地上へ
魔法使いの都ブラクコンティーンの姫――ローズウッド=ラグネビリル。見た目はギリ中学生くらいの幼い女の子だけど、中身は姉みたいな感じだ。
頼りになる姉御肌――いやいや……。遠慮がなく明け透けで、理不尽で、怠惰。そういう人だ。
まあ、女の子女の子されても、俺としては緊張して困るので、気安いほうが助かるんだけどね。
そんなお姫様と俺は長い時間を過ごした。
彼女の俺を最強に仕立て上げる計画は、俺の魔力制限のせいで早めにとん挫したが、アーネのほうがまだ時間がかかるということで、二人で過ごすことになったのだ。
魔法の修業はできないけど、せめて知識くらいはつけておけ。ということで、本を渡された。口頭で説明してくれたほうが分かりやすい――と言ってみたのだが『メンドイ』と一蹴された。仕方ないので俺は難解で抽象的な説明の多い魔法の本を読んだ。
読みづらくはあったけど、本自体は新鮮で面白かった。が、その最中ローズウッドが抱き着いて来たり、膝枕しろと命令されたり、四六時中スキンシップを求められた。とても困った。
相手は子供の体で、さらに俺じゃなくてスターウェイの体を求めてる。そのことは分かっているのだが、いかんせん俺は経験が少ない……異性の体が近くにあればドキドキするし、変な気分にもなる。ローズウッドは監視の力を持っているから、俺のそんな気分を分かっていてやってるのだろうが、本当に勘弁してほしい。
そんなこんなで、俺は理性を試されてはいたが、結構楽しく過ごした。この世界にきて、息をつく暇もなかったが、ローズウッドとの時間はのんびりとして、とても安らかだった。彼女とも気安く話せるようになったし、なんだか根が生えてしまったように居心地がよくなってしまっていた。
――しかし、
浦島太郎は地上に残してきた家族のことが気になりだして、帰りたいと乙姫様に頼んだという――なるほどね。
メシアは、たぶんロカも俺たちのことを心配しているだろう。居心地の良さで惚けて気が回らなかったが、地上の二人からしたら俺たちは行方不明というこのになる。
のんびりもしていられない。
と、言うまでもなくローズウッドは察してくれていた。
「じきに向こうの準備も整う――そしたら上に戻るといい」
そう言った。
俺が帰ったら彼女は寂しがるかな? とか考えてたら頭を引っぱたかれた。
どうやらこの時点で丸二日以上の時間が過ぎたらしい。ローズウッドと話して、眠くなったら寝て、本を読んで――と怠惰に過ごしたせいか、もっと時間がたっていると錯覚していたが、案外短い。
もうすぐ帰る――そう思うと、俺はかなり寂しかった。俺に目標がなくて、待っててくれる人がいなければ、ずっとここにいたいと言ったかもしれない。でも、嬉しいことに俺には目標も待ってってくれる人もいる。
帰らなきゃ――。
「そういえばローズウッド。すっかり忘れてたけど――」
「言うな。分かってる」
「そうですか」
俺は赤絨毯の上で胡坐をかいて本を読んでいる。ローズウッドは俺と背中を合わせてジッとしている。
俺が言おうとしていたのは本物のスターウェイからの伝言についてだった。帰ることを意識して、やり残したことはないか――と考えていて思い出したのだった。
伝言の意味について考えていると、それを察したのか彼女は話し始めた。
「マイラだった頃の私とスターウェイは幼馴染だった――と言ったのを覚えているな」
はい。
最初の日に聞いた。
「言わずとも分かると思うが、私とあいつは恋仲だった。お互い想いあっていた――ずっと一緒に過ごした。
――しかし、別れは突然やってくる。
王になったスターウェイは負けることが分かっても魔法都市を離れなかった。私は魔法使い族の存続のため都市を離れることになった。それはスターウェイの望みであり、私は断れなかった。
別れの間際、私は言った。もし、もう一度会うことができたら籍を入れてほしい。恋人ではなく、事実としての絆が欲しい――とな」
ローズウッドは何の感情も込めずサラリと言っているが、きっと俺には想像もできない複雑な感情を持っているのだろう。俺は勝手にそう思いながら黙って聞く。
「スターウェイは私の申し出に応じた。もう一度会えたら結婚しよう――私たちは約束を交わした」
約束……。
「私の監視は生きている人間しか覗けない。だから、あいつの真意は測れない。しかし、きっと理由があるのだろう――そうだな、一応その口で言ってもらおうか、あいつはなんて言った?」
「果たせぬからこそ約束は美しい……」
「うむ、あいつらしい気取った言葉だ」
俺は自分の肩を抱いた。
「スターウェイは事情があって帰ってこないのでしょうか」
「いや、事情はないだろう。理由はあるのだろうがな――もちろんそれは分からん。しかし、あいつは私を自由にしたかったのだろう。それだけは分かる。でなければわざわざ伝言など頼まない」
「勝手ですねスターウェイは――」
「なに、それでいいのさ。もう五百年も前の約束だ――私だって年を取った。情熱だって冷めてしまう。それに、今の私は満ち足りている。ブラクコンティーンの姫として部下や民を抱え、恋だなんだと騒ぐつもりもない」
「それって」
――とても虚しい。俺はそう感じた。
「ぷっ――まったく、お前という奴は」
突然、背中に当たっていた温かさが遠のく。ローズウッドは立ち上がり、俺の前に移動した。ニヤニヤと不敵な笑顔を浮かべて言った。
「なんて顔してんのよ。あんたの知ったこっちゃないでしょ。私はこれでいいのよ」
「でも――――っつ!?」
いきなり彼女の体が覆いかぶさってきた。
甘い匂いのするからだが近づいてきて、少し柔らかい胸で顔が覆われる。
「もむごっ――なにすんですか!?」
二日間の中で一番刺激の強いスキンシップ。こ、これは、さすがにヤバい……!
俺が目を白黒させていると頭の上から声が降ってくる。
「お前は子供だなコウヘイ。私がこれでいいって言ってんのに、お前のほうが気にしてちゃ世話ないだろ」
「で、でも悲しいじゃないですか!」
「だから子供だと言ってんのよ」
ローズウッドの手が俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「そんなに私を不憫に思うならお前が結婚してくれるか? ん? あいつの見た目というのが少々気に食わんが、お前はウブで面白いやつだ。私はそれでもかまわんぞ?」
「それじゃ、何の解決にもならんでしょ!」
俺が抗議すると、彼女の上半身が遠のいて、次は、その幼い顔が俺の顔に近づいてくる。
そして、芝居がかった口調で、
「私のことが嫌いか?」
と聞いてきた。
からかわれてる……。でも、冷静でいられるほど俺は冷静じゃない。
「べ、別に嫌いとか」
「では、せめて接吻を交わしてくれ。いいだろう――傷心なのだ。癒してくれ……」
彼女の顔がどんどん近づいてくる。ほ、本気か?
こんなの良くない、だ、ダメだ。逃げなきゃ――でも、体は動かない。これが欲望というやつか……?
「ふふふ――ジッとしているんだぞ……」
甘いささやき、熱い息――ど、どうしよう!?
*
ジードとアーネットは速足で廊下を歩いていた。目指すは二人の主がいる姫の部屋。
アーネットは背中に大きなものを背負っている。布に包まれ隠されているが、彼女の身長に匹敵する長く平べったいものが、肩から上に伸びるように、斜めに背負われている。
これを完成させるため予定以上に時間がかかってしまっていたが、その時間を魔法の修行に使ったため、アーネットの仕上がりは当初ジードが予定していたより満足のいくものとなっていた。
「嬉しそうですねアーネットさん」
並んで歩くジードが話しかける。
アーネットは自分の顔が緩んでいるのに気づき、しかしそれを直さなかった。
「コイド様に会えると思うと、浮かれてしまって。本当は自嘲しなければいけないのでしょうが、今日だけは無理です。もう、胸がいっぱいなんです」
両手で頬を包むようにして身もだえるアーネットを見てジードは微笑んだ。
「老婆心ながら最後に一つだけ聞いていただけますか」
「はい」
「アーネットさんは仕える者として立派な信念を持っておられる。それは尊敬に値する、素晴らしいものです。
しかし、自分が可愛らしい少女であることも忘れてはいけませんよ。それに、主人と使用人が身分を超えた関係になろうと、それを誰かが咎めようと、それは悪ではない――ということも覚えておいてください」
「ひゃ!?」
アーネットは何もないところでつんのめって、危うく転びかけた。
「そ、そんな! 私は別に……」
「フフ――私の勘違いならすみません。忘れてください」
「もう――ジードさんったら……」
二人の視線が交わる。
アーネットは拗ねたように、ジードは余裕を浮かべて――二人は微笑みあった。
やがて、大きな扉の前で二人は足を止める。
「さて、準備はよろしいですかな」
「は、はい」
ジードによって観音開きの扉がギギィ――と開かれる。
アーネットは目をキラキラと輝かせ、口元が綻んでいる。やっと主人に会える喜びでいっぱいだ。
――しかし、
「……おやおや」
「…………」
扉の向こうで待っていたのは、縺れ合うように抱き合い、口づけを交わす男女の姿だった。
ジードはやれやれと頭を振った。
アーネットは、
「コイド様」
柳を揺らす風のように静かで平坦に呟いた。
――その目からは完全に光が失われ、唇は緩く閉じられ、何の感情も浮かんでいない……。




