エレドペリ王都防衛戦 7
なんとも呆気ない開戦だった。
歩き続けていたら障害物があったので攻撃した――と言わんばかりであり、ある種通り魔的ですらあった。
フィラカルティーにとって戦は日常にすぎず、一々兵の指揮を煽ったり、敵を前に勝鬨を上げるような手間は掛けないのだ。敵を定め、そこまで行き、滅ぼす。それだけだ。
フィラカルティー軍はまず、王都の城門を破りにかかった。巨大な木の杭を二百人以上の兵が持ち上げ、ゴウン――ゴウン――と地の底から響くような音でぶつけて行く。防衛軍は城門破りを阻止すべく城壁の上から矢を降らせた。文字通り杭打ちで手が塞がっている兵たちが次々倒れる。
セオリーならば、次に攻城側は城壁に梯子をかけ、弓兵を倒しに行く。しかし、フィラカルティ―軍は梯子を用意していない。
最初に気付いたのは、物見台で鷹の役割を果たしていた兵だった。彼は、城門前に集ったとてつもない数の敵兵に及び腰になりながらも、その役割を果たしていた。敵の大将フィラカルティー公爵は軍の最後尾に居た。兜どころか鎧もつけずに、同じく一切の装甲を付けない馬の背に跨っていた。望遠鏡では表情までは見えないが、その白銀の頭髪は間違いなくフィラカルティー公爵であり、常にその場所を把握するのが彼の役割だった。
軍で最も死んではならない人物が、もっとも軽装でいる――何か意味があるのか。
そう考え始めたところで、望遠鏡の中の人物と一瞬目があった気がした。驚きと恐怖で、一瞬目を離す。そして、もう一度望遠鏡を覗きこむと、そこに敵の大将は居なかった。
直後、眼下の城壁の上から幾つもの悲鳴が聞こえた。彼は、信じられない物を見た。
いつの間にか城壁に上がり、自軍の兵を次々と切り捨てる人物が居る。
「な、なんだと……」
それがフィラカルティー公爵だと気付いた瞬間、彼はその場にへたり込んだ。これ以上自分にできる仕事は無い――もう立ち上がる理由が無かった。
城門破りを成し遂げるべくフィラカルティーが取った策は“自らが単騎で切りこむ”というものだった。
防衛軍側からすれば寝耳に水の奇襲である。まさか敵の大将自ら一番槍を務めるとは思わない。結果、城壁の上で弓を射ていた兵たちが次々切り捨てられるのを、城門の前で待機していた兵たちが指を咥えて見ているしかない――という間抜けな状況となった。フィラカルティーの手腕は、それほどまでに可憐であり、一方的であった。
妨害の無くなった木の杭は悠々と前後運動を続け、最初の一突きから五分ほどで城門をぶち破ってのけた。
総勢八千の兵たちが次々と城内に駆け込んで行く。まさに破竹の勢いである。護衛軍は、その勢いに押され、早くも怖じ気づき助けを請う兵すらいた。
城門を抜けると、しばらく迷路のような市街地が続き、その先に王城がある。護衛軍としては、この市街地で地の利を生かして不意打ちを仕掛けて行くのが常とう手段となる。攻城軍は、あらかじめそれを想定しては居たが、見えない敵からの攻撃というのはやはり厄介であった。数による有利は依然変わらないが、城門破りで得た勢いは殺されつつあった。
地の利と個々のポテンシャルを生かし、絡め手で有利を取る防衛軍――圧倒的物量でもって王都を引き潰さんとする攻城軍。
フィラカルティーの有利は変わらないが、一方的とは行かない戦況であった。
*
「バカな早すぎる――弓兵どもは何をしていたんだ」
「それが、フィラカルティ―公爵自ら――」
護衛軍上官たちが集まる立策室に動揺が走った。息絶え絶えで駆け込んできた伝令兵が話した内容は彼らにとってショッキングなものだった。
「なぜそういうことになる! 何者なのだヤツは!」
冷静さを失った司令官の怒号が響き分かった。話の中心はフィラカルティー公爵の見せたあり得ない戦闘力についてだった。ただでさえ難色を示していた指令部に舞い込んだ悪い知らせ――それは皆の冷静さを奪うに十分だった。
が、ただ一人、まるで表情を変えない男が居た。
「私に心当たりがあります」
そう言って、皆が集まり作る輪の中に躍り出たのは、髪を後ろに流した巨体の男――コーブだった。
皆の視線がコーブに集まる中、鼻の頭にしわを作った司令官が促した。
「言ってみろ――手短にだ」
コーブはコクと頷いて、
「私は奴の息子、リードティラムントの力を見ました。彼の魔法は銃弾すら容易に回避してみせました――その父親であるヤツのことです、一瞬にして城壁の上まで移動しても不思議はありません――そして、更なる一手も想像ができます」
それは? ――皆の目に期待が宿る。
「ヤツの目的は王です。その王の周囲の警備が一番手薄になるのは――きっと戦争中でしょう」
指令室に集った全員が走り出した。皆感づいたのだ。単騎で王をとれるであろうフィラカルティーがわざわざ戦を仕掛けた理由――それは、王の警備を薄くすること。王城へ敵を入れないよう兵を配置する、ではだめだったのだ。
王が危ない――皆、一瞬でも早くと王の元へ駆けて行ったのだ。
そんな中、コーブは部屋に残った。そして、部下であるロフスに言った。
「お前は武器庫へ行ってハンマーをもってこい。なるべくデカイやつを二つだ」
「ハンマーですか? は、はい――しかし、どこに持っていけば?」
コーブはロフスの背を一度叩いてから走り出した。
「地下室だ。俺は先に行っているから、頼むぞ」




