エレドペリ王都防衛戦 8
王座の間――バタンと不作法にドアを開け放ち、白髪の男が王座に歩み寄る。そこに居た十数人の兵は、もちろん男を止めに走ったが、たちまち姿が消えた。ここではない何処かへ転移させられたのだ。
男は王座の前に立つと、ニヤニヤ笑いを顔に浮かべ、不遜に言い放った。
「よう、王様――新しい王様が来てやったぜ」
それを受けるは王座に座った人物――無論、王である。王は額に汗を幾筋も浮かべ、絶え絶えと息をついた。
壮年期に近い男に比べ、王は随分と頼りない。黒目がちな大きな目にほっそりとした顎のライン、ともすれば童顔とも称せる。それなのに、口元には髭を生やしているので、どこか背伸びをしたい子供のように映ってしまう。
有体に言ってしまえば、威厳など全く感じられない若者――であるが、彼こそこの国で最も位の高い人物――エレドペリ王、ザガム=エレドペリなのだった。
(くそっ――どうしてこうツイてないんだ、私は……)
ザガムは、肘あての上で拳を握りしめた。
その脳内では、これまでの人生を思い返していた。
見た目通り、ザガムはまだ若い。
先代の王は若くして病死。ザガムはまだ十代の頃であった。王になるための素養を身につける勉強が終わり、これから父のもとで経験を積もう――という矢先に、先生が居なくなってしまった。
それは、ザガムに大きな苦労を背負わせた。一通り知識はあるのだが、それを生かしきることができず、幾つもの失敗を重ねた。本人の控えめな性格も災いして、しだいにザガムは議会や公務を敬遠するようになる。
風の噂で“お飾り王”やら“マスコット”やらという冷やかしが聞こえてくるにつれ、心まで病みかけていた。
こんな時に父が居てくれたら――そう思わない日は無かった。
しかし、彼にも僥倖は訪れた。
その頃、閉じこもりがちだった彼だが、どうしても出席しなければならない席もある。家臣に懇願され、嫌嫌だが、その日ザガムはパーティーに出席した。
そこで運命の女性と出会ったのだ。
火の国ダンバイザードから出席していた、とある貴族の娘――ザガムは生れてはじめて一目ぼれを経験した。
生来より意志薄弱であり、加えてしばらく気を病んでいたザガムだが、気づけば娘の元に歩み寄り、目を真っ直ぐに見つめ話していた。
その夜、ザガムはしばらくぶりにストレスと不安以外で寝不足を覚えた。
これは良い兆候だと気を良くした家臣の助けもあって、出会ってから一月足らずでザガムと娘は結ばれる運びとなった。
それからザガムは幸せな日々を送った。それまでの苦悩がウソだったかのように、素晴らしいことで満ちていた。
妃となった娘は大変頭がよく、出来た女だった。良い女は男を強くすると言うが、まさしくそれであり、しだいにザガムは議会に顔を出すようになり、積極的に国の祭りごとに介入して行った。それは、妃が幾千の言葉をもってザガムの心を解きはなった成果であった。
結婚から二年が経ったところで子供ができ、夫婦仲も良好を保ち、ザガムは引き続き目を瞑っても幸せを感じるような日々を送っていた。
妃が死んだのは子供が二足で歩けるようになってすぐの頃だった――。何の因果か、先代の王と同じ病気だった。
ザガムは落胆の底に落ちた。その空虚さたるや、妃と出会う前のくすぶっていた時期と比べてもさらに深刻なものだった。
休まず参加していた議会にもパタリと出ることを止め、一切部屋から出て来なくなった。子供の世話は元より家臣の仕事だったが、初めて彼の名を呼んだ子供に対して、笑うことができなかった時から、子供の顔を見に行くのもやめた。
すでに彼にとって人生とは余生にすぎなかった。光も希望も無い――時計の針が進むために存在する虚無――それが世界だった。
望むべくは、空っぽのまま人形として生きたかった。子供が成長し、自分のようにつまずくことの無いよう、せめてもの教えを施す、その日までは――。
しかし、現実は残酷だ。
子供は彼の前から姿を消し、行方知れず。
立て続けに、公爵たちの反乱――開戦……。
(どうして――どうしてこうも……)
呪いのように世界を呪う言葉を反芻し、しかし、ザガムには目の前の侵略者を睨みつける気力は無かった。
「速いところ――――」
殺すがよい。そう言いかけて、しかし、言い切ることができなかった。なぜ? 私は死にたくないのか? これだけ辛いのに――どこにも生きる意味など見いだせないのに。
王の動揺を察したのか、男は鼻白んだようにフンと笑った。
「――おいおい、頼むぜ。こちとら五百年ぶりに体を得て、また楽しい楽しい戦争ができると胸躍らせて来たんだぞ? それなのに、お前らと来れば、戦略はガキのお遊びレベル、大将はフヌケの人形……冗談にしても趣味が悪いぞ?」
侵略者に趣味の善し悪しを問う資格があるか――勝手なことばかりのたまいやがって。
ザガムは怒りに震えながらも、やはり、言葉を発することはできない。
そんな王を見て、男は今度こそ堪忍袋の緒を緩めたようだった。件のニヤニヤ笑いは影を潜め、今や憎しみをあらわにしている。肉食獣にも似た遠慮の無い殺意が王を襲う。
「終わりにしようか、王様よ――胸糞悪い」
男が腰に携えた剣に手を掛け、鞘から抜き取る。弓兵たちを切り伏せた時の生々しい血が刀身にこびり付いている。
「俺はお前が嫌いだ――だから決めたぞ。お前を殺し、王都を我が物とした後、消息を絶ったというお前の子供を見つけ出し、俺が面倒を見てやろう」
「…………」
「俺は知っているぞ――この体が記憶している――お前の子供は女だ。世襲の関係で世間には男と公表しているようだがな――」
「――くぐっ……」
「ちょうどいいじゃねえか。手足を切り落としてよ、死ねないように綿でも噛ませて――それから……」
「うあああああ!!」
ザガムは完全に我を失い、王座の肘置きから仕込み剣を抜き取り男に切りかかった。
「おっと――」
男は難なくかわす。
ザガムは自分の足に足を取られ、不様に床をなめた。
「っつ――くぅ……」
それでもなお怒りに歪んだ顔を見せるザガムを見て、男は「ブワハハハ」と豪快に笑った。
「そう、それだ! いいじゃねーか。やっぱり、最後まで諦めないといいことがあるもんだな。
さあ、王様よ――俺を殺してみろよ。木偶人形の振りして、本当は守りたい物があるんだろ? さあ、さあ、さあ!」
ザガムはフーフーと肩で息をしつつ、剣を頼りに立ちあがる。
「黙れ、下郎が! 私に守る物など無い……決して――無い……」
「では、なぜ立ちあがった?」
試すような視線。ザガムは目を瞑り、
「それは――お前が憎くて仕方が無いからだ!」
カッと見開きつつ言い放った。




