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港の先には…… 7



 最終的に――最も酷い目にあったのは小井戸だった。腹に大穴をあけられ、海水に浸される痛みといったら、想像を絶するものだった。戦車で引き上げてくれたメシアには感謝しているが、しかし、どうせなら敵が居なくなってすぐに助けてほしかった。ジーナがスロークの話に出て来た“少女”だった、という説明を聞いていたらしい。「そういえば……」と思い出し洋上救助に乗り出した時、既に小井戸はたっぷり地獄を味わった後だった。

 カタードス公爵領地の反対側で発見されたアーネットは酷い有様だった。体に無事な箇所は一つも無く、意識を飛ばし、僅かに呼吸をしている。そういう状況。しかし、小井戸の魔法で全快。どうやら、痛みを感じる器官すら破壊されていたため、彼女の主観では、動けず、眠くなり、気づいたら元気。敵に負けた悔しさの方が勝っているくらいだった。

 獣人を町に入れないという当初の目的は果たせなかった。が、負けた、という感じでもない。コイドは複雑な気分だった。

 おそらくアニスは獣人を使った侵略を諦めていないだろう。それは止めたい。国外に築こうとしている新しい国のためにもそれは必須。だが、もう獣人を追い出そうとは思わない。エレと一緒に避難しているイリナの事もあるが、雇い主の命令よりスロークへの想いを優先させたジーナに好感を持った。辛い過去を乗り越えて、再び出会った二人には幸せになってもらいたい。だから、獣人を追い出すのはナシ。

 ということで、まだこの国に留まるべきだろう。と小井戸は考えている。さしあたっての危機は無くなったけど、獣人という不安要素を抱えているのだから。まだ出来ることがあるはずだ。

 それに加え、小井戸は獣人にやられた傷が癒え切っておらず動けないのだ。不老不死を誇る魔法王の体とはいえ、体を貫通するような重傷を負えばすぐさま全快とはいかない。ベッドの上で鈍い腹の痛みと、ダルさに耐えるだけの退屈な日々を過ごしていた。

 その日は特に退屈だった。早朝にアーネットが様子を見に来てくれたのを最後に、誰も来ない。それもそのはず――なんと、今日はスロークとジーナの結婚式が執り行われているらしい。小井戸はそのことを数日前から知っていた。

 当人たちは最初乗り気ではなかった。こんな時に結婚など、と負い目があったようだ。それを解消したのはスロークの同胞たちと、エレやイリナも含む女性陣。誰もが式を上げるべきだと押し、最終的に「これから国はもっと酷くなるかもしれない。だから式を上げるなら今しかない」という意見によって、二人は心を決めたようだった。

 それが今日なのだ。

 今頃、教会は大いに盛り上がっているだろう。行きたかったと思う反面、小井戸の頭には向こうの世界での苦い思い出が浮かんでいた。三十歳で独身の男は、多分皆、友人の結婚式に呼ばれることを恐れている。祝いたい気持ちはある。しかし、幸せそうな二人を見たときの精神的動揺は洒落にならない。

 なんだかなあ――小井戸はベッドの上で微妙な気持ちを持て余していた。

 そんな時だった。予期せぬ来訪者が現れた。


「やあ、元気かい」


 元気じゃない。それも、お前のせいだ。

 病室に現れたのはアニス=ハーディライトだった。


「なんで居るんですか……」


 獣人を連れていないので一先ず安心してから、小井戸は不服そうに言った。

 これ、お見舞い――と真っ赤なバラの花束をベッドの上に置くと、アニスはベッドサイドの椅子に腰かけた。そして、挨拶も早々に愚痴り始める。


「まったくさ、この間は酷い目にあったよ。苦労して探し当てた獣人が、いきなり寝返るんだもんなあ――酷い! 君もそうは思わないか?」

「思いませんよ、物騒な。早く本物のアニスさんに体を返してください。貴方たち古代の王のせいで皆迷惑してるんです」

「そうはいかんよ。せっかくの体だ、大事に使わせてもらう。これは良いものだよ。貧弱だが、役に立つ。商人というのは狡猾で抜け目が無いからな。私は人を驚かすのが好きなんだ――商人の体はピッタリだよ」


 小井戸はウンザリとしていた。確かに、獣人で驚かされたけど、そんなの求めてない。下手した町ごと消え去るかも知れないのに、そんな無邪気に言われても困る。


「ところで、イリナは元気かね」

「イリナ?」


 そういえば忘れていた。アーネットたちとすっかり仲良くなっていて、あまり気にしていなかったが、彼女も獣人だ。この町に居たということは、この男が関わっているに違いない。


「彼女も海の向こうから連れて来たんですか?」

「いや、私が運んできた訳じゃない。奴隷として売られてきたのさ」

「奴隷……」


 最初にあった時に着ていたボロ布のような服を思い出す。まさか――とは思ったが本当に奴隷だったとは。


「売られそうになっていたあの子を偶然見かけてね。獣人を探しに行く直前だったから、見た目ですぐに気付いたよ。変態貴族が買うには惜しい存在だってね。

 まあ、しかし、だからと言ってあの幼さでは戦えまい。いくら私でも、あの子を兵器として扱うことは無いから安心してくれ」

「そんなの当たり前です……ていうか、もうイリナを返しませんからね」


 何をされるかわかったもんじゃない。アニスは意外にあっさりと「本人の好きなように生きればいい」と言った。


「それで、結局なにしに来たんですか。貴方の部下にやられた傷のせいで元気ないんですよ、オレ。早いとこ帰ってください」


 早くも疲れた表情の小井戸。

 アニスは、椅子から立ち上がり、入口に向かいつつ、


「本当にただのお見舞いさ――もう会えないかもしれないからね」


 そう告げて部屋から出て行った。


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