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魔法王と偽りの魔女 4



――アーネットたちがブーズステュー公爵領地で話し合いをしている頃。魔女の都では戦いが始まろうとしていた。


「話は終わりよ――さあ、見せてあげるわ。我が魔道研究の真髄を!」


 ニアはマントを脱ぎ棄てた。その下からは最小限の部位だけを隠す水着のような衣装が現れた。水着、帽子、膝上まであるソックス、ブーツ。全てが黒。それは、彼女の戦闘礼装であり、魔法使いに憧れを持つ故の、多分に趣味の要素を含んだ服装だった。

 続いて、取り出したのは一冊の本だった。古ぼけた革貼りの表裏表紙の上に赤く錆びた鎖が何重にも巻かれ、垂れた先端がジャラリと重い音を立てている。


「威勢が良いのだな。ニアよ――お前が偽物であるといことを、その体に思い知らせてやろう」


 ローズウッドはゆらりと立ち上がり、右手を高く掲げた。すると、その手の中に武器が現れる。

 柄だけで三メートルは在ろうかという巨大なハルバードだ。

 先端から尾まで、全て艶消しの深紅色。小ぶりの刃と槍部分が交わる処に複雑な文字や図形が刻まれている。

 その武器は明らかに持ち主の身長より長く、恐ろしく重いだろう。しかし、ローズウッドはたおやかな動作でハルバードを器用に回転させ、腰の後ろで構えた。

 儚げな少女と武骨な凶器――しかし、不思議と様になっている。


「あら意外。そのチンチクリンな体からして自分では戦わないと予想していたけど、まさか武器を取り出すなんてね」

「姿かたちは問題ではない。強い者は強い――それだけだ」


 二人の間の空気が凍ったように張り詰める。

 いよいよ始まる――。


「…………」


 部屋の隅で見守っているコイドは緊張感に固唾をのみつつ、密かにポケットに手を差し入れ、冷たい感触を確かめる。「これは戯れのようなものだ――お前は手を出すな」と言われたので、ひとまず従うことにしたが、危なければいつでも動けるようにしておこう――と構えているのだ。

 その眼前で二つの影が重なる。


「フッ――」


 先に仕掛けたのはローズウッドだった。

 床の上を滑るように距離を詰め、ハルバードによる連続した攻撃を繰り出した。といって、気合を入れて振り回している訳ではなく、ただ、きままに舞っているような動きだ。それに合わせて武器も踊りだしたかのような、滑らかで素早い攻撃だった。


「フフ――やるわね」


 ニアは避け続けることしかできないが、それでも余裕の表情を浮かべている。


「懐かしいわ、その動き――魔法都市の兵たちは皆強かった。舞うように戦場を飛び回っていた」


 ニアは話しながらも軽業師のように真後ろに跳びのき数回転してから着地した。連撃から逃れられたローズウッドは「チッ」と舌打ちをした。

 ニアは立ち上がり、


「認めるわ、アンタは本物の魔女。私は偽物――」


 手に持った本を体の前に掲げ、


「でもね、憧れ続けていたからこそ本物を超えることができるのよ」


 彼女が言葉を切った瞬間、本が青白く光り輝いた。


「我は求める――久遠を超え――深層の虚無を知ろうとも――立ち止まることは無い――我が名は“切望”――業の肯定者なり」


 そう唱え終えると、ニアの体から黒い煙が噴き出した。その煙は彼女の体を覆うようにぴったりと張り付いて行く。


「そんな――」


 コイドは茫然とした表情で声を上げた。まるで空間に人型の穴が開き、虚無が見えてしまっているような不気味さ。彼はその光景を以前に見たことがあった。

 動揺するコイドの心を読み、ローズウッドが口を開いた。


「どうやら、あの本に込められた魔法は術者に魔法名を持つ権利を与える効果があるらしい。魔法使い族であると世界に誤認させる効果と言い換えても良い。

 まあ、要するに、今ヤツは私たちと対等の力を手に入れたということだ」


 やはり――とコイドは思った。忘れるはずが無い。以前あの状態になったのは他でもないコイド自身なのだ。

 光をも吸い込む超高密度の魔力。それは魔法使い族の体でしかなしえない現象だ。

 そして、記憶通りに事が進むのなら、


「まずいよローズ。このままじゃ――」

「分かっている」


 今やニアの体は完全に闇に包まれた。触れる者を容赦なく原子レベルまで分解する無敵の鎧の完成だ。

 そして、次に黒い影の頭上に影が集まり始める。それが完成した暁には“眼”としての機能を開始する。この影の鎧は、無防備に寝ている間、外敵から身を守るために考案された物なのだ。眼は周囲の物体を自動で攻撃する。

 コイドはそのことを懸念しているのだった。


「おい、浩平――私を信じるか?」


 ローズウッドはコイドに歩み寄りつつ問うた。


「ええと――何のことか分からないけど、信じるよ」

「そうか」


 何の前触れも無く――


「え……」


 ハルバードの先端がコイドの腹に突き刺さった。あまりに突然のことで、刺さるまで気づきさえしなかった。


「どう――して……」

「悪いな――私もすぐに行こう」


 直後、コイドの意識は途切れた。



 *



 そこは、荒れ果てた大地が広がる何もない所だった。


「おはよう。気分はどうだ?」


 コイドは起き上がり、隣に居るローズウッドを見た。


「ここは――?」

「コイツは特別な武器でな――」


 言いながら深紅の槍斧を持ち上げてみせる。


「お前のテーブルナイフと同じで魔力を流し込んでやると陣が反応し、魔法効果を発揮する」

「魔法効果?」

「ああ、傷つけた相手をこの空間に飛ばすことができる。転移魔法の応用みたいなものだ。少し違うのは、ここが世界のどこでも無くて、この槍斧の魔法以外では干渉できないという所だ」

「どこでも無いって……それじゃ――」

「約一時間待てば自動的に帰れる。心配するな」

「そっか……」


 コイドは胸をなでおろした。


「その武器を選んだってことは、あらかじめこういう結末になるって予想してたの?」

「当たり前だろ。私を誰だと思っている?」

「はあ――もっと安全な方法は無かったの? 一歩間違えれば影の鎧にやられてたかもしれないんだよ?」


 ローズウッドはフンと鼻を鳴らして、


「バカ者。よくよく考えてみろ。私たちがさっきの場所に帰ると、そこには何があると思う?」

「何って、そりゃ魔力を使い果たしたニアが――あ」

「おそらく、はじめてあの本を使ったのだろう。古代魔法の研究家といえど“制約”のことまでは知らなかったのだ」


 コイドはようやく気付く。魔力を短時間で大量に収集すると、ペナルティーが発生する。一定期間、一切の魔力使用が不可能になるというなかなかに重い罰だ。


「そうか、これでニアはしばらく思い切った行動がとれないって訳だ」


 ローズウッドは因縁から戦いに応じた訳ではなかった。地上で行われている戦争。新しい争いの切掛けになりかねないニアを封じ込めるのが目的だったのだ。


「これで奴も大人しくなるだろう――はあ、久々に動いたら肩が凝った……何をしている? 言われずとも肩ぐらい叩け」

「はいはい」

「それとな、私は見ていたぞ。お前、マントを脱いだヤツの胸をジロジロ見ていただろ」

「――見てません」

「なに、時間はたっぷりある。幼体しか愛せないよう調教してやろう」

「勘弁してください……」


 結果からして、ニアはローズウッドの掌で転がされていただけだった。

こうして女同士の戦いは呆気ない幕引きを迎えた。


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