エレドペリ王都防衛戦 5
王都エレドペリから北に十キロほど進むと背の低い木が立ち並ぶ林が広がっている。フィラカルティー軍は、そこをキャンプとしていた。
その上空を飛ぶ鳥は、その意味が分からずとも本能的に恐怖を覚えるだろう。木々の間に蠢く銀色の鎧と、鼠色の丸い傘をもったテント、鋼で武装した馬――それらがどこまでも続き、木々以上に地面を覆い隠しているのだから……。
総勢八千以上を誇るフィラカルティー軍――木々の間に隠れ、まんじりともせず、勝利をもたらす兆しを虎視眈々と覗っている。
その林の入口に一人の少年が歩み寄って行った。目に見えそうなほどの殺気を纏った兵たちが、たちまち少年を取り囲み四方から槍を向けた。
しかし少年は涼しい顔のまま、無抵抗を示すポーズをとり、ゆるりと言った。
「お父様は何処に居る? 会いたいのだが――」
何を言っている――兵たちの殺気がより強まった。しかし、一人の兵士が気づいた。めったに人前に出て来ないが、王国でその名を知らない者は居ない。
その兵士は、同胞の槍を引っ込めさせ、少年の前で膝をつき首を垂れた。
「失礼いたしました――リード様」
少年――リードティラムントはへりくだった兵士の態度に迷惑そうに頭を振った。
*
林の中ほどに、その赤い傘をもったテントはあった。入口の前に二人の兵が槍をもって立っている。周囲には人の影が無く、そこだけ忘れ去られたかのように静かであった。
リードは一人の兵士に連れられて、テントに近付いて行く。すると、入口の守護兵が槍をクロスさせてリードを阻んだ。
「リード様です。公爵様に会いたいと仰るので、お連れしました」
守護兵はリードの名を聞いて、一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま平静を取り戻して、
「申し訳ありませんが、通す訳には参りません。誰も入れるなと仰せつかっております」
高圧的な態度で言った。
リードは「ふむ――」と呟いて、
「子供が父親に会えんのかね。可笑しな話じゃないか? なにも、危害を加えようって訳じゃない。通してくれたまえよ」
しかし、守護兵はリードを無視した。依然として槍を傾けている。
「まったく……」
リードが溜息をつくように呟いた、次の瞬間――
「なっ?」
二人の守護兵の手から槍が消え、それおとほぼ同時に、地面から槍が生えてきた。その先端は、守護兵たちの顎の下数ミリという所で静止した。僅かに頷いただけで槍の先端が顎を貫くだろう。
二人は尻もちをつき後ずさる。いったい何が――という驚きが顔に満ちている。
そんな中をリードは散歩でもするような緩やかな足取りで進んで行く。
いけない、止めなければ――震える足に鞭打って立ちあがる守護兵。しかし、立ちあがっただけに留まった。リードの顔を正面から見た瞬間、それ以上動くことができなくなってしまった。
「…………な」
と意味を成さない呟きを洩らしたのはリードがテントに消えた後だった。一言でも言葉を発せようものなら、俺は――きっと殺されていた。
二人の守護兵とリードを案内した兵士――三人とも、天から降りてきた神様でも見たかのように、呆気にとられ続けていた。
そして、三人が正気を取り戻す前に、テントの中からスパパパパパパパと鋭く連続した音が響いた。
*
リードはテントに入った瞬間、魔法を発動させた。ここから百キロ以上離れた自宅の倉庫から五百本のナイフを転移させたのだ。
テントの中の様子を確認するより先に魔法を使ったので、土煙のせいでリードの視界はしばらく役に立たなかった。
しかし、それで問題無かった。フィラカルティー公爵を殺すことができればいい。方法や、余計な犠牲者なんて構っている余裕は無い。とにかく、確実に殺す――それがリードの目的だった。
ビリビリに裂けたテントの布の間から土煙が抜けて行く。奥に重ねておかれた幾つかの木箱、椅子、防寒用の布類、などなど、テントの中にある全ての物にナイフが刺さり、ハリネズミのようになっている。
リードが魔法を使った時点でテントの中に人がいたなら確実に死んでいる。
しかし、死体は何処にも無かった。
「ようリード。久しぶりだな」
酒に焼けてざらざらした野太い声――それは、リードの背後から聞こえた。
その瞬間、テントのそこらじゅうに刺さったナイフが音も無く消え去り、ほぼ同時に今度はテントの入り口付近、リードが立つすぐ後ろの空間、広範囲にナイフが降り注いだ。
そこには三人の兵士が居るが、リードは構わず攻撃した。三人に当たらないようコントロールして魔法を使った訳ではない。一度に五百本のナイフを操る――それはリードの力をもってしても正確な制御はできず、大まかな範囲を指定するのが精いっぱいなのだった。犠牲は厭わない――そういう攻撃だった。
リードがゆっくりと振り向く。そこには四つの死体と大量のナイフがあるはずだった。
「な――なんだと……」
リードは目を見開いた。もはや、白眼がむき出しになった三対の瞳――しかし、それらは間違いなく生きている。そして、リードが飛ばしたはずのナイフは影も形も無く、地面や木に刺さった後もみられない。
どうなっている――狼狽するリード。声はまたしても背後から響いた。
「聞いてたのとは随分と違うが――お前、本当に俺の息子か?」
リードは恐る恐る再び振り返る――ボロボロになり、そこらじゅうから日光が差し込むテントの中。穴だらけになって、何とか自立している椅子にふてぶてしく腰をおろし、嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべる男――白銀の髪を後ろで一つに束ね、同じ色の口髭を蓄え、皺が目立つが精気に満ちた顔つきである。
リードは消え入りそうな声で呟いた。
「お前は……何者だ」




