魔法王と偽りの魔女 1
扉は突然現れた。
和室は居心地がよく、すっかり住み慣れていたので、外に出るのが惜しいとさえ思った。
でも俺は一度死んでこの世界に来た時決めたんだ。全力で生きると。学生になることを選らんだのだから、全力で学生をしなければ。
しかし、外に出てすぐ、もう学生でいられないということが分かった。俺たちが和室に閉じ込められている数日の間に、エレドペリ王国では戦争が始まったらしい。
ブーズステュー近郊の小さな村ですら、その話題で持ちきりになっていた。王都は三つの公爵領地から侵略を受け陥落し、今王都はローブアインとダンバイザードに占拠されている。王と敗走したフィラカルティーの兵たちの行方は分からないとも言っていた。
俺は、まさかと思いドキドキしながら話を聞いていたが、ルドラカンド学園の話題は上がってこず、ひとまず安堵した。学園は無事らしい。
一通り話を聞いて、俺たちはこれからどうするか話し合った。
最初に方針を決めたのはロカだった。彼女はルーク=エルサンドラールの娘であり、ルークは王都を占拠しているローブアインの長だ。父様がそんなことするはず無い――何か事情があるはずだ。しきりにそう言っていたが、ショックは隠し切れていなかった。彼女は王都に向かう。
次にエイモスがルドラカンドに戻ることを決めた。彼は学園を取り仕切る自治会の一員なので、学園に戻るべきだと考えたらしい。それとは別に、ロカが心配だから一人くらいは同行するべきだろう――と俺にだけ話してくれた。確かにその通りだと思った。そして、その役は相克者の力とかいう出鱈目な能力を持ったエイモスに相応しいとも思った。
残るは俺を含めた四人だが、少し意見が割れた。
俺は、ブラクコンティーンに行ってお姫様に会うべきだと提案した。彼女には人の心を読む力がある。その能力を使えば、今、国がどういう状況にあるのか正確に把握することができ、これからどういう行動を取るにしても情報は必要だと考えたのだ。
一方メシアは、すぐにブーズステューへ行くべきだと言った。三つの公爵領地が行動を起こしたのだから、残る二つも何かしら企んでいる筈。だから一秒でも早く行って止めるべきだ。ということらしい。
話し合いの結果、二手に分かれようということになった。俺がブラクコンティーンへ。メシア、アーネット、エレの三人がブーズステューへ行く。アーネットは俺について行くと譲らなかったが、戦闘能力の無いエレと一緒に居てほしい――とお願いすると、頷いてくれた。
ということで、エイモスとロカが王都、学園方面へ。メシア、アーネット、エレがブーズステュー公爵領地へ。そして、俺が魔女の都ブラクコンティーンへ。それぞれ向かう運びとなった。
*
魔女の都へ行くには迷いの森を進む必要がある。木々が絡み合い、昼間でも地面に光が届かない、閉ざされた森――長年魔女の都を研究しているブーズステューですら、この森のマッピングに成功していないという。
夜に口笛吹くとお化けが出るわよ――みたいな感じで、この辺りの子供は悪さをすると森に連れて行くわよ――なんて言って叱られるらしい。だから、迷いの森に近づく人間など、まず居ない。
「えっと、大丈夫?」
そういう前情報があったから、森の中で“女の子”を見かけたとき、迷わず近づいて行って声をかけた。
人と出会うこと自体稀なはずが、十代半ばくらいの女の子が一人で歩いているのを見たら、心配にもなる。
「え――――――えええぇ!!」
最初の“え”からたっぷり間をおいて、女の子は叫びつつ腰を抜かした。俺、熊にでも見えるのかな……。
リアクションはお笑い芸人を超えてるけど、近距離で見て確信する。やっぱり普通の女の子だ。
もみあげの辺りがピョンと飛び出た濃い灰色のショートヘア。目は真ん丸で、桃色の唇は小さく薄い。少し丸みの強い輪郭が幼さを強調している。
顔だけ見れば本当に普通の女の子だけど、近づくまで確信が持てなかった原因は、その服装にある。
つばの広いとんがり帽子、首から膝の辺りまですっぽり覆うマント、細い脚はタイツのような物で覆われ、その下にはベルトや金具の沢山ついたブーツ。その全てが黒。
なんだか、すごく魔女っぽい。それも、魔女っぽさを結集させた感じの魔女っぽさであり、どこかコスプレっぽい。
「ど、どど、どうして――貴方、貴方は……!?」
我は神である――や、やはり! みたいなやり取りになりそうな、驚かれ方である。
「ええと、俺は小井戸浩平っていうんだ。君は――迷子だよね?」
半ば決めつけて言うと、
「こ、コイド? ……そうよね、そうなるわよね――でも、いいわ。それはそれで――」
「――大丈夫?」
「は、はい!」
女の子は弾かれたように立ち上がり、ピンと軍人のように直立した。
「あの、私、迷っちゃって――困ってたんです。だから、コイド様と会えたのは幸せというか、願ったり叶ったりというか――」
「様って……呼び捨てでいいよ。でも、俺と会えてラッキーだったね。迷子のまま帰れないところだったよ。ちゃんと森の外まで送ってあげるから安心して」
「優しいんですね……私、コイド様について行きます!」
「え? いや、ちゃんと送ってくから――」
「その必要はありません。荷物持ちでも、使用人でも、ペットでも、情婦でも、何でもいいので一緒に居させてください!」
「ええと……」
どうやら俺は、少し変な女の子に声をかけてしまったみたいだ……。
*
彼女は本当に付いてきた。名前はニアというらしい。しつこくならない程度に色々聞いてみたけど、名前以外の情報は教えてくれなかった。なんだろ、最近同じようなことがあった気が……。
ニアは逆に俺について根掘り葉掘り聞いてきた。どこに住んでいて、普段どんなことをしていて、好きな食べ物や、嫌いな食べ物。性感帯や好きな異性のタイプ、スリーサイズまで――スリーサイズって……。
そんな容赦ない質問にテキトーに答えつつ、魔女の都を目指した。前に一度行っただけなので、そんなに自信は無かったけど、何とか迷わず入口までたどり着けた。
“人”の字型に立つ二枚の巨大な岩。その間にできた空洞の中に穴があり、そこから下に降りれば魔女の都ブラクコンティーンに行ける。
穴から落ちる時、結構酷い目に会うよ――と一応忠告したのだが、ニアは「問題ありません」と即答した。
「それじゃ、心の準備はいい?」
「はい――いえ、その、臆した訳ではないんですけど、その……」
どうしたのかな。と思い、ニアの方を見ると、
「大丈夫? 顔真赤だけど」
洞窟の暗がりでも分かるほど赤い。
「あ、あの! ……やっぱり、少し怖いので、こ、コイド様に抱きついていてもいいですか」
「ん、ああ、そうだね。確かにその方が安全かも」
俺は不死身だ。少しくらい傷がついても一瞬で治る。
「ちょっとごめんね」
「えっ、え、ええっ!」
いつだか、アーネットにされて屈辱を味わった“お姫様だっこ”。けっこうしっかり体を支えられて、安定する。これなら途中で離してしまう心配はない。
「コイド様、積極的すぎです」
「嫌だった? やめとこうか」
「いえ、もう一生降りません」
「下に着いたら降りてね……じゃあ行くよ」
覚悟を決めて穴の縁から一歩踏み出す。不愉快な浮遊感を感じつつも、少し顔がほころんでしまう。
ブラクコンティーンは俺にとって、この世界の故郷である。そこのお姫様は親みたいなもんだ。王国が大変なことになっている。そのことは分かっているけど、俺は帰郷できること、お姫様に会えることを喜んでいた。




