それぞれの力
「――――分かったわ。コウヘイの魔法名は”未来”だ」
ローズウッドの掌が背中かから離れる。触っただけで分かるのか。
正座して上着を着ながら聞いてみる。
「これで魔法が使えるんですか?」
ローズウッドは難しい顔をしながら俺の前で胡坐をかいた。
「さっきも言ったが魔法名とは、その人間が使える魔法の特性を表す名前よ。その名前を基にして、発現可能な魔法を探すんだけど……うむ、未来か――」
「難しいんですか?」
「例えば私の場合――さっきも言ったけど私の魔法名は”監視”。何かを見る、観察する――と、発想しやすいだろ。しかし、お前のはどうだ? 未来ってなんだよ」
「俺に言われても……未来に行けるとかですかね?」
「とりあえずやってみろ」
「と言われましても――」
「いいからやりなさいよ。心を落ち着けて精神を集中させて『未来に行きたい』って念じるのよ」
「は、はあ」
まあ、やれと言われればやるけど。
あれ?
「でも、魔法ってことは魔力を使うんですよね? 俺あと半月ほど魔力使えないはずなんですが」
「あ……」
「知ってたんですよね? 忘れてたんですか?」
「うるさい!」
*
「そうですか――それは災難でしたね」
「はい……無茶苦茶ですよ、突然村を明け渡せ、なんて。ワシらにも生活というものがあります。それに、小さくてもこの村に思い入れがあるのです」
「そうだよねぇ」
ガレアに襲われていた老人は、この村の村長だった。
私とメシアは村長の家にお邪魔している。お礼ということで、宿と食事を用意してるれるそうだ。逆に申し訳ない。
「それで、奴の目的は何だったのでしょう。見たところ盗賊のようでしたが」
「ええ、あの男は確かに盗賊です。数十人の手下を持ち、この近辺で追いはぎを繰り返しています。こう言ってはなんですが、今までは地味な悪事しか働いておりませんでした。だというのに、急に乗り込んできて――」
「少し気にかかりますね」
「お家が欲しかったのかな?」
「通常、盗賊というのは報復を恐れて定住などしないものです。それが、村を欲しがったということは――」
何かしらの訳がある。もしくは、強力な後ろ盾を得たか。そのどちらかだろう。
要するに、
「あの、村長。もう幾日かここに滞在してもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
「でも、ロカちゃん――コイドとアーネちゃんが」
「ここで待たせてもらいましょう。こちらから動いたとして、あの森の中で二人を見つけられるとは思えません。であるなら、森の入り口がよく見えるここで見張っていたほうが再会の可能性は高いでしょう」
「そっか!」
表向きはそう言っておこう。
きっと盗賊は、また襲ってくる。今この村を離れるわけにはいかない。
*
そこは、武器庫だった。ありとあらゆる武器が壁に並び、鎧のつまった木箱が積み重ねられている。
長机の前で待っていたアーネットの元に、ジードが戻ってきた。布で包んだ円盤状の物を持っている。
「お待たせいたしました。整理が追い付いておりませんで、少々探すのに手間取ってしまいました」
円盤を机に置く。ゴトン――と思い金属の音がした。
「いえ――それが、渡したい物ですか?」
「そうでございます――」
ジードが円盤の布を解いていく。
――中から出てきたのは、シンプルな”盾”だった。
馬車の車輪と同程度の大盾で、円形の中心が盛り上がっている。宝石やレリーフといった装飾類は一切ないが、鈍く光る金色の表面には細かい円形の溝がいくつも彫られている。戦闘のための道具というよりは、レトロな骨董品のような見た目であり、一回り小さくして柱時計の振り子の先端に付いていたら違和感がない――そんな見た目の盾だった。
「こちらは魔法都市の軍で使われていたという、大盾――名は”ハニータルト”でございます。現在とは異なる錬鉄技術により作られたもので、たいへん頑丈であり、そしてとてつもなく重い一品です。
アーネット様は魔法都市の血を引いておられるということで、これはあなたにこそ相応しいと思いまして」
「そんな貴重なもの……私が持っていていいのでしょうか」
不安げに目を伏せるアーネット。
「今一度言わせていただきます。これはあなたにこそ相応しい。
アーネット様の魔法名は”束縛”でしたね。この”束縛”というのは、比較的頻繁に表れる魔法名であり、したがって、古くより何人もの魔法使いが研究してまいりました。私は資料により、その力の内容を理解しましたが、見たところ”束縛”の魔法と、この”ハニータルト”は相性が良いのです。
ですから、これをお持ちください。何も気にすることはありません」
「そうですか。ジードさんがそう言うのなら――」
アーネットが盾の表面に指を這わせる。冷たくザラザラとした感触を確かめながら、
「大事に使わせていただきます!」
決意するように言った。
ジードは、うんうんと頷くと、こう切り出した。
「では、改造に入りましょう。 ――武器の調整など久しぶりのことです。腕が鳴りますなあ」
「ええ――このままでは使えないのですか?」
「全くもって問題ありませんが、それでは面白みに欠けます」
「お、面白み……」
アーネットは面食らっていた。この大盾は魔法都市時代に作られた貴重なものだと言ってたのに、それに改造を施すというのだ。
ジードのことを心の底から信頼していた彼女だったが、さすがに戸惑いを覚える。
「それに、アーネット様の魔法名とこの盾の相性がいいとは言いましたが、あなた自身と相性がいいとは言っていません」
「――私自身?」
ジードは顔の皺をさらに深めて言った。
「要するに、攻撃性が足りないと思うのですよ」
*
「まったく、この無能が。これじゃ最強化計画がご破算じゃんかよ」
「し、仕方ないでしょう……」
ローズウッドは幼い顔の眉間に皺を寄せて俺をなじった。ご褒美――現実で罵られるとそうは思えないものですね。
「こうなったらお前が自分で力を見つけるしかないな。ただでさえ難問だというのに、お前に任せるしかないとは……不安だ」
そう言われてましても。
彼女は気だるげにゴロンと寝転がった。これがブラクコンティーンのお姫様……?
「はあ――しっかし、どうしたものか。半月は仕方がないとして、そこから先が問題だ。あたしが都を出る訳にもいかんし――おいコウヘイ、魔力制限が解けたら、すぐに戻ってこい」
「学校に通うんですから無理ですよ」
「だよなあ……そうだ!」
ローズウッドがガバっと起き上がり、走って部屋の外に出て行った。
それから、数分ポカンとしていると、彼女は走って戻ってきた。
「こいつを忘れていた。ほれ、お前にやろう」
「なんですか――これ?」
彼女に渡されたのは縦長の木箱だった。箱自体はいたって普通だ。
「いいから開けてみろ」
「はあ」
ぱかっと蓋を取る――箱の中には銀色のナイフが二本収められていた。
「ステーキでも切れってんですか」
手に取らなくてもわかる。これはテーブルナイフ的な物だ。
刃は長いが先端は丸く鋭くない。レストランなんかで出てくるテーブルナイフと全く同じ形。唯一違うのは刃に沢山の文字が彫られてるという部分だけだ。
「それは”ジャネー”と”カルテジアン”――スターウェイが作った魔法道具だ」
へえ、スターウェイがねえ――切っても肉汁が零れないとか?
「お前、馬鹿にしてるだろ」
「し、してません」
バレてた……。
「そいつは特殊な金属でできている。何をしても曲がらんし、折れん。本当は剣に仕上げたかったそうだが、材料が特殊すぎて手に入らず食事用ナイフしか作れなかったらしい。価値のわかる奴なら金貨数億枚の値段をつけるだろう。本当は値段が付くような代物ではないがな」
「す、数億!」
「――売るなよ?」
ちょっと心が動いたけど、そんな大金あっても使い切れないもんな。
はい、売りません。
「それに彫られた陣を発動させるには大量の魔力が必要になる。あたしでも長時間使うことはできん。その体なら問題ないだろうがな。その代わり、とんでもない力を発揮する。
”加速のジャネー”と”操舵のカルテジアン”――二本で一つのナイフ。世界中を探しても、これ以上に強力な魔法道具は存在しないだろう」
そんなものを俺にくれるのか。
困るなあ……。




