エレドペリ王都防衛戦 4
ゴウ=ハーディライトが王宮地下を後にした場面まで時間は戻る――。
数人の役人が地下への扉を開き、顎でしゃくるように男を促した。男が「分かっている」と頷くと、役人たちはそそくさとその場を去って行った。
またアイツか――地下へと続く階段を下りながらコーブは煩わしさを感じていた。王族親衛隊の中でも幹部に名を連ねるコーブであるが、このところ命じられた指令と言えば、子供を王都に連れてきたり、かと思えば地下牢に閉じ込めてみたり、王の勅命とはいえ気持ちの良いものではなかった。
そして、今もリード絡みの指令のため、こうして移動しているのだった。
フィラカルティー公爵領地の背反に対して、王は全面的に戦う考えのようだ。つまり、フィラカルティーを“敵“と決めたのである。直接王と相対した訳ではないので、その怒りの程を窺い知ることはできなかったが、意思は固く敵の一切を許す気は無いようだ。
――その怒りはフィラカルティー公爵の息子をも許さない。
彼にはロフスという部下がいた。まだ若いが真っ直ぐで真面目な男だ。きっと近い未来、すぐに自分など追いぬいて重要な役割を担うだろうとコーブは日々感じており、それを楽しみに思っている。だからこそ、今回は連れて来なかった――ロフスは真面目すぎるゆえ、極端に視界が狭くなる時がある。唯一であり、決定的な弱点。それを解消するのが上司であるコーブの最後の仕事だ。その点において、これから自分が犯す罪をロフスに見せる訳にはいかなかった。
一生消えない傷となり、目を曇らせ続けることだろう。それはいけない。
コーブは心なしかゆっくりとした足取りで暗い通路を歩き、やがて、一際堅牢な牢屋の前に立った。
「君の父君――フィラカルティー公爵殿が王国に反旗を翻した――そして、王は君を“処刑”するよう命令を下した……」
コーブの瞳からは静かな覚悟が見て取れた。腰のホルスターから小型のピストルを抜き取り、淀みない動作で前方に構えた。彼は独り身であり、子供がいない――それが唯一の救いだった。
リードは何も言わずコーブを見つめていた。表情は何時も通り無感情。両手をポケットに突っ込み、肩幅に足を広げ、突然現れた処刑者と向かい合って立っている。
その堂々とした佇まいにコーブは恐怖を覚えた。今からお前を殺す――そう言っているのに、一回り以上年下であるこの少年は命乞いをするでも、慌てふためいて暴れだすでもなく、ただ静かに自分を見つめている……。分からない、いったい何を考えているのか。
それでも、コーブはすぐさま頭を切り替える。親衛隊に入って二十数年――嫌な場面など幾つも経験している。その度、自分は罪を背負い、その度、覚悟を強固にしてきた。彼の過去は彼を許さない――殺す。それが命令なのだから。
――パアン。
まるで冗談のような気の抜けた音。しかし、人の命を奪ったことを証明する音。
リードの体は一度ビクンと跳ね、続いて、ゆっくりとした動作で胸を抑え、それから膝を折り、バタンとうつぶせに倒れた。体から赤い液体が流れ出し、土に染みて黒く広がって行く。
死んだ――いや、俺が殺したのだ。こんな子供を……。
コーブの手がダラリと下がり、軽い音を立ててピストルが地面に落ちた。
これで彼の任務は終わりだ。実にあっけない。
「…………」
彼はしばらく死体を眺めていた。やがて、思い出したかのようにカギを取り出し、錠を外した。これは、命令に無い行動だった。今は王都そのものが切迫した状態であり、埋葬している暇はなく、したがって死体はそのままにしておけ――というようなことを言われていた。
しかし、コーブはこのままにしておくことができなかった。いくらなんでも可哀そうだ。そういう思いがあった。
リードのわきから手を回し抱きかかえる。驚くほど軽い――そう感じてコーブは顔をしかめた。
そのまま足を引きずるように死体を移動させ、牢屋の外まで運び出したところで、壁に寄りかからせた。錠と鎖を掛け直す。誰もいない牢屋には血の匂いが満ちている。
誰にも見つからないよう軍医の所へ連れて行こう。口裏を合わせてもらい、戦いが終わったらちゃんと埋葬してやろう。そんなことを考えていた。
――その時だった。
手の中から錠前と鍵が消えた。ハッとして顔を上げると、そこは地下道の廊下ではなかった。どういう訳か、コーブはいつの間にか牢屋の中に居たのだ。
「な――なんだ」
慌てふためきグルグルと視線を動かす。そこはリードのいた牢屋ではなかった。血の跡が無く、鉄格子も廊下側のみという普通の牢屋だ。その鉄格子まで走って行き、力任せに揺らすが、カギが掛っておりビクともしなかった。
俺が牢屋に閉じ込めれられた……?
コーブが状況を理解するとともに、廊下で足音がした。そして、現れる――能面を張り付けた様な感情の無い顔の少年が。
「リード? 何故――何故生きているんだ!」
コーブは声を張り上げた。まさしく幽霊でも見たかのようなうろたえ方だった。
「お前は、俺が――この手で……殺したはずだ」
「ぼくの唯一の友人が教えてくれたんですよ、上の状況をね。それで、もしかしたら処刑人がやってくるかもしれない――そう考えて、手を打っておいたんですよ」
気の抜けた様子で説明をしながら、リードは右手を前に持ってきて、その手首をコーブの方に見せた。そこには深々と切り傷が刻まれていて、今も血が流れ続けている。コーブは息をのんだ。
「貴方が銃の引き金を引いた瞬間、自分でやりました。いやあ――思いのほか痛くて、声を上げそうになりました。危なかった――ぼくが死んだと貴方に思いこませなければ牢から出してもらえませんからね」
コーブは混乱する頭で何とか理解しつつあった。リードは撃たれたふりをしたのだ。自分の手首を切って血糊を用意するという手の込んだ方法で。
しかし、だとすると一つの疑問が浮上する。
「弾は――俺が撃った弾は何処に行った? 装弾は確認した。銃の腕には自信がある――弾は確かにお前の胸を貫いたはずだぞ!」
リードは服の切れはしで傷ついた手首を応急処置しつつ、
「自分で言うのは恥ずかしいんですが、ぼくは“不動の騎士”だ。飛んでくる銃弾くらいどうとでもできるんです」
若くしてその名を国中に轟かせた不動の騎士リード=ティラムント。彼の転移魔法は専門家が裸足で逃げ出すほどの制度とスピードでありとあらゆる物を自由自在に移動させることができる。目で追えない速さで飛来する銃弾を無力化しても不思議ではなかった。
コーブも彼の名声を知っていたが、それも踏まえて、今回の指令を実行した。であるからして、リードの言った理屈には異を唱えざるを得ない。
「君を閉じ込めていた牢は特別なものだった――魔力の影響を受けず、通過させないという希少鉱石を加工して編んだ鉄格子が使われていた。だから、君は転移魔法で逃げることができなかった。投獄の際、事情を話す前に牢へ入れたのもそのためだ。
だというのに、魔法で銃弾を回避することはできたというのか? おかしいじゃないか、理屈がたがっている!」
リードは手首の処置を終え、コーブと向き合った。
「まさか、ヤツに感謝する日が来るとはね――僕は少し前からその鉱石のことを知っていた。アイグレッグ鉱石は確かに魔力を無効化するし、それで檻を作れば魔法を外に漏らすことも無いだろう。
しかし、ぼくは実際、アイグレッグでできた戦車に魔法を使ったことがある。その時、分かった――アイグレッグは魔法を受け付けない、動きを阻害する。だが、魔力自体を消滅させる効果は無いのさ」
「――それは、どういう……」
「つまり、牢の中から外に向けた魔法は使えないが、牢の中でのみ発動する魔法は使用可能ということだよ。例えば、体に銃弾が当たる寸前に軌道を変えるとかね」
「そうだったのか……」
コーブはようやく理解したようだった。そして、みすみすリードを牢から出し、不覚にも今度は自分が捉えられたという事実から、自分を責める気持ちが湧きおこり、
「それでは、ぼくは失礼します。お父様の所へ行き、話さねばならない」
「待ちたまえ――先に軍医を尋ねなさい。その傷はすぐには塞がらないだろう。危険だ……俺を信じろとは言えんが、君を捕まえたりしないはずだ。彼らは事情を知らない」
歩き出そうとしていたリードは一瞬立ち止まり、
「殺そうとしたり、労わってくれたり――変な人だ」
そう言って、姿を消した。
静かになったくらい牢の中――コーブは誰にともなく呟いた。
「本当に――よかった……」




