港の先には…… 6
アニス=ハ―ディライトは港で待ち構えていたスロークたちを利用し“兵器”の実力を測るつもりだった。
比類なき破壊の化身『獣人』。アニスが調べたところによると、それがいかなる性質の力で、どのような破壊の種類なのか、といった詳しい情報は存在しなかった。事実を伝える者すら残さないのだろう。それが三人集まった。
一人は熱帯雨林の奥地でひっそりと暮らしていた。一人は地方の教会で祈りを捧げていた。一人は傭兵として戦場にいた。アニスは商業で鍛えた交渉術でもって、三人の獣人を籠絡した。みな力を持つが故の禁を己に貸しており、交渉は難航したが、こうして国へ連れて帰ることができたのだ。
よって、獣人たちの実力を知らない。
コイド=コウヘイのことは寄り代が知っていた。かつて、ローブアインの屋敷で会ったことがある。とてつもない存在――有り得ない生き物――それがコイド=コウヘイ。特殊な力を持たないながら横行最強の騎士と呼ばれたルーク=エルサンドラールが太鼓判を押したので間違いない。
獣人対コイド=コウヘイという対戦カードはアニスにとって願っても無いマッチングだった。知る中で最も強い男と聞き及ぶ中で最高の力――ここで獣人が負けるようでは、これからの方針を考え直さねばならない。自分の国が滅びる可能性があったが、それを押してもぜひ実証しておきたい。
しかし、
「スローク……なのか?」
港に残った獣人の一人は、敵を前にして突然呟いた。アニスは「おや」と思う。その声は酷く人間臭い。破壊の化身足る獣人にあるまじき“普通さ”だ。
名を呼ばれたスロークは不審げに目を細めた。
「――何故俺の名を」
「やはり――やはりそうなのだな」
感情が高ぶっているようだ。獣人は、頭に乗せていた布をしゅるりと剥ぎ取る。その下から現れたのは、女の顔だった。髪は短く無造作に切りそろえられている。目つきが鋭く、鼻が高く、薄い唇はきつく結ばれている。凛々しく、女性らしさは薄いが、野生を感じさせる美しさを纏っている。
彼女の顔を見たスロークは、しかし、すぐに反応することができなかった。何を伝えようとしているのだろう。思考を巡らせる。そして思い当たる。
「まさか、ジーナ――なのか」
ジーナ――それはアニスが戦場で見つけた獣人の名前だった。
*
ジーナは驚いた顔のまま固まっているスロークに抱きついた。その時にはもう、敵、味方という分別は二人の間に無かった。戦闘の場が一転――ロマンスドラマの世界のようになっていた。
「覚えていてくれたのだな」
「あ、ああ、もちろんだ。忘れようとしても無理だ」
二人は抱擁しあったまま、至近距離で互いを見つめている。
ジーナは僅かにうつむき、
「そう――だよな。お前の故郷を滅ぼしたのは私だ……」
「いや、違う。そうじゃない。お前と会いたかった。別れの言葉も言わず離ればなれというのは嫌だったんだ」
「私を許すのか?」
「村長がお前に何かしたんだろう。それで、獣人の力が暴走した。ちがうか?」
「そうだが――信じてくれるのか?」
その問いに対してスロークは少し間を置いた。ジーナに不安を与える。しかし、次にスロークが言った言葉は彼女が全く予想できないものだった。
「ジーナ――私は、あの頃からお前が好きだった。だから、お前を信じるし、責める気はない」
「なっ、なにを言って――」
それ以上照れ隠しの言葉を重ねることはできなかった。スロークが彼女の唇を塞いでしまったのだ。
後ろで事の成り行きを静観していたスロークの同胞たちがざわめいた。口笛で冷やかす者、やれやれ――と呆れ声を上げる者、方法はそれぞれ違っていたが、皆二人を祝福した。
「おい……おいおいおい! 何やってんの! そういうんじゃないだろ!」
一人駄々をこねるのはアニスだった。
「無いが会ったか知らないけど、私は戦えと言ってるんだ。抱きつけとは言っていないが?」
ジーナはアニスの方に振り返った。その頬はすっかり朱に染まっている。
「ああ、済まないなアニス。事情が変わった。どうやら、私はもう戦えないようだ」
続いてスロークが、
「公爵殿――先ほどの言葉は取り消そう。もう船を出す必要はない。というより、ジーナを連れて行ってもらっては困る」
それがとどめだった。同胞たちは武器をほっぽり出し、大いに沸きたった。みなが付きあげた拳に祝福される二人は、ある意味、この場で最強だった。
と、そこにアーネットを追跡していた獣人が帰ってくる。港の華やいだ様を見て、何事かとアニスを見る。アニスは苛立ちを顔に張り付けて、
「ヤメだヤメ、話にならん。おい!」
後ろの方に呼び掛ける。すると、コイドを追跡して海を走って行った獣人が、一瞬にして雇用主の元に帰ってくる。
「は、お呼びで――いったい何が?」
「気にするな。行くぞ、屋敷に案内する。付いてきたまえ」
アニスは二人の獣人を引きつれて歩き出した。
スロークたちは何も言わず、その背中を見送った。
「よかったのか、ジーナ」
「私が傭兵になったのは、色々な場所に行けるからだ。しかし、もう傭兵である必要はない。雇用主に忠誠を示す必要はない――言わずとも理由は分かるな」
スロークは照れたように頭を掻いた。




