港の先には…… 4
船が港に着いたのは深夜のことだった。大きくはあるが、何処にでもある輸送船。
最初に降りて来たのは口髭を蓄えた紳士だった。ステッキを高く上げ体を伸ばすと、背後を振り返る。続いて、顔の見えない三人が船から降りてくる。頭から布を被っており、みな似たような鼠色の簡素な服を身にまとっている。船から降ろされたのはそれで全てだった。
「我が国へようこそ。じゃ行こうか」
紳士は砕けた口調で言うと、残る三人を先導するように歩き出した。
団体が港になだれ込んだのは、その直後だった。
スロークたち獣人を国に入れまいとする勢力数十名。プラス、コイド、アーネット、メシア。公爵の出港日から逆算し、今日あたり帰ってくるだろうと待ち構えていたのだ。
紳士――いや、カタードス公爵、アニスは、自分たちを囲う団体を見まわして楽しげに口髭を撫でた。
「おやおや、出迎えなんて珍しい。嬉しいものだね」
スロークは包囲網の列から一歩前に出て、
「満足したのなら、再び出港したらどうですか。もちろん、物騒な積み荷を乗せたままね」
獣人を町に入れることは許さない。刃向うなら切り捨てる。威嚇の意味を込めてスロークは腰の鞘から剣を抜く。その仲間たちも同じように剣を構え、アニスを睨んだ。
しかし、アニスはスロークの方など見てはいなかった。列の少し後ろにいるコイドを見つけ、とっさに手を振った。
「おお、君! 君だよ君!」
半額になった惣菜を見つけ突進する主婦のように、アニスはコイドに走り寄って行く。その前に立っていた男たちは、とっさのことに反応できず、思わず道を開けてしまっていた。
「ぼくを覚えているかい? ローブアインの屋敷で会ったんだ。ぼくはハッキリ覚えているよ。蘇って、最強の軍を作ろうと考えたとき、真っ先に君のことを考えたんだ」
コイドの手を握り、子供のように話している。
「いやあ、まさか会えるとは思わなかった。どうだろう、今からでも遅くない。ぼくの作る軍に入らないか? なんなら、君をリーダーにしてもいい。悪くないだろ?」
喋り終わるか終らないかのタイミングで、アニス目掛けて金色の光が振り下ろされた。音も気配も容赦も無く必殺の一撃を振り下ろしたのはアーネットだ。
「あの時はお世話になりました。感謝しています。しかし、私のご主人様に触れないでください――あと、煩いです」
アニスは体が両断される寸前で素早くバックダッシュし逃れていた。そして、少し離れたところから地面を砕いたハニータルトを見て、
「そうか、君も力を手に入れたんだね。うん、申し分ない! 君も我が軍に招待しよう」
かみ合わず会話になっていないやり取りに我慢ならなくなったスロークが叫ぶ。
「いい加減にしろ、アニス=ハーディライト! 茶番はもう沢山だ。その船を港から離せ――獣人は危険なんだ」
「別にいいよ? もう船には何も残ってないから」
「しらばっくれるな。貴様が獣人たちを町に招き入れようと企んでいることは分かっている」
「だから、もう荷物は降ろしてあるんだって」
「なんだと……?」
アニスは後ろで黙っている三人をちらっと見て、
「君は確か故郷を獣人に滅ぼされたんだったね。しかし、どうやら、それほど詳しくはないようだ。
いいかい、ぼくはこの国を滅ぼせれば満足だ。そのために必要だったのは、三人の獣人――それだけさ。それほどに獣人は強い」
男たちの間に動揺が走った。スロークの話ですら、身を固くするのに十分な恐怖を与えたというのに、アニスの言う獣人の強さは、それを遥かに上回っている。
及び腰になる男たち。逆に前に出たのはコイドだった。
「どうでもいい。お前を倒せば全てカタが付く――」
言うが早いか、コイドは両手に持ったテーブルナイフに魔力を流した。次の瞬間には、目で追えない速さの攻撃を繰り出している。敵に触れることができれば戦いは終わる。
しかし、加速した思考の中で考え抜かれた一撃は、敵に届かなかった。
即興技発動中は、コイド自身ですら周りの状況が分からない。早すぎるからだ。だから、アニスが布を被った人物の一人に抱えられ、跳躍から着地した場面を見たのは、スキルがで終わった時だった。
「コイド様!」
アーネットが叫びつつ、飛んだ。
攻撃を避けれ、呆然とするコイドの背後から、残る二人の獣人が迫っていたのだ。武器の一振るいで敵の敬遠に成功したものの、うち一人の獣人が今度はアーネットに襲いかかった。
地面すれすれの鋭い突進で迫り、右手を前に伸ばす。アーネットはハニータルトを盾にして防御態勢に入る。
その時だった――港全体が光に包まれた。
「きゃっ――」
悲鳴すら置いて行かれるほどのスピードでアーネットは弾き飛ばされた。港を囲うように配置されている倉庫の屋根を優に飛び越え、何処までも吹き飛ばされて行く。
先ほどの光を発現させたと思われる獣人がアーネットを追って町の方に走りだした。
「させるか――」
コイドはその獣人に攻撃を加えるべく、ジャネーで思考を加速させた。しかし、ワンテンポ遅かったようだ。
またしても太陽のように熱を伴う光が辺りを覆い尽くした。
次の瞬間――コイドは悲鳴を上げる間もなく、波の上をバウンドしていた。遠ざかって行く港。背中の神経が無く、同じく腹にも何も感じていない。体に穴があいている。不老不死であるこいどにとっても、それは洒落にならない怪我だった。
全てが一瞬のうちに起こった。
スロークたちはあんぐりと口を開けていた。
「面白くなってきた。さあ、我々もやりましょうか、スロークくん」
アニスは目を輝かせている。その背後には獣人が一人佇んでいる。
一方、スローク側のメンバーは、もはや戦意喪失しつつある。戦えそうなのは、スロークと他数名、それとメシアだけ。
不利は承知していた。しかし、まさかここまで圧倒的とは……。




