エレドペリ王都防衛戦 3
ゴウ=ハーディライトは幼少の頃に落馬を経験している。あわや生死に関わりかねない大事件ではあったが、幸いゴウは軽い怪我をしただけで済んだ。しかし、その事故は彼の心に後遺症を残した。ゴウは馬が嫌いだ。見れば鳥肌が立ち、背に跨るなどもってのほか。事故以来馬を敬遠し続けた。
そんなゴウが十数年ぶりに馬に乗った。およそ乗馬には向かない丈の長い使用人服を着た女は背後に問うた。
「無事ですかゴウ様」
涼しげで整った顔ではあるが、その眼光は鋭い。彼女はハーディライト家に仕えるメイドである。
ゴウは赤子のようにメイドの背を抱き締め、顔をうずめている。
「いいから急げ――」
「ゴウ様、僭越ながら申し上げます――まるで恰好がついていません」
「……うるさい」
メイドの軽口を叱る元気も残されていないようだった。
それも仕方が無い――ゴウはただでさえ苦手な馬に、かれこれ半日近く乗り続けているのだ。精神的にも体力的にもギリギリのところだ。
メイドは巧みに手綱を捌きつつ、今度は優しげに呟いた。
「城壁が見えてまいりました。もう少しの辛抱ですよ、ゴウ様――」
ゴウはそれに答えず、代わりにメイドの体に巻き付けた両腕にギュッと力を込めた。
二人を乗せた馬は、間もなく学生の町ルドラカンドに到着しようとしていた。
総勢八千のフィラカルティー軍が王都に迫っていることを知ったゴウは考えた。王都に常備する軍は多く見積もっても千五百――普段百姓をしている人間の多いフィラカルティー軍が相手だとしても、まず勝てないだろう。王都が陥落し国の秩序が崩壊するのは時間の問題。
それを回避するには王都に加担する者を増やし、フィラカルティー軍を退けなければならない。
本来であれば抑止力となる他の四つの公爵領地は当てにならない――残る勢力となるとルドラカンドしかない。
ルドラカンドには国中の有力貴族の子供が集う。ここが襲われてしまえば、文字通り国の“未来”が危うくなる。その警備体制の厳重さといったら王都と比べても遜色ない。護衛軍の総人数は約二千。王族親衛隊と合わせて三千五百――フィラカルティー軍の半分にも満たないが、しかし、こちらは国中から集められた精鋭ぞろいである。あるいは――いや、かなりの確率で勝てる。ゴウはそう踏んでいた。
しかし、そんなこと王も重々承知だろうに、ルドラカンドに伝令を出す素振りが一切なかった。だから、ゴウはこうして苦手な馬に乗って王都を出てきた訳だが、王の行動力の無さがずっと気に掛っていた。そこに何か重大な誤算があるような気がしてならなかった。
とはいえ、今は考えている場合じゃない。一刻を争うのだ。
ルドラカンドに到着したゴウたちは、その足で護衛軍の詰め所に向かい、事情を話した。軍の責任者はゴウの話を聞いて心底驚いていた。やはり、情報は伝わっていなかった。護衛軍が出陣準備を始めたのを確認すると、ゴウは学園に向かった。
ルドラカンドには護衛軍だけでなく“自治会”もあるじゃないか――メイドにしがみ付きながらゴウは思いついたのだ。自治会室に到着すると、すぐさまメンバーを集めた。その呼びかけには吸血鬼事件に関わった人々であるレター=パーケイトとコイド=コウヘイも含まれていたが、コイドおよび、その同居人の二人は消息がつかめないようだった。正直なところゴウはコイドを護衛軍以上の戦力として期待していたので、居ないことを知って落胆した。
と同時に、新たな違和感に囚われる。コイドら三人、ロカ、エイモス――こんな時に限って一騎当千の戦力となり得る五人が口裏を合わせたかのように行方知れずときている。
――何か意味があるのか?
一瞬そう考え、しかし、援軍を組織する作業に忙殺されてしまった。
そのせいで、この時ゴウは気づくに至らなかったが、事の始まりから時系列を追ってみると一つの事実に辿り着くことができる――始まりはエレジア王子の失踪、その直後にコイドが消息を絶ち、後を追うようにアーネット、メシア、エイモス、ロカが居なくなっている。
――すべては王子の失踪から始まっている。
これは、偶然ともとれるが、王都の危険を察知した実績を鑑みるに、あながちそうとも言えない。エレジア王子には特殊な能力があり、その王子が大きな行動を起こしたのと同じタイミングで失踪した五人の存在。何かしら関係がある可能性は高い。
それは、まさしく的を捉えており、考えが及んでいれば、他に選べる道もあったかも知れなかった。致し方ないが……。
自治会内で諸々の準備が終わり、日が昇る頃に出よう――という段取りまで決まった頃合い。護衛軍は既に王都へ向かっており、ゴウはようやく一息つけるという時だった。
少し休もうと自治会室のソファに寝転がった所で、扉が開き、見覚えのある二人が入室してきた。吸血鬼事件の中心人物レター=パーケイトとノーム=ラッカーである。
休みたいゴウは退出願おうと口を開きかけたところで、ノームが先手を打って言った。
「あの――ルドラカンドからまっすぐ南に進んだところで大きな戦いが始まったみたいです……」
だしぬけにそんなことを言われてゴウは酷く動揺した。なにをテキトーな。王都はここから真北にある。もし戦いが起きたならそっちだろう――と一瞬突っぱねかけたが、しかし、思い出す。ノームの口調からして、そう発言したのはレターだろう。そういえばリードから話を聞いた気がする。吸血鬼事件の首謀者から一転、普通の人間に戻ったレターであるが、しかし、不思議な力をもったらしい、と。
南の方で戦闘――各公爵領地の配置を頭の中で思い浮かべる。王都を中心として、頂点が五つある“星“を描く――ここから真南に行けば、そこはダンバイザードとローブアインのちょうど中間地点の国境に行きあたる。
(ダンバイザードとローブアイン……?)
二つの公爵領地の名をゴウは最近口にしたことがあった。
「まさか――――」
伝令兵を半殺しにしたフィラカルティー。そして、ダンバイザードとローブアインに向かった伝令兵は帰ってこなかった。これらは似たような対応と言える。断りの言葉すら余計だと言わんばかりである、という点においては。
「フィラカルティー軍と同じようにダンバイザードとローブアインも王都に攻め込んでいたとしたら……おそらく、ここから真南の――国境付近で鉢合わせる!」




