オレが死んだ世界で 1
光がオレの目を潰す寸前――世界が暗転した。一切視界が無くなる。
「なに? なになに? どうしたの?」
「ちょっと、暴れないでくださいエレ――イタッ……」
イリナとエレも一緒だ。抱きつかれたままの態勢。エレが闇雲に伸ばした手に押され、三人まとめてよろける。背中に平らで硬い感触が当たる。たぶんイリナも何処かぶつけたんだろう。
いったい何が起きたんだ。ここは明らかに教会の庭じゃない。暗くて狭い箱の中。そんな感じだ。
――と、唐突に光が差し込む。サーっという音と共に視界が開ける。
「おお、コイドくん! コイドくんじゃないか!!」
古びた狭い部屋。学生用のアパート。そう瞬時に分かる。どうやら、オレたちが閉じ込められていたのは襖に仕切られた“おしいれ“の中だったらしい。
そして、襖を開けて、オレを見て驚いた顔をしているのは、
「バスウッド=カーペンターか……?」
声と、喋り方はまさしく世界最高峰の魔法使いバスウッド=カーペンターだった。しかし、以前見た彼とは見た目が全然違う。
キノコのカサのような髪型、まんまる瓶底メガネ、チェックのシャツをやけにシャープなジーパンにイン。ホントに存在したのか怪しいレベルに“っぽい”オタクの見た目。もともと、やせ形で童顔、手足の長いバスウッドに、その格好は酷く似合っていた。
「ささ、入ってください。狭い所ですが、お茶くらい出しますよ」
混乱するオレたちをよそに、世界最高峰の魔法使いは嬉しそうだった。
*
五大王の魂が入った箱と引き換えにバスウッドは世界を超えた。お姫様の話は事実だった。ここは東京の下町。しがない下宿。バスウッドはなんと、大学生になっていた。
「しょうじき、大学という機関の程度の低さには落胆しました。将来役に立つ称号をもらえると言うので仕方なく通ってはいますが、面白くないですね。
それより、今はピーシーに興味があります。あれは、魔法なんか目じゃないほど奥が深い。私の好奇心をくすぐる最高の素材であります――」
ちなみに彼は日本で一番頭のいい“あの大学”に通っているらしい。なんつう嫌み……。
それはさておき、話を遮らないと。死ぬまで話し続ける勢いだ。狭い部屋を更に狭くしているアニメグッズを見るに、そのうち、そっちに話が流れるだろう。そうなったら終わりだ。絶対止まらなくなる……。
「と、ところでさ――」
強引に話を変える。向こうで何があったか説明する。五大王の復活、王国の混乱、港の国、獣人、世界の崩壊、再生、そして、また世界は滅びようとしている。
最初は話を切られて不満そうだったバスウッドだが、オレの話を聞くにつれ興味を持ち出したようだ。
……っていうか、元をただせば全ての元凶はコイツじゃねーか!
まあ、今はバスウッドを責めてる場合じゃない。それより、世界を救うことを考えなければ。
「――それで、気づいたらココに居たんだけど、まるで理由が分からないんだ。早く戻ってジーナをどうにかしなきゃいけないのに……」
こうしてちゃぶ台を囲んで話している間にもあの世界は終わっているかもしれない。胸の辺りがギュッと痛くなる。
「ここに来た理由ですか――それは、彼女の影響でしょうね」
そう言って、バスウッドは視線を流した。その先には、明らかに子供に見せちゃいけないカバーのついた抱き枕をしげしげと眺めるエレが居た。
「――私?」
キョトンとするエレから抱き枕を取り上げつつ、聞き返す。
「エレが関係あるのか? コイツは普通の女の子だぞ」
「数年後には国王になる人間に向かって“普通の女の子”とは――流石ですね、コイドくん」
「国王……?」
エレはゲッ――と顔をしかめた。
「なるほど、秘密にしてたんですね。エレジア=エレドペリというのが彼女の本名です。私は、何度か王宮に行ったことがあるので面識があります。まあ、彼女が小さい時でしたから、覚えてないでしょうがね」
「ホントなのか、エレ」
「で、デタラメだ!」
うわっ、へたくそ。今のリアクションで確信する。本当だ。
「でも、そんな重要な人間が、なんであんなところにいたんだよ。最初に会った時なんて、いかがわしい店の勧誘に引っ掛かりそうになってただろ」
エレは顔をそむけた。答える気はないようだ。
代わりに、バスウッドが答えた。
「彼女には不思議な力があります。無意識下で危険を察知し、それを回避する方法を、また無意識のうちに選択する――そういう力。五大王の復活を予期してコイドくんに会える場所に行ったのでしょう。
山の洋館で迷い込んだという和室もエレさんに導かれて辿り着いたのでしょう。そこに集ったメンバーは事態を解消できると判断されたから集められた。
そして、今回、私の部屋に連れて来られてのも、エレさんの力でしょう。すなわち、危険を回避するには、ここにくるしかなかったという訳です」
「本当なのか、エレ」
エレは気まずそうに「うん、たぶん」といった。
「それじゃ、やっぱり向こうの世界は滅びたってことか?」
安全な場所が無い。だから、こっちに来た――そうともとれる。
「いえ、そうとも言えませんよ。エレさんの能力は危険を回避するだけでなく、同時に解決策も用意する。
無意識に“意味のある”行動を選択するエレさんの力。こうして三人で私の元に来たのにも意味があると考えるべきです」
「それは……つまり?」
「まだコイドくんに出来ることがある。この世界でね」
*
確かなことは分からない。そういう状況。他にやるべきことがあるんじゃないか。正しい選択ができていないんじゃないか。不安は次々浮かんでくる。
でも、分からないなら分からないなりに全力を尽くすべきじゃないか? けっきょく後悔するなら「でもオレは全力を出した」と、思える道を選ぶべきじゃないか。
どうせ後悔するなら――なんて、中途半端な考えではなく後悔することを覚悟するんだ。それがオレの生き方。前に決めたんだ。
ということで、オレはこの世界でできることを探し始めた。
さしあたって腹ごしらえ。
「なんでオレにやらせるんだよ……」
一度やってみたかったんです――大量の荷物を抱えて帰って来たバスウッドは、タコ焼き機と書かれた箱を取り出しながら言った。それをオレに渡すと、彼は食材の準備に取り掛かった。こんな時にタコ焼きパーティーって……と思ったが、まあ、食べ物を恵んでくれることには感謝しなければ。それに、エレとイリナがタコ焼きに興味深々で、楽しそうにバスウッドの手伝いをしていたから良しとした。
小さなちゃぶ台に乗りきらないほどの食材が並ぶ。丸い窪みが並ぶホットプレートが熱くなる。油が熱される匂い、立ち上る湯気。
オレが操るピックに三人の熱い視線が集まる。
「そろそろかな――こうして、形を崩さないよう、慎重に……よっと」
たこ焼きがくるんと回転、きつね色に焼けた面が上になる。成功だ。三つの歓声が上がった。
「すごい、コイド! 不器用なくせに」
「小井戸さんは料理上手だったんですね」
羨望の眼差しを集めてしまった。たしかにオレは不器用かもしれないが、たこ焼きは得意だったりする。昔バイトで嫌というほど作ったことがある。
「さあ、やってみて。プレート熱いから触っちゃダメだよ」
「はい、私やりたい!」
「わ、私も!」
ピックの争奪戦が始まる。二人が楽しそうで何よりだ。
「いやあ、華やかな食卓――いいもんですねえ」
バスウッドはしみじみといった。
「まあ、そうだな……」
確かに楽しい。でも手放しでは喜べない。
「敵だったお前に聞くのも変かもしれないけど、何か助言は無いか? 何でもいい。どんな小さなことでも構わない。どうだ?」
「ううん……そうですねえ」
藁にも縋る想いで問う。バスウッドは、少し考えて、
「エレさん、何処か行ってみたいところありますか?」
そんな質問をした。何処かも何も、エレはこの世界のことを知らないんだから、答えられるはず無い。と思ったのだが、
「えっとね――コイドの家に行ってみたい」
「オレの家?」
「あるんでしょ? 元々こっちに住んでたって言ってたじゃん」
「いや、まあ、確かにそうだけど」
考えはした。オレが死んだ後、オレの家族は、家は、どうなっているだろう。でも、深く考えないようにした。だって、そうだろ――自分が死んだ後の世界なんて見たくない。怖い。
エレは意見を言ったきり、さっさとたこ焼き作りに戻った。イリナと言葉を交わしながら、やはり楽しそうにピックを操っている。
「コイドくん、私はエレさんの意見に従った方がいいと思います。先ほども言いましたが、全てに意味がある――そう考えるべきです」
「しかし」
「複雑なのは分かります。ですが――」
一瞬ためらった。でも、違うだろ。すぐに思いなおす。
バスウッドの言葉を遮るようにわざとらしく溜息をついてみせる。そして、立ち上がる。
皆の視線が集まってくる。
「よし! 明日朝一でオレの実家に行こう。だから、今日はたこ焼き食って、さっさと寝て、明日は早起きするぞ。いいね?」
少し驚いていた。でも、
「うん、分かった」
「はい!」
二人の少女は頷いた。
「お前にも付き合ってもらうぞ」
バスウッドは一瞬虚を突かれたようにメガネの奥の瞳を瞬かせたが、
「いいですね! かつての敵同士が力を合わせる――王道ってやつですね!」
と言った。
何かがあるかもしれない。そんな不確かな理由。でも、オレは決めた。
オレは学校に通いたいだけだ。
そのためなら何でもするんだ。




