港の先には…… 3
「ふん――他愛ない」
俺は、静かになった敵のアジトの中心で、そう呟いた。足元に転がる悪人の亡骸(気絶してるだけ)を順々に見つめ、己の行った正義を胸に刻みつける……。
と、その時だった。唐突にドアが開いた。
「コイド! ……ああぁ」
現れたのはメシアだった。俺を見て、部屋の惨状を見て、頭痛を堪えるような仕草をした。どうした?
彼女はとぼとぼと歩み寄ってくると、オレの肩にポンと手を置き、
「あのね――」
話を始めた。
*
ちょうどメシアから話を聞き終えた頃に教会で会った少女が建物の中に入って来た。どうやら戦車で移動したとき乗り物酔いして、外でぐったりしていたそうだ。イリナという名前で獣人という特殊な人種であることはメシアから聞いていた。無事で良かった――とか言っている暇も無く俺たちは介抱を始めた。
そう、俺がついさっき倒した人たちの介抱だ……。
伸びている男たちを椅子や壁際に運び座らせ、井戸から水を汲んできて布を濡らし額に乗せて行った。ちらほら意識が戻っている男もいた。皆一様に俺を見て身構え、イリナを見て驚き、そして、俺たちが介抱していることに気付き首をかしげるのだった。
三十分ほどで、ほとんど全ての男たちが目を覚ました。幸い皆軽傷だった。
「――ということで、コイドは怒って我を忘れていたんです。ごめんなさい」
メシアはまるで保護者のようだった。なぜ彼女が謝っているのかと言えば、俺が謝るのを拒否したからだ。
だって、そんな気にはなれない。町を守るためとはいえ、イリナを殺そうとしていた事実は変わらないじゃないか。そんな相手に頭を下げるなんて嫌だ。
「いや、そんなことをする必要は無い。少年――コイドくんだったか。彼の気持ちも分かる――私だって何も好き好んで子供を殺そうとした訳ではない。いや、今更そんなことを言ってもいい訳になってしまうか……」
メシアと向き合って話していた男――教会に居たヤツだ。スロークという名前で、この団体のリーダー的存在らしい。
そのスロークが次は俺に向かって行った。
「信じてくれ、といっても無理かもしれんが、もうその子に危害を加えないと約束する。あんな胸糞悪いのは沢山だ――二度とやりたくない。こうして甲斐甲斐しく怪我の手当てをされた後では、とくにな」
俺は口を尖らせてそっぽを向く。
「そうですか、そりゃよかったです」
ぶっきら棒に言うと、傍らでメシアが溜息をついた。「子供なんだから……」とでも言いたげだ。子供で結構!
*
それから、話は大きな方に流れた。
スロークたちが持っていた情報は俺たちが探し求めていたものだった。
「この国には軍がありません。それでも、他国と色々な条約を結んでいる関係で攻め込まれることはなく、平和でした」
「軍が無いから公爵さんは他国から連れてこようとしてるんだね」
「そのようです。それも、よりによって獣人。人の姿であれば、まったく害は無いのですが、一たび獣に変身すればとてつもない破壊をもたらします」
それからスロークは昔話を始めた。
彼は元々自然と共に暮らす小さな民族の一員だった。野山を駆け回り、自然の恵みを糧に平和に暮らしていた。
そんなある時、村に一人の少女が現れた。
「イリナと似た肌の色をしていた。何処か雰囲気も似ていたかもしれない」
森で迷い自分の村に帰れないという少女をスロークの仲間たちは受け入れた。村の位置が分かるまでここで暮らせばいい、と。
少女と村人たちはすぐに打ち解けた。生活圏が近く、価値観が似ていたのだろう。一月の時が経つ頃には、すでに村の一員呼べるほどになっていた。
「私は当時あの子と歳が近かったから、しょっちゅう一緒に居た。よく二人で悪戯して大人たちに怒られたものだ。楽しかった――今思い返せば悪夢のように穏やかな日々だった……」
スロークは何処か遠くを見ていた。しかし、直後にぐしゃっと顔が歪む。
「しかし、その日は訪れる――私の故郷には毎年行われる伝統の祭りがあった。十日以上前から準備を始め、一晩限りの大騒ぎをするのだ。それまで悪戯ばかりしていた俺たちだったが、祭りの準備は真面目にやった。あの子は祭りがあると知り目を輝かせていた。俺はそんな彼女を見て、どうしても祭りを成功させなければ――と考え、準備を真面目に手伝おうと決めたのだ――いや、こんな話はどうでもいいか」
スロークは自嘲したような事を言いつつ、少し穏やかな顔をしていた。思わず少女との思い出を口にしてしまう。それは、きっと、彼の少女に対する感情がどういったものだったか――ということを表しているのだろう。
「祭りは例年通り賑々しく開催された。空に届きそうな炎。腹の底に二びく太鼓の音と、幾重にも重なった歌声、大量に用意された食べ物の匂い。老若男女入り乱れ、狂ったように踊り、食べ、飲み、我を忘れた。
私たちは連れだって祭りを楽しんだ。彼女は常に楽しげだった。ずっと笑っていだ。きっと、忘れられない日になる。私にとっても、彼女にとっても。本当に楽しい時間だった。
山の向こうが明るみだした頃、祭りも佳境に差し掛かり、ほとんどの大人たちは酒に飲まれて眠っていた。私たちは村の近くにある泉に行き、汗を流そうという話をしていた。彼女は喉が渇いたと言うので、飲み物を取りに行き、私は先に泉に向かった。
――そして、全てが終わった。
私が泉に辿り着いた時、地響きと共に地面が揺れた。何事かと思い、とっさに背後を振り向くと、焚火などでは考えられないほど巨大な火柱が上がっていた。
私は走った。足が震えていて何度も転んだが、それでも走った。
そして、村に帰りつくと、そこは何もない荒れ地になっていた。正確には、色々な物が転がっていた。最早原形も分からない家の破片、同じくもう二度と元通りにはならないであろう知り合いたちの肉片。
生き残ったのは私と、もう一人だけ。村はずれの家に住んでいた老人だった。地震が起きる直前に眠りから覚め家に帰っていたので助かったようだ」
スロークは一度言葉を切り深々と溜息をついた。息を整えなければ話し続けられない――そういう風だ。
「その老人は辛うじて村が滅びた原因を目撃していた。老人が意識を取り戻し、ぼんやりしながら家まで歩く途中に、二人を目撃したらしい。動いている人間はほとんどいなかったので、印象に残っていたそうだ。
その二人のうち一人は村長だった。羽根の飾りがびっしりついた冠を付けていたのですぐに見分けがついた。そして、もう一人――そちらもすぐ分かった。なぜなら、当時その年頃の子どもは村には少なく、女となれば一人しかいない。そう、あの子だった。
老人は妙な組み合わせだなと思い、しばらく眺めていた。すると、村長が少女の肩を抱き、歩き出した。村長の家がある方角へ消えて行ったそうだ。
村が消滅したのは、その直後だったという……。
私が獣人の存在を知ったのは、ずっと後になってからだ。そして、その特徴は、まさしくあの子と一致していた」
これで終わり――スロークはゆっくりと目を閉じた。
その後しばらく、声を発する者は一人も現れず、部屋の中には重苦しい沈黙が落ちていた。




