魔法王と偽りの魔女 8
早く帰らなければ、と思いつつ、気づけばとっぷり日が暮れていた。
「長々とお世話になりました」
「いえいえそんな、僕が勝手に連れて来たんですから」
「――そういえばそうでしたね」
二人で同時に噴き出す。しばらく笑って、
「では、失礼します」
「はい――あの、また来てくれませんか? 本当は僕から遊びに行きたいんですけど、屋敷を開ける訳にいかないので、その……」
ロトニーはもじもじと手遊びを始めた。
私は少し笑って、
「では――また」
短く言う。
彼は安心したように笑った。
その後、騎士団の校舎に帰る道すがら、私は後悔にまみれて歩いた。倒すべき敵の家族と楽しくお喋りして、また遊びに行く約束までして……支離滅裂じゃないか。コイド様に「まかせる」と言われたのだからシッカリしなければ。
考えることは色々あった。しかし、全てが中途半端なまま校舎に到着してしまった。
時間が遅いからだろうか――校舎の中はガランとしていてとても静かだった。
廊下を抜け、会議室の扉を開ける。すると、
「アーネちゃん! 心配したんだからぁ……」
私の顔を見るなり目尻に涙を滲ませて抱きついてきたメシアの背中を抱きしめ返して、
「すみません。心配してくれてありがとうメシア」
「無事なんだよね? 変なことされなかった?」
「ええ、問題ありません。それがですね――」
トレアスの屋敷に行き魔法使い族の少年と話したことを伝えようとしたのだけど、メシアは私の声をかき消すように言葉を被せてきた。困ったような申し訳ないような顔である。
「ああ、あのね、今ちょっと大変でさ……詳しい話は後で聞かせてくれない?」
「大変――?」
話す時間も惜しい――と言わんばかりに、メシアは私の手を引いて走りだした。
*
三十人ほどの一般人がヴィルトラージ騎士団の校舎にやってきたのは、ちょうど昼ごろだった。
何事かと思い対応に向かった兵に向かって、代表らしい男が言い放った。
「出て行ってくれないか。もうお前らは必要ない」
取り付く島も無い一方的な物言いだったそうだ。それでも兵は事情を聴きだそうと言葉を尽くしたのだが、
「期限は今夜、街燈に火がともるまで――それ以上は待てん。もし、その時刻を過ぎて、まだこの建物に人が残っていた場合、我々が直に追いだしてくれる」
そう言い残すと、団体は帰って行った――。
*
メシアの掻い摘んだ説明を聞いただけで、全てを理解することだできた。
――遅すぎた。
ということだ。
コイド様が教えてくれた“将棋“というゲームを思い出す。私は将棋が苦手で、ほとんど負け続けていた。そんなときコイド様は教えてくれた。
『先に王手して、それからずっと王手し続ければ勝てるさ』
それは、からかい半分の言葉だったのだろうが、しかし、今私たちが置かれている状況を的確に言い表している。
推進派は先手を打ってきた。それは、決定的に戦況を傾かせる一手だ。
敵の軍人が乗り込んできたなら、いくらでも対応策は考えられる。しかし、民間人が来てしまった――そうなると消極的な手しか打てない。将棋で言えば、王を逃がすか、ガードする駒を配置するか、だ。
決して敵の駒を取ることはできない――それは、本来守るべき民間人なのだから。
推進派――というより、トレアスが民間人の心を射止めたのだ。元々敵の軍は民間人で組織しているのだから、そちらに傾倒しているのは分かっていた。しかし、ここまで大胆な行動がとれるとは思わなかった。
――まるで宗教だ。
集会のとき思ったことが、再び思い出される。
「このままでは負ける――そして、対抗する手段は無い」
「うん、私もそう思う。だから今は逃げるの。私たちは争いを減らすために行動してるんだから」
「そうですね……」
すでに街燈は燈ってしまっているだろう。ヴィルトラージ騎士団の面々は既に町から脱出している。エレも一緒に行かせたそうだ。メシアは私が帰って来たとき事情を知らないと困るだろうといことで残っていたらしい。まったく頭が上がらない。
先ほど通った廊下を逆走し、入口に向かう。窓から差し込むのは青白い月明かりだ。
突き飛ばすように扉を開ける。すると、そこには幾つもの鬼火が並んでいた。
(おい出てきたぞ……女だ……それも子供……関係無いだろ……問答無用で殺せ……そうだ……殺せ……)
おそらく数百人規模――民間人で組織された軍隊は私たちを見て一瞬ひるんだようだが、すぐさま殺意を向けて来た。本気だ。ひしひしと伝わってくる。
闇夜に紛れて響く足音。松明の明かりが揺れて、両翼に広がる。囲まれた――。
「アーネちゃん!」
メシアが叫んだ瞬間、敵の中にもざわめきが起こった。
見れば、いつの間にメシアの背後に銀色の女神像が現れていた。バスウッド=カーペンターが作りだした魔道兵器“戦車”だ。不気味な金属音を響かせ、薄緑色に輝く魔法陣を足や頭頂部に展開しながら動き出す。
(お、おい、あれは……まさか、本物じゃ……いや有り得る公爵の息のかかった連中だ……なんと不気味な……恐ろしい……)
以前近隣の村で戦車が暴れた事を知っているのだろう。敵は戦慄しているようだ。
「はやく、掴まって!」
メシアは戦車の腕に捕まりつつ、こちらに手を伸ばしてきた。私はその手を取る。すると、戦車の腕が背中に回り体が持ち上がる。赤子にでもなった気分だ。
「行くよ――振り落とされないでね」
メシアがそう言った瞬間、とてつもない推進力が発生し、次の瞬間、私は軍の校舎を見下ろしていた。私たちを囲んでいた民間人たちがこちらを見上げているのが分かる。さぞ驚いていることだろう。
戦車は滑空する鳥のように、ごく緩やかに下降を始める。何がしかの魔法が作動しているのだろう。町の外へ向かっているようだ。
「危なかったねえ」
「ええ、危険な目に合わせてしまいました。なんと詫びたらいいものか……」
「い、いやいや、そういう意味じゃないって。アーネちゃんは家族なんだから待つのは当然でしょ?」
「――ありがとう。メシア」
メシアは面食らったように視線を反らし「ま、まあ。うん」と照れてみせた。
「それで、これからどうするか考えはあるのですか?」
「しばらくは野宿じゃないかな。どっかの村にお世話になるってのも無理だろうし」
「そうですね、その村が反感を買ってしまいます――私たち“お尋ね者“ってやつなんですね」
「おお、カッコいい」
「ふざけている場合ですか」
「――でもさあ、なんか腹立つよね。殺すだ何だってさ――嫌われ者だったかもしれないけど、ヴィルトラージ騎士団は国を守ってたのにね」
急に真面目なことを言われ、一瞬反応ができなかった。しかし、言われてみればそうかもしれない。騎士たちは今どんな気持ちでいるのだろう。悔しいだろうか、憎いだろうか、寂しいだろうか……。
手が届きそうな月を見て考える――でも、私には彼らの気持ちなんて分かりはしなかった。




