


「カグヤ七号――今となっては超質量から生まれた意思の名前。しかし、かつては一つの人工衛星に対して使われていた名前だった。ここで作られ、宇宙に打ち上げられた。そして、軌道に乗ることができず遥か彼方へ旅立ってしまった可哀そうな子……。

 衛星に蓄積されていた記憶があなたの人格形成に影響を与えたんですね」

『私は物の記憶を読み取ることができます。カグヤ七号を作った人々のこと。そして、イラストを描いた少年の形や顔や声、強い気持ち。貴方の事も知っています晴香――もちろん、浩平さんに対してどんな感情を抱いているかも』


 二人は絵を見つめ続けている。


「大きすぎる力には抑止力が働く。兄さんは知っているんですよね?」


 浩平は首肯する。相克者――バランスを保つため、世界から選ばれた存在。彼の親友がまさしく、それなのだった。

 晴香はどこかぼんやりとした表情で続ける、


「兄さんが昨日出会ったロボット。名前はALHアルフというらしいです。彼が現れたのは、私が一人になってすぐのことでした。兄さんは私をしっかり者だと言ってくれますが、その頃は寂しくて塞ぎこんでいたんです。話し相手ができて嬉しかった。それが宇宙からの侵略者と戦うために作られた未来のロボットだとしても、私にとってはありがたい存在でした。

 アルフは未来を予知する力があります。昨日兄さんが帰ってくることは知ってました。カグヤ七号の事も聞いています」

『浩平さんが思い出すまで、私が本当のことを言わないつもりだったことも――』

「ええ、聞いていました。だから、昨日、兄さんがここに到達するのをアルフに頼んで止めさせたんです。

 しかし、失敗しました。兄さんやエレさんたちと一緒に遊んだのがあまりに楽しくて、つい、こんなシャツを着てしまいました。嬉しくて、嬉しくて……我を忘れていました」


 オレも楽しかった――浩平は心の中でそう呟いて、晴香と向き合った。その眼差しは厳しいものだった。


「オレが記憶を取り戻したら元の世界に帰ってしまう。晴香――お前は、オレを帰さないために行動していたんだな。

 すべて包み隠して。あんな危険なロボットに戦わせて――。

 向こうの世界が本当に危険な状況だって、知っているのに、オレが帰るのを止めようとしたんだな」


 晴香も浩平と向き合った。その顔には何の感情も浮かんでいない。


「私、子供の頃から兄さんが好きでした。多分、その好きは、本当の意味の“好き”だと思います。私だってもう子供じゃありません。それくらいの自覚はあります。それが、異常で世間的に許されないことも分かっています。

 兄さんが村を出て言った時はとても悲しかった。でも、その気になれば会えると思えば、我慢できた。

 でも、兄さんは死んでしまった。

 トラックに轢かれて体が滅茶苦茶になったお兄さんを見た私のショックが分かりますか? もう二度と会えない、話すことができない――そう実感した時の絶望が分かりますか? 悲しくて、寂しくて、狂ってしまいそうな時、家族まで私の傍からいなくなってしまった――その絶望が、兄さんに分かりますか? 女の子やお友達を連れて帰って来た兄さんに対する私の悔しさが分かりますか……」


 地獄の底から響くような低い声。しかし、やはり彼女の顔に感情は無い。


「私、兄さんに対して憎しみを感じているんだと思います。それは、きっと愛と同じ感情だと思うんです。

 兄さんを殺してしまうかもしれない。あるいは、兄さんに私を殺させてしまうかもしれない。

 でも、どちらにせよ、私は、それでいいと思うんです。

 もう胸が張り裂けそうになるのは我慢できません――私、兄さんを愛しています」


 その時、天井が落ちて来た。

 瓦礫の中に、赤い光のラインが浮かんでいる。


「殺し合いましょう――兄さん――きっと愛し合い、交わるより――互いを感じられます」


 


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