エレドペリ王都防衛戦 10
「ああああああ!」
図太い悲鳴。続いて納屋の屋根が破れる音。王城から少し離れた場所だった。
コーブは瓦礫の上で体を起こし、頭を振って埃を払った。
「まったく――助かった……」
恐らく納屋の上に落下したのは偶然だろう。適度に脆い屋根と鎧が無ければあるいは……。
ゾッとすると同時に安堵も感じていた。
彼が飛ばされたということは“策”が上手くいったに違いなかった。
地下の特殊牢からハンマーで折り取った魔法無効効果を持つ鉱石の鉄棒――それを使った奇襲作戦。
まずコーブが鉄棒を持ち敵に突進。城壁での戦いを考えるに、敵は潤沢な戦闘経験を持っているはずであり、武器の不自然さに気付くはず。そして、慎重になる。最も安全な立ち回りは何か――と考え、不安要素をすべて取り除こうと結論を出すはず。
あくまで予想であり、不確定要素の多い策ではあったが、それでも他に手がない以上やるしかなかった。直前で尻込みしたロフスの方が当たり前であり、何の躊躇いもなく実行したコーブが異常だった。
しかし、結果から言えば、上手くいった。
フィラカルティーはコーブと鉄棒を同時に転移させようとしたが、鉄棒だけ残り、そのことに気を取られている隙に、コーブのマントの陰に躍り出たロフスの投槍により重傷を負った。
王都防衛の本文である“王の命を守る“をやってのけたのだ。
が、コーブは落下のショックから覚めると、すぐさま立ち上がり納屋を出た。
「やれやれ――」
煩わしげに呟くと、市街地の方に向かって行った。
*
ロフスは剣を構えフィラカルティーにゆっくり詰め寄って行く。
まだ動ける三人の親衛隊員たちも、ようやく我に帰りロフスと同じようにした。
フィラカルティーは膝を付き首を垂れ、止めどなく流血を続ける腹の傷を押さえていた。
侵略者は今や虫の息であり、殺すのは容易い。しかし、相手が相手であり、最後まで油断できない。そう言った思いがロフスたちを慎重にさせていた。
まさしく四面楚歌――が、フィラカルティーは「グハハハハ……」と力なく豪快に笑った。
「まさか、この俺が不覚を取るとは思わなんだ――負けだ――負けを認めよう……それもまた戦の華といえようぞ――」
ロフスは唇を噛んだ。自分たちは勝った――ヤツの言うとおりヤツは負けた――だというのに、この余裕。不気味だ。
腹の底に落ちた不安を払しょくするようにロフスは努めて声を張った。
「虚勢を張るな。鬱陶しい――我らは油断なく貴様の首を取る。戦士であるなら潔い最後を受け入れよ」
フィラカルティーは再び「クククク――」と笑って、それから、目を見開き、血を吐き散らしながら声を張り上げた。
「俺は負けた――しかし、死ななければ、我が軍が負けたということにはならん!」
「貴様――!」
ロフスに予感が走った。マズイ――と。
躊躇を押しのけ、床を蹴り、敵の左胸目掛けて突きを繰り出す。
しかし、その剣は虚空を貫いた。フィラカルティーの姿は一瞬にして消え去った。
「クソッ――まだ魔法を使えたのか」
地団駄を踏むロフス。兵の一人が言った。
「何を憤っているのだ。あの傷で転移魔法など使えば、ロクに制御も出来ず空中に投げ出されるのが関の山。我らが手を下さずともヤツは自ら死ぬ。問題無かろう」
「確かに、ヤツの死は揺るがない。しかし、その死体が見つからなかったらどうです? 今もなお王都を攻撃し続けている八千の敵に大将は死んだぞ――といって回るおつもりですか!?」
「それは――そ、そうか……」
その兵も気づいたようだった。
「振り出しに戻っただけです――戦争は終わっていない」
ロフスは踵を返し王座の間から出て行った。
*
陽動からの、建物の上下差を使った奇襲。それは一方的な戦いを可能とした。
攻城軍からすれば、厄介なことこの上ない。ただでさえ、入り組んだ道を散策する手間があるのに、加えての奇襲である。されるがままの時間がしばらく続いた。
しかし、結局、奇襲は奇襲でしかなく、一度使えばすぐさま対策されてしまう。
攻城軍は十数人の隊を組み行動することを始めた。
一方的に攻撃できるとはいえ、人数に限りのある防衛軍は、隊を一度に倒しきることができない。生き残った数人が、他の隊を呼び、逆襲される――という連帯によって、地の利を生かした戦いは次第に効力を失っていった。
策がついえてしまえば、残るは歴然とした“数”である。防衛軍は敵の兵ばかり目につき、攻城軍は味方の兵ばかり見かける。こうなれば、急いで城を取る必要もない。
殲滅戦――それも、ゾウがアリを踏みつぶすがごとく一方的な。
攻城軍の勝利は、すでに確定している。
「いいか、諦めるな――そして、絶対に死ぬな。行けっ!」
コーブは建物から走り去る味方兵の背中を見つめ、心の中で「上手くやれよ」と呟いた。
敗色濃厚――彼は市街地に入った瞬間、それを実感した。
やはり、フィラカルティーを倒しても戦いは終わらなかった。圧倒的な兵力の差をどうにかしなければ、結局王都は陥落してしまう。本当の戦いはフィラカルティーを倒した後に始まる――そう覚悟していたはずだが、しかし、この圧倒的な差を目の当たりにすると、いかんともしがたい恐れがあった。
戦いの渦中に飛び込み援護し、時には今のように孤立した兵を逃がしたりと、コーブは自分にできることを全力で続けている。
しかし、いつまでたっても徒労感は拭えない。何をどうしようとも、味方の死体は増える一方だし、それ以上に敵の死体も増える。そうして殺し合った先にあるのは敗北と空しさだけ。であれば、自分は何のために戦っているのか――。
空しい……あまりに空しい。戦争を楽しんでいるらしかったフィラカルティーを心底軽蔑した。きっと、一生その心境は理解できないだろう。したくも無い、と。
「はあ――」
コーブの溜息は窓から飛び出し底抜けに青い空に吸い込まれていった。この建物から出て次の争いに加わる気概が足りない――。なんとか自分を奮起させようと、心を落ち着ける。凪いだ湖面から波が生まれるのを待つ……そんな時だった。
「――なっ。あれは……?」
コーブは弾かれたように立ちあがった。
その瞳には、悠々と空を飛ぶ闇色のドラゴンが映っていた。




