港の先には…… 13
ボロボロ泣いたところで、凄くスッキリした。それはもう、風邪が治ったみたいな開放感だ。
冷静になって分かったこと。オレはどうかしていた。世界が滅びるからといって、人を殺していいはずが無い。少なくともオレが許しちゃいけない。オレを抱きしめて涙を受け止めてくれたイリナ。数日前、彼女を殺そうとしたスローク。オレはスロークに激怒していた。獣人が危険だからといって殺していいはずが無い。そう思っていたし、その気持ちは今も変わらない。
なのに――いざ自分が追いこまれたら、真っ先に敵を殺そうとした。何やってんだ、ホント……。矛盾している。そのことに気付きもしなかった。
気づかせてくれたイリナには感謝している。世界を救おうという気持ちも強くなった。そして、オレが唯一できること。きっと唯一世界を救える方法――それは“守ること”だと気付いた。
突然部屋を訪ねたので、ジーナは驚いていた。でも、事情を話したら分かってくれた。といって「これから世界が滅びる」という事実は伏せた。混乱させるだけだし、結婚前夜の新婦に心配ごとを背負わせるのも悪い。だから言わない。オレが守り通せばいいんだから、それで構わないだろう。
ジーナを変身させたりしない。ニアが言っていた“薬”さえ、投与させなければいいんだ。常に目を光らせて、見張っていれば十分防げる。
「はあ――なんで気付かなかったんだろ……最初からこうすればよかったんだよなあ」
念のためジーナには部屋を移動してもらった。入口が一つしかない地下の部屋だ。観光客用に作られた部屋で、普通より宿泊料が高い、いい部屋なので気に入ってくれた。スロークも一緒に居る。
オレはドアの前で見張っている。ここさえ守っていれば誰もジーナに近づけない。部屋を出るまでは一先ず安心できる。
「誰だって冷静でいられない事はありますよ」
「コイドはダメダメだな。知ってたけどさ」
一緒に見張りしてくれる仲間が二人。オレたちは部屋の前の床に、並んで座っている。右隣、フォローしてくれたのはイリナ。オレが心配だからと付き添ってくれた。ホント、助かります。そして、左隣、口の悪いのがエレ。彼女はふらっとやってきて「暇だから私も行くー」と付いてきた。
「ダメダメで悪かったな……ところで、お前は帰った方がいいんじゃないか? アーネたちが心配するだろ」
もう深夜だ。
「大丈夫だと思うよ。私しょっちゅうフラフラ出歩いているし、それに、アーネたち大変そうだったから、気にしてる余裕ないと思う」
「何かあったの?」
オレが問うと、「ああ、そういえば――」とイリナが反応した。
「みんなで借りている宿の部屋に不審者が来たんですよ」
「不審者!?」
「はい。私は見てないんですけど――」
「私は見たよ。なんかね、素っ裸なのにキツネのお面で顔だけ隠してる男が、いきなり部屋に入ってきて訳ん分かんないこと叫びながら踊ってたよ。ブランブラン揺らしちゃってさ」
「揺らすって、何をですか?」
「そりゃモロチ――もちろん――」
「コラ!」
こんな幼い子になんて下品な――いや、エレ、お前もイリナと大して歳変わらんだろ。
しかし、そんな闖入者が……。アーネとメシアなら余裕で追い払えるだろうけど、大丈夫だろうか。
心配するオレに気付いたのか、イリナが補足してくれる。
「すぐに拘束して部屋に閉じ込めたので、被害はなかったようです。本当はアーネさんが小井戸さんにサンドイッチを届ける予定だったのですが、そんなことがあったので、私が行くことになったんですよ」
なるほど――。そういえば、前回の“今日”にはアーネットがお見舞いに来てくれた。神様は「救世主に選ばれたお前以外は再構築前と同じ行動をとる」と言っていたけど――まあ、あの神様のことだ。何かしら不手際があったんだろう。
「でも、今日イリナに会えてよかったよ。凄く助かったんだ。ホント、ありがとな」
その点についてはテキトーな神様に感謝だ。
「い、いえ。そんな、私なんか何も――でも、そう言っていただけるなら良かったです」
ああ、しまった。イリナを恐縮させてしまった。そりゃそうか、年上の人間に頭を下げられたら困るよな。褐色の肌を日焼けしたみたいに赤くして、オドオドしている。
話を変えよう。エレに話を振る。
「ところで、お前は何してたんだ?」
「私? うーん……なんだろ?」
「お前ね――」
「なんか、どうしても外に出なきゃいけない気がして、そんで宿から抜け出したんだけど……なんでだっけ。コイド知ってる?」
「知る訳無いだろ。まあ、これから宿に帰らせた方が危険だし、話し相手がいた方が助かるから居てもらうか。エレ、どうせなら役に立ってもらうぞ、オレが寝ないように話し続けるんだ」
「いいよ。任しといて」
「イリナもね」
「は、はい!」
世界が滅びる前日――オレは少女たちと談笑して過ごした。これでいいのか。そう思う気持ちはある。でも、これでいい。焦ったところで良くはならない。それに、話でもしていないとどうにかなってしまいそうだ。だから、これでいい。
*
「あの変態さん、どこいったんだろうね」
「変ですね。あれだけ厳重に縛っておいたのに」
「だからまず顔を見ておくべきだって言ったのに。アーネちゃんったら顔真赤にしちゃってさ」
「メシアがおかしいんです! あんなもの見せられて、なぜ冷静でいられるのか……」
「アーネちゃんったら乙女なんだから――ププッ」
「メシア!」
二人はじゃれ合っている。二人だけしかいない宿の一室。ベッドが軋む。アーネが茶化された報復にくすぐり攻撃を仕掛けたのだ。「や、やめ、くすぐったいってば」もつれ合い、攻防戦を繰り広げる。
「そういえばエレさんの姿が見えませんけど――また遊び歩いているのでしょうか」
アーネットは、一瞬くすぐる手を止めた。メシアはフーフーと荒い息を整えつつ。
「分かんないけど、でも心配すること無いと思うよ」
「なぜです?」
「うーんとねえ――多分だけど、エレちゃんは“不思議な力”を持ってるよ」
「不思議な力?」
「私たち、変な部屋に閉じ込められてたでしょ? 五大王が復活して王都で戦っていた間、ずっと」
「ええ――それが不思議な力なんですか?」
「コイド言ってたじゃん。あの部屋に行く切っ掛けになったのは全部エレちゃんなんだよ」
アーネットは記憶をたどる。逃避行で立ち寄った山、山頂で見つけた洋館、好奇心で降りて行った地下室――そこが和室だった。
「きっとコイド一人だったら洋館に入らなかった。あの部屋に行くことも無かった」
「確かに――」
「うーんとね、予想なんだけど、たぶんエレちゃんの力って“危機を回避する”みたいなのじゃないかな」
そんな大雑把な――と思うが、そう言えなくもない。アーネットは小さく頷く。
「そう考えると、エレちゃんの出身は王都だよ。私たちが閉じ込められていた時、一番危険だったのは王都だから」
「かもしれませんね。となると、私たちが一緒に閉じ込められたことにも意味があるのでは?」
「うん。私もそーもう。きっと、私たち――王都に行った二人も含めて、エレちゃんに選ばれたんだよ。親衛隊みたいな感じ」
「そうですね。あの部屋に移動した理由は今まで分かりませんでした――でも、そう考えると説明がつく気はします」
メシアはベッドから降り、背伸びをした。
「だから、エレちゃんは大丈夫だよ。一番安全な所に行ってるはず。まあ、それは裏を返せば何処かに危険があるってことだけどさ。私たちには――多分エレちゃん自身にも詳しいことは分かって無いと思う。
だから、私たちは寝ようか。何があってもいいように体力を蓄えておこう」
「ええ、それに、明日はジーナさんとスロークさんの結婚式です。ぜひ見守ってあげたいですし」
ランプが消える。暗闇と共に静かになった部屋。ベッドに入った二人。
「私もコイド様といつか――」
唐突にそう言ったのはメシアだ。
「ひょっとして、私のモノマネですか……」
「でも、私なんかに純白のドレスが似合うでしょうか」
「やめなさいメシア」
「ああ、コイド様――愛おしくて溜りません――会いたい。会いたい」
「メシア!」
キャットファイト二回戦が始まる。二人が眠るのはもう少し後になってからだった。




