港の先には…… 2
正直、腹が立った。
このままほっておくのは嫌だったので、少女の嗚咽が収まるのを待ってからアーネットたちが居る宿の場所だけ教えて、俺は教会を出た。
カルテジアンの力を使って飛ぶように移動する。明らかに筋肉組織が破れ続けていて、体中に途方も無い痛みが走るが、すぐに治るので気にしない――というより、そんなことどうでもいいと思えるほど俺は憤慨していた。
男は建物に入って行った。町はずれにある倉庫のような大きさの場所だ。あらかじめ窓から明かりがもれていたので仲間が居るのだろう。男がきょろきょろとあたりを見回してからドアを閉めた。ほんの少し間をおいて、俺も建物に踏み込む。
やはり、その建物は倉庫だったようだ。しかし、荷物の類はほとんどなく、代わりに人が沢山いた。女、子供はおらず、筋骨隆々の男ばかりが数十人規模でいる。
全ての視線が俺に集まった。傍らのテーブルを囲み酒を飲んでいた連中、手拭を持って武具類のメンテナンスをしていた者、そして奥の方で立ち話していた例の男――もれなく全てだ。
「お前は――」
最初に声を出したのは例の男だった。俺の顔を見て驚いているようだ。その反応を見て俺がふらっとやって来た子供じゃないと感づいたらしく、たむろしていた有象無象どもが武器を持って立ちあがった。
しかし遅い。
銘々思い思いの呻き声を上げて床に転がった。十三人――俺が今攻撃を仕掛けた相手の数だ。
「なっ――貴様!」
男はやっとといった感じで驚きの声を上げた。それはそうだ、一秒にも満たない時間で味方の半分以上がやられたのだ。戸惑っているのだろう。だが、俺にしてみれば大したことではない。
右手のナイフ“ジャネー”の力で思考を加速し、全ての敵の位置を正確に捉え、最も効率的に倒す道筋をじっくりシュミレーションする――それを左手のナイフ“カルテジアン”に記憶させ、思考加速を解除するとともに実行に移す。俺自らの体を使った即興技だ。普通の人間では何をされたか察することさえできない。
『おいおい容赦ねーな。鬼かよ』
魔法人格ラプラスの呆れ声が脳内に響いた。
『鬼でも悪魔でも何にだってなるさ。アイツは無抵抗な女の子を殺そうとした――だから泣き叫びたくなるまで痛めつけてやるんだ』
『おっかね。らしくねーぞ』
ラプラスの言葉を無視して、俺はゆっくりと歩き出す。残った連中は小さく固まってじりじりと後退して行く。そうだ、怖がればいい、逃げればいい――あの子が受けた心の傷はこんなもんじゃ無かったはずだ。
この糞野郎どもを恐怖のどん底に突き落とせるならば、らしくないことだってするさ。
*
お湯にでも入って眠気を覚まそうかな――ドアが激しくノックされたのは、そんな事を考えている時だった。私はビクッとして身構えた。
(アーネちゃんとエレちゃんはまだ寝てる――どうしよ……)
いや、起こせばいいじゃないか。でもなあ、私って普段わがままな感じだけど、実は礼儀正しいっていうギャップが売りだからなあ――。
とか、どうでもいいことを考えていると、
「あ、あのお……」
ドア越しにか細い声が聞こえた。
なんだ、女の子じゃん。私は少し拍子抜けして、ドアを開けた。
すると、こんがり日焼けした幼い子が雪崩のように転がり込んできて、ペタンと女の子座りで床に着地した。何やら顔を真っ赤にして肩で息をしている。怪物にでも追いかけられていたのだろうか?
女の子はしばらく胸に手を当てて息を整えていたが、いきなり我に返ったようにあたりを見回して、私で視線を止めた。
「あの、この部屋に行けと言われて」
「誰に?」
「――男の人」
「ああ、コイドだね多分」
「止める暇も無く行ってしまって」
「何処に?」
「多分、私を襲った人を追って行ったんだと思います」
「なるほど。つまりこういうことだね――」
この子は誰かさんに何かされそうになっていた。そこにコイドが現れて助けた。うーん、多分誰かさんは相当酷いことをしたんだろうね。コイドは怒って誰かさんに復讐しに行ったんだ。で、安全のためこの子を私たちの所へ行くよう言ったんだ。
「なんで分かったの?」
「それだけ聞けば分かるよぉ」
「すごい……」
そうかな?
それより、
「そんなに焦んなくても大丈夫だよ、コイドはああ見えて強いんだから」
人を見た兎さんみたいだもの。見てて痛々しくなるよ。
でも、女の子は全然落ち着かない。
「そうじゃなくて、私は相手の方を心配――という訳じゃないけど、気になっていて――」
「ええ? なにそれ。酷いことされたんじゃないの?」
「そうだけど、でも、それは仕方がないから――」
うむむ……。いまいち分からんね。
とりあえず脳天にチョップを食らわせてみた。
「あたっ! ――なっ、なな……」
おお、戸惑ってる。かわいい反応だ。
「落ち着いた?」
「落ち着くわけない!」
「名前は?」
「イリナ!」
「そっか、イリナちゃんね――」
ふふ……そして、今度はギュッと抱きしめてやる。どうだ! この包容力。これぞ飴と鞭で少女に安心を与えよう作戦――、
「やめてっ!」
「イタッ……」
突き飛ばされたけど? イリナちゃんはふーふー荒い息を漏らしながら私を睨んでいる。なーぜー。
でも、さっきより落ち着いたようだ。敵意むき出しではあるけど、しっかりとした口調で話し始めた。
「私、海の向こうから来た。“こうしゃく”って人が私を欲しがったんだって」
おお、公爵とな? 思いがけない人物が登場した。
「イリナちゃんが可愛いから欲しかったのかな?」
「知るかボケ」
な、なんたる毒舌!
「――でも、多分そういうのじゃない。だって私は普通の人間じゃない――獣人なの」
獣人――その言葉を口にした時、イリナは酷く辛そうにしていた。
獣人って聞いたことがある。どっかの湿気の多い森に住んでる少数民族で、みんな動物に変身することができるとか、確かそんな感じだった。
となるとだ、
「イリナちゃんを襲った人は、イリナちゃんというより獣人をどうにかしたかったんだね――うーんと……」
獣人は人間より全然強い。動物の力と人間の脳みそを持ってるんだから当然だけどね。それを公爵が欲しがった――、
「公爵はイリナちゃんみたいな獣人を戦力として連れて来たんだ。そんで、イリナちゃんを襲ったのは、公爵に反対する人――多分獣人の力を危険と思ってるのかな? 何にせよ、多分根っからの悪者じゃない。
そんで、コイドは今、そのやりすぎだけどいい人っぽい誰かさんと戦っちゃってるんだ」
多分あってるかな。イリナちゃんが驚いた顔してるからね。
「お前はバカなのか、頭がいいのか……」
「まあ、天才かな――それと、私はメシアね」
とまあ、自己紹介も出来たし、話はこの辺で切り上げて、コイドんとこ行かないとね。人が死ぬようなことにはなっていないだろうけど、どちらかといえば誰かさんは私たちの味方っぽいから、早めに誤解を解いておいた方がいい。
「さあて、暴れるぞぉ」




