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港の先には…… 10



『出来るかな?』

『出来る。でもよお、体よく誘き寄せたとして、そっから地獄だぜ?』

『それ以外に方法は無いよね』

『まあな』

『じゃあやろう』

『痛いぜ?』

『でも死なない』

『ホントかぁ?』

『た、たぶん――これから確認してくるよ』

『そうだな』

『それじゃ、一月後までサヨナラだ、ラプラス』

『おう、元気でな』

『うん。君も――』



 *



 コイド様が指輪を外した。それが合図だ。私はすぐさま集光陣を解除し、直後に転移魔法を起動する。振り返るのはナシ。コイド様を心配するのも――。信じてくれと言われたら信じる。それが私の愛。だから今は言われた通り移動に集中する。

 最初の転移でカタードス公爵領地の外壁を見渡せる所まで移動できた。次の転移で森の中に入った。そして、三回目で目的地に無事到着した。一文字に木々や土が削られた場所。先日の戦いでアーネットという少女が獣人に弾き飛ばされ、落下した痕跡だという。コイド様はここを戦場に選んだ。誰にも迷惑のかからない場所。

 手筈通り事が進んでいれば、もうすぐコイド様と獣人がここにやってくる。そうしたら、私も戦いに加わる。きっと、花嫁が人間の姿に戻るまでの十五分間で私は地獄を見るのだろう。コイド様はそれ以上に辛い目に会うのだろう。でも負けない。勝って生き残らなければご褒美がもらえないのだから。


「よし――がんばろう」


 魔道書を持つ手に力が入る。

 空から二つ目の太陽が落ちて来たのは、その直後だった。



 *



 彼女は光を感じた瞬間、束縛の魔法を使い視覚を縛った。そのため他の誰より光による被害が小さかった。


「うう……くぅ――」


 頭痛と目眩から来る強烈な吐き気に喘ぎながら顔を上げ、あたりの状況を確認する。式に参加していた客たちは皆、彼女と同じように地に伏せ気を失っている。獣人の光はまだ収まっていない。まだそこに居る。


「――――!?」


 光を直に見ないよう気を付けながら視線を巡らし、そして、ソレを見つけた。

 直視することはできない。しかし、地面に伸びている影でソレが何なのか分かった。『!』を逆さにしたようなシルエット――かつてローブアインで見た“影の鎧”だ。魔法使い族だけが身に纏うことを許された無敵の鎧。それが、獣人と対峙している。

 コイド様だ――アーネットはすぐに理解する。獣人と戦うため古代魔法を封じる指輪をとってしまったのだ。

 鎧が動き出す。それも、頭上に浮かんだ球体の遠距離攻撃ではなく、本体から蛇のような触手を伸ばしている。アーネットは、目を細め、影を見て状況を認識している。

 ウネウネと不気味に揺れる触手の影が消える――いや、とてつもないスピードで動き出したのだ。影が追い付いていない。打撃音が連続する。その度、辺りを覆う光がフラッシュをたいたように強くなる。

 攻防が始まっているようだ。

 そう感じ取るのが精いっぱいだった。もはや、自分が入り込む余地はない。口惜しさを感じつつ、戦いの影を見守り続けるアーネット。

 しばらく打撃音とフラッシュが続く。それによって生じる光の点滅に晒され、彼女の弱り切った意識に限界が来ていた。猛烈な吐き気、平衡感覚の消失――ダメだ、もう起きていられない……。瞼が落ちる。

 その寸前――フッと光が遠ざかる。影の鎧のシルエットが地面から消える。

 アーネットが認識できたのはそこまでだった。



 *



「君も大変だね。次から次に厄介事を背負い込んでさ」


 少し肌寒いくらいだった。そういえば、ばーちゃんは何時も受付で膝掛け借りてたっけ。懐かしい。やっぱり何も変わらない。スクリーンに映っているのが怪獣と怪獣の派手な戦闘ではなく獣と影の戦いということ以外は。


「実は僕も一度だけ戦ったことがあってね。酷い目にあった――あれは光と同じ性質を持った生物だ。本物の光じゃない――アレが物理現状を起こす時はこちらから触れることも出来る。魔法の効果も受ける。しかしまあ、ロクに見ることも出来ないから、攻撃するのはほぼ不可能だがね」


 スターウェイはスクリーンを見つめながら淡々と喋っている。


「オレは足止めしたいだけなんです。それで、聞きたいんですけど、獣人の攻撃を受け続けても、この体は大丈夫なんでしょうか?」

「なるほど、身を呈して止めるという訳か――その質問に対する回答はイエス。しかし、君の作戦が上手くいく可能性は低いだろうな」


 影の触手が獣人を弾き飛ばす。飛んで行く方向は計算済みだ。オレの魔法を制御しているラプラスに頼んで、指定した場所に誘導するよう仕込んでおいた。


「何故です?」

「分かっているだろ。向こうに戻った時、君は死なないだけの普通の人になっている」


 魔力を無尽蔵に集める影の鎧――魔女の都でニアがそうだったように、俺も制約に違反し、一月の間魔力を使えないというペナルティーが課される。

 戦うならそれじゃ困る。でも、敵を引きとめるだけなら魔法なんて使えなくても大丈夫。と、思っているんだけど。


「確かに死ぬことは無い――しかし、死ぬたびに生き返る必要がある。再生するスピードは一定。つまり、短時間に何度も死ねば再生が追い付かず、行動することはできない」


 そんな気はしていたけど、改めて言われると気が滅入る。不死身といっても万能じゃない。歯痒い。


「鎧で稼げる時間は五分程度だろう。そして、丸腰の君が再起不能なほど殺されるのに一分。光に距離なんて関係ないから、君がダウンした瞬間、獣人は自由になる。さあ、敵を倒したアレは次にどんな行動をとるかね。人の精神が無くなった獣は、本能で動く――ぼくの知る限り、獣人は純然たる破壊衝動しか持ち合わせていない。十分あればエレドペリに存在する全ての都市を破壊し尽くすことも可能だろう。そして、そうなる可能性は高い。自然に存在しない物を標的に定めるからだ」

「詳しいんですね」

「さっきも言っただろ。僕も一度戦ったことがある」

「その時はどうなったんです?」

「三日ほどで魔法都市の半分が壊滅――何人死んだか分からない」

「魔法都市の半分って――世界の四分の一じゃないですか……最終的に倒したんですか?」

「いや、手も足も出なかった。勝手に消滅して行ったよ。詳しいことは分からないが獣人には活動限界があるらしい」

「そう――ですか……」


 自分がどれだけ無謀か――今になって実感する。

 でも、止める訳にはいかない。


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