魔法王と偽りの魔女 3
「メシアとエレを頼む――」
それは、私にとって不本意な提案だった。しかし、
「アーネットなら安心して任せられる」
ということなら……まあ、いいでしょう。
信頼は嬉しい。会えないのは辛い――そんな複雑な気持ちで、私はブーズステュー公爵領地へ向かった。
前回来た時は宿に一泊しただけだったが、短期滞在にも関わらず「寛容な街だ」という印象を受けた。警備が薄く、出入国で税を取られることも無い。小規模な街でも、もう少しちゃんとしている。何故名立たる五大公爵領地の一つが、こんなに投げやりな体制を?
ふと浮かんだ疑問に対する回答は、入国してすぐに示された。
「公爵と我々ヴィルトラージ騎士団は古代魔法研究のため日々活動しています。初代ブーズステューの頃より続いている由緒ある研究機関として一定の評価を得ています。
しかし、それを快く思わない勢力があります。軍と幾つかの貴族家が結び付いた――そうですね、我々は推進派と呼んでいます。彼らの目的は国の発展。商業や生産にもっと力を入れ、国を発展させるべきだという主張です。評価や名声が主な対価となる古代魔法研究は、彼らにとって邪魔な存在なのです」
私たちは運が良かった。入国して、すぐに見知った顔を見つけることができた。
ヴィルトラージ騎士団のデンガッド。前回この地方に来た時、知り合った男だ。
町の始まりの辺りでフラフラ歩いていた彼にメシアが声をかけた。すると、彼も私たちのことを覚えていたようで、騎士団の本部まで案内してくれたのだ。
私たちは今、会議室らしい広い部屋に居る。
私は、巨大な長机の向こうに座るデンガッドに言う。
「つまり、この国が、その、“大らか”なのは、方針に食い違いがあり統率がとれないから――なんですね」
ハッキリ言ってしまうと失礼かと思い、なるべく言葉を選んだのだけど、どうやらそんな配慮は不要だったようだ。
デンガッドは苦笑を浮かべて、
「国というのもおこがましいほどです。皆、分かっていて静観しているんですよ。それがブーズステューという国なのです。ぎくしゃくしてはいますが、平和なのは確か――でした」
「というと?」
「それが……」
彼は一度言葉を切って私たちの顔を順々に見た。
それから、自分に言い聞かせるように頷いて、
「ブーズステュー公爵であるニア様が、ここ数日不在なのです」
「公爵が? では、今国を動かしているのは――」
「いうなれば無法状態です――国民たちには隠しているので騒ぎは起きませんが、それも時間の問題でしょう。
公爵の不在をいいことに推進派が何か企んでいるようです。我々も諜報活動を行い、対応する準備は進めていますが、いかんせん、数が少ない……奴らが事を起こせば、勝ち目はないでしょう」
「なるほど、クーデターですか……」
どうやら、切迫した状況のようだ。
「公爵が戻れば推進派を止められるんですか?」
「ええ、おそらく――」
「心当たりは?」
「我々が総力を上げて探しても見つからないあたり……居るとすれば迷いの森でしょう」
「困りましたね……」
それはつまり「こちらから見つけるのは、まず不可能」ということだ。
「ただでさえ国が大変なことになっているというのに……」
デンガッドは深々と溜息をついた。心労が溜っているのだろう。以前会った時の精悍で男らしい雰囲気は今や無く、すっかり老けこんでいる。
「ねえねえ、アーネちゃん。私たちで、その、推進派の人たちを倒そうよ」
そう言ったのはメシアだ。ずっと声が聞こえないと思ったら、言うに事欠いて、とんでもないことを言い出した。
あきれ果てて隣に座る彼女を見ると、二ィっと不敵に微笑んでいた。ついでに、そのもう一つ向こうの席に座っているエレは机に伏せて寝ているようだった。歩いて疲れたのだろう、そのままにしておこう。
それより、今はメシアに言い聞かせなければ。
「メシア、今私たちがするべきことは何ですか?」
「えーっと、特に無いんじゃない?」
「何を言って――」
ハッとして思わず口を閉じる。そ、そういえば、私たちには目的が無い。ここに来たのは、何か起きているかもしれないという予想からだった。クーデターが起こるかもしれないという情報を得たところで、だったらこうしよう――という予定が立てられない。
私はそのことに気づいてもいなかった……。
「まったく、アーネちゃんはコイドが居ないとダメダメだなあ」
「う、うるさい――ですね」
メシアは私をからかってから、立ち上がり、両手でバンと机を叩いた。何やら演説でも始めかねない雰囲気だ。
「い、痛い……」
叩く力を間違えたようで、メシアは涙目になりつつ話しだした。
「あのね、私は戦争なんて嫌なの。今まで通り、コイドやアーネちゃんと楽しく暮らして学校に通いたい。だから、戦争を終わらせたいの。これは私にとって最優先。
このままほっといたら、この国は推進派ってやつの物になっちゃうんでしょ? そうしたら、その人たちは戦争に加わろうとするんじゃない? そうしたらもっと大きな戦争になっちゃうじゃん!」
「しかし、メシア、それは――デンガッドさんの前で言うのもなんですが、ヴィルトラージ側が覇権を握ったとしても同じことが言えますよ?」
「だからさ、私は“どっちの方が話しやすいか”って事を言ってるんだよ」
「話しやすいか――?」
私が問い返すと、メシアはデンガッドに視線を移した。
「ねえねえ、デンガッドくん。私たちが推進派を黙らせてヴィルトラージを勝たせてあげるから、そしたらヴィルトラージは絶対に戦争しないって約束してくれない?」
デンガッドは急に問われ、少々面食らっていたが、
「――な、なるほど。そういうことなら上と掛け合ってみよう。おそらく――いや、ほぼ確実に大丈夫だと思う」
するとメシアは満面の笑みで私に「ほらね!」と言った。
なるほど――私は唸る。戦争終結を目的とするなら、火種となり得る勢力を少しでも減らそう。その場合、少しでも平和的に事を進めるであろう勢力を応援するべきだと――そういうことだ。
まったく、こういうことではメシアに適わない。改めて思う。
しかし、
「ですが、公爵が戻ってきた場合どうです? 平和的に解決できる可能性があるのに、こちらから手を出してしまったら、それこそ推進派に大義名分を与えることになります」
「公爵さんは帰ってこないよ」
妙にきっぱり言い切った。
「なぜそう思うのです?」
「だって、国の状況を見ればすぐ分かるもん。例えばね、幾つかの公爵領地が手を組んで王都を攻撃したなら話は別だったよ――でも、村で聞いたでしょ? 最初に王都を襲ったのはフィラカルティーで、王族親衛隊と一緒にそれを倒したのはローブアインとダンバイザードの連合軍だって。
おかしいでしょ? 互いに牽制し合って均衡が取れてた訳だから、それを崩すには半分以上の公爵領地がグルになって裏切るしか無いじゃん。なのに、公爵領地同士で戦いになった――これはつまり、公爵さんがいきなり裏切ろうっていう気分になって、本当に裏切った。それも、今のところ、五人のうち三人――いや、居なくなったブーズステューさんも合わせて、四人同時に。
良く分かんないけど、多分、考えても分かんないような変な理由が隠れてる筈だよ――ただ一つ言えるのは、今おそらく全ての公爵さんたちは別人みたいになってるってこと」
「だから公爵は帰ってこないと?」
「うん。あと、帰ってきても今までと違うはずだからあてになんないってこと」
「――どう思いますかデンガッドさん」
「矛盾はなかったと思う――恐ろしい話だが、俺は的を射ていると感じた」
「そうですね、私も同感です」
しばらく気の重い沈黙が流れた。
「じゃ、決まりだね!」
対抗意見は無い――メシアの言うとおり、方針は決まった。




