老執事の話
ジードとアーネットは城の一室でテーブルを挟んで座っていた。テーブルの上にはスコーンやケーキ等のスイーツが並べられ、アーネットの前に置かれたティーカップからはアールグレイの芳香漂う湯気が伸びている。
「おかわりは如何ですかな?」
「い、いえ」
本格的なティーセットに、本物の老執事――さながらお姫様のような扱い。
しかし、その持て成しを受けている少女は夢心地に浮かれることもなく、ただただ居心地が悪そうだった。
ジードはそれに気づいたようで頭を振った。
「失礼いたしましたアーネット様」
「え、何がですか」
「大変喜んでいただけるので、女性の客人にはこうしてお茶の席を用意するのが通例なのですが――迷惑でしたね」
「――い、いえ。そんなことは……」
アーネットは気まずそうにジードの方に視線を向けた。
「私、慣れてなくて……小さなころからコイド様に仕えることだけを考えて生きたので世間知らずなんです。こんな風に誰かに持て成されるなんて初めてのことで――」
「そうでしたか」
しばしの沈黙。
「私も幼少のころから姫様に仕えてまいりました。あのお方は素晴らしい人です。心が強く、聡明で美しい。病的なまでの外面の良さなど尊敬に値します」
ジードは机の上で手を組んでいる。
「私は姫様のためなら何でもします。殺せと言われれば、誰でも殺します。死ねと言われれば、すぐにでも死にます。真に仕えるとは――主を思うとは、そういうことです。
どうでしょう、私は間違っていると思いますか?」
アーネットは大きくかぶりを振った。
「尊敬します。私もそうありたいと日頃より思っていますから」
ジードは微笑む。
「お仲間ですな。嬉しいことです。お互い、その命が尽きるまで主に尽くそうではありませんか」
「はい!」
アーネットも嬉しそうだった。仲間を見つけた――自分と同じ考えを持った人に出会った。そう感じたのだろう。
それから、少し間をおいてジードが呟く。
「ところでアーネット様。私たちのような人間にとって”誉れある死”とはどのようなものでしょうか」
アーネットは即答する。
「それは勿論、主のための死です。先ほどジードさんも仰いましたが、己の命を捧げられなければ、真に仕える――ということにはなりません」
ジードは感嘆の息を漏らした。
「お若いのに素晴らしい覚悟です。私などは、その境地に至るまで随分時間を使ってしまった。いや、恐れ入りました」
「い、いえ……そんな大したことでは」
「死こそ最大の奉仕である――これはまごうことなき真理です。これ以上の忠誠はあり得ません――」
ここでジードは言葉を切った。そして、こう付け加えた。
「しかし、その死は誰が為の死なのでしょう」
アーネットは面食らった。なぜそんなことを聞くのだろう、と思い、答える。
「それは――ですから、主の為の死です。忠誠の果てにある死に決まっています」
その答えを聞くと、ジードは「ふふ――」と声を出して微笑んだ。それは、可笑しいからでも、蔑んでいるからでもなく、身につまされ頷くようなニュアンスの笑い方だった。
そして、読み聞かせをするような口調でぽつぽつと話し始めた。
「昔の話です――この街を作るため、姫様は私を連れて旅をなさいました。
そんなある時、資材調達の商談が拗れ、商社の方と敵対するような形になってしまいなした。お互いのっぴきならない事情があり、引き下がれない状況でした。いがみ合いに金銭が絡むと多くの場合争いに発展してしまいます。私たちも例外ではありません。
私は単身で商社に乗り込み、そこを制圧しました。相手は所詮商人であり私の敵ではありません。しかし、当時私はまだ若造でした。敵を倒すことは倒したのですが、私も深手を負い瀕死の状態でした」
アーネットは時折頷きつつ真剣な面持ちで聞いていた。
「そこに姫様が参られました。そして、意識が途切れかけていた私を抱き起こし、介抱してくださいました。何度も私の名を叫んでおられました。しきりに”死んではいけない”と、呼びかけて下さいました。姫様の体は私の血で汚れ、治癒魔法を連続で使ったため消耗しておられました。なので、私は言いました。『もうお止めください。私はあなたのために死ねるのなら本望です』と。
すると、姫様はこう仰ったのです――」
ジードの目が少女の目を見据える。
「私の為と言うのなら何が何でも生きなさい。あなたが死ぬことで私が抱える悲しみは、あなたの忠誠心よりよっぽど大きいのよ――――と」
またしても沈黙が落ちる。
それを破ったのはアーネットの浅く引きつったような息遣いだった。
ジードが席を立ち、向かいに座る少女にナプキンを渡す。アーネットはそれを受け取り目元を拭った。
ジードはそれを見てから席に戻ると、また話し出した。
「私は恥ずかしくなりました。なにが奉仕か、なにが忠誠か――と。所詮私は自分のことしか考えていなかったのです。誉れある死に酔いしれ、自分に陶酔し、姫様の気持ちなど露程も慮っていなかった。危うく知らぬまま死んでしまうところでした。しかし、私は生き延びた。そして知った。
自分が死ぬことで主は悲しむ――それは何事にも代えられない喜びですが、自覚するのは難しい。こそばゆいですからな。ですが、自覚しなければいけません。主の気持ちを理解してこその奉仕です。それを見誤ってしまうと、ただの自己満足に成り下がってしまいます」
少女の濡れそぼった目を見つめながらジードは締めくくる。
「よって、私たちのような人間に”誉れある死”は存在しません。主を思えば死ねず、しかし主を死なせるわけにはいかない。そんな厳しい状況の中で生き続けるしかないのです。それこそが、真に仕える――ということ。
私は、そう信じているのです」
話し終えて一息つくと、ジードは照れ笑いを浮かべた。
「いやいや、年寄が長々と話してしまってすみません。聞いてくれてありがとうございます」
アーネットは目じりの涙を拭って、
「いえ……私――ジードさんに会えて本当によかったです。私とコイド様のこと知っていたんですね?」
「ええ、姫様に聞きました。同じ志を持つ者として、差し出がましいようですが話させていただきました」
「差し出がましいなんて、そんな! ありがとうございました。本当に、本当にありがとうございました!」
アーネットが立ち上がって深々と頭を下げる。ジードは『いえいえ』と謙遜しながら頷いた。
「さて――ではこちらも魔法の修行を始めましょうか」
「はい、よろしくお願いしますジードさん――ところで、私なんかが本当に魔法を使えるのでしょうか? 確かに魔法都市出身者の末裔ですけど、今まで一度も使ったことありませんよ」
「問題ありません。魔法使いの血を持つ者は”魔法名”を知れば、すぐに魔法を使うことができます」
「魔法名……?」
アーネットは首を傾げた。




