エレドペリ王都防衛戦 12
「そうか――ご苦労。下がってくれ」
王城がもぬけの殻であることを知らせに来た兵を、男は視線もくれずに下がらせた。
人気のない王座の間――男はしばらくで佇んでいた。
そこに一人の女がやってきた。
ドレスと鎧の中間のような衣装を身にまとっている。鎧と同じ金色の髪、華やかな顔立ち、自信に満ちた瞳、不敵に結ばれた口元。衣装と同じく、強さと可憐さを併せ持っている。
女は何もせず突っ立っている男を見て、ふふ――と笑みを漏らしてから口を開いた。
「どうやら王は逃げたみたいね。探しに行かなくていいの?」
男のひょろりと細長い体は微動だにしない。女に背を向けたまま、
「その隙に王都を占拠されてはかなわない。君は昔から抜け目ない人間だった――そうだろ、ダンバイザード」
「お互いさまよ――それとね、せっかく新しい体を手に入れたんだがら昔の呼び方はやめてちょうだい。私はアイナ=イシトール――あんたは?」
「ルーク」
「あら、お似合いじゃない。影の薄いあんたにピッタリよ。子孫に感謝ね」
悪魔も凍りつくような美しい微笑で片目を瞑って見せるアイナ。
ルークはやはり、向き直ったりしない。彼女の憎まれ口にも付き合う気は無いようだった。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「どうって?」
「お前とは一時的な同盟を結んだだけだ」
「アイナよ、ア・イ・ナ――そうね、私としてはまだまだ欲求不満だけど、すぐ決着を付けるってのも普通すぎて詰まらないわね」
「同盟を継続したいのか」
「“続けてあげてもいい“よ――フィラカルティーのヤツはしくじったみたいだけど、他の二人が気がかりね。少しでも動向が分かるまで、私は王都に居座るつもり。ルークは?」
「俺は――」
少し考えて、
「王都に残ろう」
「理由は?」
「言う必要があるか」
「無いけど?」
「…………」
ルークはようやく振り返り、アイナの顔を見た。そして、
「お前が居るからだ」
ほとんど口を動かさず言った。
アイナは「あら!」とわざとらしく反応した。
「何よアンタ、ひょっとして私のこと好きだったの? もしかして五百年前から? ねえ、そうなの?」
「命の危機を感じていないと俺は俺でいられない――分かっているだろ」
そう言ったルークの瞳はガラス玉のようだった。何か無くてはならない物をそぎ落としてしまったかのような虚空が広がっていた。
「はあ――はいはい、分かってるわよ。冗談の分からないヤツね」
アイナは鼻白んだように肩をすくめ、しかし、直後にはパッと顔を輝かせた。
「それならさ、これから一緒に寝ましょうよ。あんたより何千倍も強い私が一晩中隣に居るのよ? とてもスリリングじゃない?」
「断る」
「なんでよ! 退屈させないわよ? 色んな意味で」
嬉々として提案するアイナだったが、ルークはピクリとも表情を動かさず、彼女の横を素通りし、
「そんなに堪らないのなら馬とでも交わっていろ」
そう言い残して王座の間から出て行った。
「――それもいいわね」
アイナは誰にともなく呟いた。
*
ローブアインとダンバイザードの両軍を相手にしてしまったフィラカルティーは、たまらず撤退して行った。彼らには指令を出す人間がおらず、不利をひっくり返すのは不可能だった。わずか半日足らずの短い戦闘だった。
それと同時進行で王と、王に味方する人々の王都脱出作戦が決行されていた。作戦といっても、王城地下に隠された秘密通路を通りエレドペリ王都から逃げるだけだが。
王や家臣たちはもちろん、市街地に出ていた親衛隊の兵士たちにも密令が発せられ、約五百人が逃げ伸びた。
そして、王都を出た一行はルドラカンドを目指した。ルドラカンドは王都に帰属する唯一の都市である。逆に言えば、それ以外のどこへ行っても安全とはいえなかった。
――深夜、ルドラカンド学園、自治会室。疲れ切った男が二人。
「王様はどうした」
「何やら熱を出して寝込んでいるよ。まったく、こんな時こそしっかりしてほしいんだが……」
ゴウはソファの背もたれに頭を乗せて天井を見つめながら愚痴った。
「仕方ない。王様だって人間なのさ」
「そいつは初耳だ」
「しかし、どうしたものか――」
「どれについて“どうしたものか”なんだ? 問題は山積みだぞ」
「ああ、まずはそこからだな……」
リードは会長机に頬杖をつき、しばし考えた。
「国を守るという使命はもはや無い。実質、国は無くなった」
「ああ」
「国を取りもどす――というのも何か違う気がする」
「同感だ。王がアレだしな――まあ、そもそも王国に住んでいるっていう自覚が薄いんだ、俺たちは。故郷といえば、俺はカタードス、お前はフィラカルティー。ルドラカンドとは思えない」
「そう――薄情かもしれんが、エレドペリという看板は、捨ててもいい」
ゴウはガバっと体を起して、
「見えてきたな。そこだ――戦いの時代が戻ってきた。これから、彼方此方で火種が生まれ燃え上がることだろう。
まず決めなければならないのは“戦うかどうか”だ」
「ふむ――面倒だな……今まで通り、のんべんだらりと生きたいものだが」
「俺だってそうさ――だったら、俺たちの手で戦争を終わらせよう、と立ち上がるか?」
「それはさらに面倒だ」
「お前ねえ……しかしまあ、そうだよな――ここに居るのは子供と敗残兵と頼りない元王様だけ。五大貴族を相手に、とてもじゃないが勝てる気がしない」
「五大貴族というより、五大王だな――王が復活したなら、魔法王も復活すればいいのにな」
「魔法都市か――そいつはいいな。全部解決してくれそうだ」
二人は同時に深い溜息をついた。
王都奪還戦は、一応の終結を迎えた。しかし、王都を覆う暗雲は今だ晴れず……。




