魔法使いの姫様
執事は俺とアーネを連れて城の高い所にある部屋に連れて行った。
そこには王座があり、一人の少女が座っていた。
「我が名はローズウッド=ラグネビリル。ブラクコンティーンを統べる者である。古くはマイラ=フランムークと名乗っていた」
なんと、この人が!
口調は大人っぽいが、その見た目は完全に子供だ。真っ白な肌に人形のようによくできた顔。髪は目覚めたばかりの俺と似た、超ロングの黒髪。そういえばアーネも黒髪だが、魔法使いは共通して黒髪なんだろうか。
「来ると思っていたよ。スターウェイ――さて、では早速始めよう」
「始めるって、何をです?」
「決まっているだろ、魔法を使えるようにしてやる」
何も説明してないのに分かってるのか。これはありがたい。
「ジード、そっちの娘はお前に任せる。きっちりと仕込んでやれ」
「は――お任せください」
執事さんはジードって名前だったんだ。
――って、何を仕込むんだ?
「ささ、アーネット様はこちらにどうぞ」
「え……いえ、私は――コイド様の傍から離れるわけにはいきません」
アーネは眉を八の字にしてジードに言った。
「心配には及びませぬ。ここはブラクコンティーン――スターウェイ=ランキャスター様の故郷にございます。危害を加える者などあり得ません」
故郷だったんだ。アーネも知らなかったようで驚いていた。
「それに、あなたは今スターウェイ様を守る身の上でありましょう」
「なぜそれを!?」
「姫様は何でも知っておられます」
ジードは王座のローズウッドを見ながら言った。
「そ、そうですか」
「誠心誠意尽くすことは、大変結構。しかし今のままでは、いざというとき主人を守れないでしょう。そんな自分が口惜しくありませんか」
「それは――そうかもしれません……」
「であれば、私にお任せください。魔法の手ほどきをいたします。そのために主人とのしばしの別れ――ということで如何ですか?」
ジードは柔和に笑った。ああ――俺もあんな風に年を取りたいものだ。
アーネもジードの態度に緊張を緩めたようだった。
「あのコイド様――行ってもよろしいですか」
「ああ、行ってらっしゃい」
「はい!」
アーネは嬉しそうに少し笑った。久しぶりに笑顔を見たな――我ながら情けないことだが……。
二人がいなくなり、俺とマイラ――いや、ローズウッドが残る。
すると、ローズウッドは立ち上がり歩いてきた。
「スターウェイ――ああ、その顔……懐かしい――」
そして、突然ギュッと抱きしめられた。
「な! なな――なにを!?」
「うるさい。黙ってて!」
「い!?」
急に口調が変わった。駄々をこねる子供のようだ。まあ、そっちの方が見た目にあってるけど。
「わたしとスターウェイは幼馴染だったのよ。ああ、この抱き心地……たまらない」
ローズウッドは頭を俺の肩にグリグリと擦り付ける。
やっべ……柔らかいし、いい匂いする――
「俺は本物のスターウェイ=ランキャスターじゃないんですけど――」
「そんなこと分かってるわよ、コイド=コウヘイ。分かってて抱き着いてんのよ――まったく」
「そ、そうですか」
それから、たっぷり五分くらいグリグリして、ローズウッドはようやく体を離した。危なかった――俺の理性は限界だった。
彼女はふぅ――と息をつくと、その幼い顔に落ち着きを取り戻した。
「さて、そんじゃ始めるわよ」
なんたる切り替えの早さ!
「その体にはスターウェイが作り出した魔法陣がいくつも刻み込まれているわ。コウヘイはそれを恐れてここまで来た――合ってるわよね?」
「はい――ホントに何でも知ってるんですね」
「あたしの魔法名は『監視』よ。知りたいことを何でも知ることができるわ。もっとも、生きている人間のことしか知ることができないから、復活前の仮死状態のあなたを見つけることはできなかったけどね」
「は、はあ」
とにかく凄いことは分かった。
「大量の魔力を消費しても”むこう”に連れていかれない方法がある――そのことは知ってるわね」
「はい、本物のスターウェイに聞きました。理解はできませんでしたが」
「うん、まあそれでいい。亜魔力の操作は高等技術だ――百年単位の修行を積まなければ会得できない」
「え!? それじゃ困ります。俺半月後に――」
「ルドラカンドに行くんだろ。何を好き好んで敵の支配下に置かれようというのか、まったく理解できん。まあ、それはいいか――スターウェイの力を制御するには時間がかかる。が、お前は力を使いたいわけではないのだろう?」
「はい、そうです」
「であれば、問題ない。力を封じてしまえばいいのだからな――ほれ」
と言って、彼女は何かを投げてよこした。
俺はなんとかキャッチする。それは、指輪だった。内側に細かいの字が彫られたシンプルなデザインのシルバーリング。
「これは――?」
「私が作った。特定の陣の発動を阻害する回路が仕込んである。スターウェイの魔法を知り尽くしたあたしにしか作れない”封魔の指輪”ってとこだな」
「へえ――これがあれば、もう勝手に魔法が発動したりしないんですね?」
「そうだ。肌身離さず持っているといい」
やった!
これで普通の学園生活が送れる……この世界に来て半月。ようやく準備が整った。
「あの、本当にありがとうございました!」
思い切り頭を下げる。
「なにが『ございました』だ。まだ帰らせないわよ」
「へ?」
「コウヘイは不死身の体を持つただの人間になった。あんたはそれでいいかもしれないけど、あたしは嫌なの」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
「――と言いますと?」
ローズウッドは穢れを知らない少女の顔でニヘラと邪悪に笑った。
「その体を使うことは許す。それは彼の決定だからあたしは従う。 ――でも、その体で誰かに負けることは許されない。そんなの絶対見たくないもん」
「ま、負けるって、俺は別に誰かと戦う気は――」
「その気がなくても、できちゃうものよ――敵ってやつはね。だから、強くしてあげる。心配しないで、時間はかからないわ。一瞬で最強にしてあげる」
楽しそうだ。まるで怪物を作り上げるマッドサイエンティルトのごとし。
「遠慮したいのですが――」
入口を肉眼にて確認――逃走の体制に入る。
「ほう、逃げようってか。いいよ、逃げても――でも、逃げたらアーネットちゃんに全部言っちゃうからね」
「い、言うって何を」
「まず、ずっとダマしてること。彼女はコウヘイを本物のスターウェイだと思ってるんだろ? 本当のことを言ってしまえばいいのに、お前は言った途端に彼女が離れて行ってしまうかもしれない――と恐れて言えないでいる。違うか?」
「違います」
そうです、その通りです。
ずっと悩んでいました。本当は嫌われるのを覚悟で言おうと思っていたけど、その前にケンカになっちゃって言えずじまいでした。
「それから、時折お前から感じられる”ピンク色の気配”を事細かに説明してやろうか。例えば昨日の晩、騎士の娘との一幕――例えば、つい先ほどあたしに抱き着かれていた時の心の動き――それ以外にもいっぱいあるからね」
俺は反抗しなかった。やめて――とか言って抗議してる場合じゃない。
これはもう、あれだな……相手は神様みたいなもんだ。歯向かうとか従うとか、そういう次元の話じゃない。不思議な雲で空を飛び世界の果てまで逃げたとして――神様の掌の上から抜け出すことはできない。
ならば、そのことを踏まえて身の振りようを決める――それが合理的ってもんだ。
――ふっ、ままならないものですね。人生というのは……。
「あなたの好きにしてください。それが俺の望みです」
俺は頭を垂れた。
「よろしい」
ローズウッドは満足げに頷いた。




