魔法王と偽りの魔女 5
「魔法研究などという道楽で我々の腹は膨れない――生活は良くならない――皆、骨身にしみて分かっている筈だ――であれば!」
トレアス=デクサムは一度言葉を切り講話台を両手で叩いた。バン――講堂の天井が振動を反響し、存外大きな音が響いた。
「過去に囚われし知識の亡者どもを町から追い出してやろうじゃないか! ブーズステューは新たな時代を迎えるのだ。皆が平等、皆が幸福、皆が報われる――そんな国を作ろうじゃないか。
いや、この私が作ってみせる……絶対にだ!」
トレアスが拳を振り上げる――客たちは、この夜最高の盛り上がりを見せた。三階まである劇場のような講堂に集った数千の推進派メンバーほとんど全員が席を立ち、拳を振り上げ叫び声を上げ、壇上のトレアスに賛同を示した。
そんななか、冷静さを保っている人物が二人いる。
一階後方の柱に隠れた目立たない席に座る黒い布を頭からかぶった二人の少女。
アーネットは講堂内の異様な盛り上がりを目の当たりにして、布に隠された顔に当惑を浮かべている。
その隣に座っているメシアも呆れたように肩をすくめた。
――推進派を倒す。
方針を決め、ヴィルトラージ騎士団との話し合いも済ませた彼女たちは、戦いを前に敵情視察をしているのだった。
一応顔を隠し、推進派に賛同する一般市民を装い集会会場に潜入したのが約三時間前、それから今の今まで推進派リーダーであるトレアス=デクサムのスピーチを聞き続けた。
メシアは三時間の内ほとんどを寝て過ごしていたので呑気なものだが、アーネットは講堂に集った人々が発する不満を燃料とした膨大なエネルギーを肌で感じ、危機感を覚えていた。
速やかに敵の大将のみを打ち倒せばカタがつくだろう――という考えでは甘い。ここに集った人々は、そんなことでは止まらない。目標を達成するまでけっして止まらないだろう。
「メシア、行きましょう。帰って話し合いです――いっぱい寝たんですから働いてもらいますよ」
「ええ……まだ寝足んないよぉ」
いまだ興奮冷めやらぬ様子の講堂内。アーネットは駄々をこねるメシアを引きずるようにして、出口に向かった。誰もが陶酔したようにトレアスを見つめており、逃げるように出口に向かう彼女たちに気付く者は居なかった。
吹き抜けのロビーを通りぬけ、外へ続く扉に近づいたところで、背後から声が掛る。
「おい、お前たち――」
二人が足を止め振り向くと、ちょうど数人の男が奥の廊下からロビーに入ってきた所だった。
おそらく警備員だろう。屈強な男が五人ほどで固まって行動しており、銘々武器を引っ提げている。
そのうち一人が二人の少女の前に立った。
「まだトレアス様は降壇していないはずだが? 随分と早いお帰りじゃないか?」
威圧的な物言いだった。
そんな理屈で咎められるんであれば、もはや宗教じゃないか――いや、事実そうなのだろう。アーネットは内心煩わしく思いつつ、
「すみません――妹が眠いと駄々をこねるもので……このまま中に居たら皆さんに迷惑をかけてしまうと思いまして」
勤めて申し訳なさげに言った。八割がた真実なのでウソっぽくはならなかった。
警備員は疑うような視線で二人を交互に見て、
「皆に迷惑をかけない、か――うむ、そうかそうか。それは、素晴らしい考え方だ。トレアス様の仰る平等で幸福な国に相応しい。
お前の行動は我らの同胞として、恥ずかしくないものだ――」
腕を組み得意げに頷きながら喋っている。
「しかし、だからといって、大切な集会を早びけするのはダメだ。俺の言っていることが分かるかね?」
「え、ええ――」
何がどうダメなのか、その点に触れていないのに「分かるかね?」も何もない。と思いつつ、面倒なのでアーネットは頷いた。
すると警備員は満足げに歯を見せて微笑み、
「そうか、ならいいんだ。うむ、今日は仕方が無い――俺の責任でもって帰ることを許可しよう。これからは気をつけなさい」
「はい……ありがとうございます」
話していた人物どころか、後ろに待機している警備員たちまでうんうんと頷いている。なんと恩着せがましい。自由に入れる集会から帰るのに許可って……呆れかえっていたが、やはりアーネットは何も言わないことにした。
「そ、それでは――」
妙な気分になりつつ、さっさと帰ろうと踵を返す。
が、その時、
「待て、お前は――」
まだ何か? アーネットが振り返ろうとした、その瞬間、彼女の顔を覆っていた黒い布が何者かによって剥ぎ取られた。
「なっ――」
いつの間にか話していた警備員の前に男が立っていた。さっきまで後ろで待機していた一人だ。照明が暗いせいでロクに顔も見えず、会話に気を使っていたこともあり、全く注目していなかったが、その男は他の警備員と少し雰囲気が違った。
背は高いが体つきは頼りなく、シンプルな白い服を着ている。警備員というより秘書のような見た目だ。そして、何より眼を引くのは短く切りそろえられた漆黒の髪の毛。
髪型は全く違うが、アーネットと同じ質感の髪の毛だ。
その男は、露わになったアーネットの顔を見て、
「君は――魔法使い族だな?」
言い終わるかどうかというタイミングでアーネットはメシアを抱え後ろに跳躍し距離を取った。
「な、お前――」
それを見て驚いた声を上げたのは話をしていた警備員だ。後ろの同僚たちも銘々怯んだようなそぶりを見せた。
妹を連れて集会に来た少女が、突然大ジャンプをしたのだ。驚きは当然である。
同じく、いきなり空を飛んだことで茫然としているメシアを床に下ろし、アーネットは黒髪の男を睨んだ。
男は、厳しいような悲しいような、なんとも言えない表情で、
「やはり、そうなんですね――あの、僕のことが分かりますか?」
「貴方も魔法使い族なんですね。その髪を見れば分かります」
艶やかな黒髪――それは、古代魔法都市出身者だということを証明する特徴である。普段であれば、そんなこと知っている方が少ないので気にしないのだが、魔法研究の町であり、その研究者に反感を持っている者が大勢集う場に来るということで、念のため布を被っていたのだ。それが剥ぎ取られてしまった。
魔法を恨む集団に魔法の権化であることがバレたのだ。
「メシア、逃げなさい」
「私も――」
「ここで戦車を使って万が一建物が崩れでもしたら何人死ぬと思ってるんです。私も様子を見て撤退します。だから早く行きなさい」
「うん……気を付けてね」
メシアは何度か振り返りつつ外に走って行った。
それを見届けてからアーネットは男に向き直る。
男もアーネットを凝視している。
(相手は魔法使い族――何をしてくるか分からない)
彼女の魔法は五感を閉ざすたび力を増していくというもの。念のため、視覚と触覚意外を閉ざし、万全の態勢で挑む。
いつでも来い――と、油断なく構えるアーネット。
男は何かを呟いたが、聴覚を閉ざしたアーネットには聞こえていない。
「――――え……」
何の前触れも気配も無く――男の姿が消え、アーネットは首の後ろに鋭い痛みを感じるとともに意識を飛ばした。
傾く彼女の体を支えたのは、いつの間にか背後に回り込み首に手刀を入れた黒髪の男だった。
薄れて行く意識の中、アーネットは今しがた感じた、ぼんやりとしたイメージを、信じられないといった心境で反芻していた。
(私と――同じ力――?)




