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港の先には…… 1


 全ての王が争いを求めている。実際、争いを起こしている。そんな中、唯一何の動きも無いカタードス王――何かとんでもない企みをしているのではないか。

 港の町、商業の町、色んな人が居て、色んな物がある。それらは、途方も無い速さで行き来し、流れて行く。

 一見したところ、この町に異常は無いようだった。そして、人々に訪ねて回っても、その印象は変わらなかった。戦争なんてブラウン管の向こうで起こっている事、電源を切れば消えて無くなる――と言わんばかりに、この町の人々は皆金儲けの事しか考えていない。

 人で込み合う露店通りというのは、どこも似たような見てくれになる。でも、少し塩の匂いが混じっているのが新鮮だった。

 目立った異常が無いならカタードス公爵を直に訪ねようと考え、同じ五大公爵であるニアに頼んで屋敷まで行ってみたのだが、どうやら留守のようだった。

 こうなってしまったら、どうしようもない。といって「はいそうですか」と撤退する訳にもいかないので、しばらく様子を見ることにしたのだ。

 久しぶりに宿を借り、腰を落ち着けた。

 アーネット、メシア、エレの三人は宿で休んでいる。ここ数日の大移動と民たちの説得、その前にあったブーズステューでの一件、慣れない野宿など、立て続けに色んな事が起きたため、限界が来ていたのだ。

 ニアは今朝早く宿を出て行ったようだ。目的は分からないが、まあ、そんなに気にすることは無いだろう。

 そして、俺は町に繰り出し、偵察という名目でマーケットをブラブラと歩いている。切羽詰まった状況だが、他にやることが無いのだから仕方が無い。今は、存分にマーケットを楽しもう。

 とりあえず、一度海でも見ておこうかな。



 *



 海岸線が一望できる崖の上にポツンと古びた教会が建っている。町からは少し離れており、人の姿は無く、どこか寂れ印象を落とす。

 潮風に晒され、すっかり塗装の剥げた教会の窓の隙間から、悲痛な叫び声が聞こえた。


「やめて――ください……」


 尻すぼみに訴えるその声は甲高く舌っ足らずだった。

 声の主は、褐色の肌を持つ少女である。幼さの中に野性味を残す顔立ちからして、異国から来たのだろう。粗末な布を小さな体に巻きつけ服としているあたり、奴隷として売られてきたのかもしれない。

 少女は後ろ手に地面を捉え、尻を引きずりつつ後退している。やがて、腐り果てて所々穴のあいた講話台に塞き止められ、それ以上下がれなくなると、恐る恐る視線を上げる――その先には一人の男が居た。


「お前は存在してはならないのだ――不憫に思うが、致し方あるまい……」


 ウエーブの掛ったブロンドの髪をセンターで武骨に分けた隙間から鈍い眼光が覗いている。それは、無機質であり、揺るがない――殺人を厭わない眼だ。


「死んでくれ――」


 男は片手に持った両刃の剣を両手に持ちかえ、真上に振りかぶる。

 それが振り下ろされれば、少女の体は講話台もろとも両断されることだろう。

 髭に包まれた男の唇がキッと引き結ばれる。

 少女は顔の前で腕をクロスさせ、強く目を瞑り、体を強張らせ、


「たす……けて――」


 虫の鳴くような小さな声を発した。


――氷上で体勢を崩したかのように、男がすっ転んだのは、その直後だった。


 男の分厚い体が一瞬宙を舞い、大きな音を立てて腰から落下した。その拍子に剣を手放してしまい、カラカラと音をたてて床を滑って行った。

 男は腰の激痛に眉をひそめながら、辺りを見回した――そして、発見する。

 いつの間にか、少女を庇うように少年が立っている。

 何事かと目を開けた少女は、少年を見て思わず呟く。


「だ、誰……?」


 少年は男とも女ともつかない人形のような顔に隙だらけの笑顔を浮かべ、


「通りすがりの学生だよ」


 と言った。



 *



 ちょっとカッコつけすぎたか……しかし、危ない所だった。このおっさん本気で殺す気だったぞ。気まぐれで寂れた教会なんかに近づかなければ、十中八九小さな女の子が殺されていた――まったく、ゾッとする。

 よろよろと立ち上がる男に視線を戻す。カルテジアンを使ったとはいえ、俺がやったのはただの足払いだ。大したダメージは与えていない。驚いてはいるようだが、戦意を喪失した訳ではなさそうだ。おっさんは剣を拾い上げ、俺に向き直って来た。


「何者だ――何故邪魔をする」

「通りすがりの学生だって言ったろ。それと、二つ目の質問については答えるのもバカバカしいから答えない」


 子供が一方的に殺されそうになっているのに、なにもしないような奴が居るとすれば、ソイツは糞野郎だ。そして、子供を殺そうとしていたコイツはさらに糞野郎だ。

 俺はおっさんを睨む、おっさんも俺を睨んでいる――やがて、


「後悔するぞ、少年――」


 ボソボソと言うと、男は踵を返し、教会の出口に消えて行った。


「なんじゃそら……」


 俺は呆れつつ緊張の糸を解き、一つ息をつく。まったく、何だったんだ。


「あ、あの……」


 か細い声が背中に当たり、俺は振り向く。講話台と背中がくっ付いてしまったかのように、ピッタリ背中を合わせへたり込んでいる少女に手を差し伸べる。


「立てる?」


 女の子は俺の手を見てビクッと体を震わせたが「大丈夫、なにもしないよ」と念じつつ目を見つめ続けたら、分かってくれたようで、おずおずと俺の手を取った。

(こんなに震えて……ホント、なんて酷い奴!)

 手を引っ張り上げると、少女は生まれたての小鹿のようではあったが、何とか立ち上がった。そして、


「あの、ありがとうございました――貴方が居なければ、私……」


 少女の額に皺がより、喉がひくひくと痙攣したかのように動いている。ええと、こういう時は――うん、多分こうだ。

 俺の肩より低い所にある小さな頭に手を乗っけて優しく撫でてみる。


「よく頑張ったね――もう大丈夫だらか我慢しなくていいよ」


 少女は一瞬ぽかんとして俺の顔を見た。それから、一筋の涙が頬を伝ったかと思えば、止めどなく次々と溢れ出した。

 それから、しばらくの間、少女の嗚咽が寂れた教会に響いた。


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