エレドペリ王都防衛戦 2
王都を守る五つの公爵領地――リードの父が頭首を務めるフィラカルティー公爵領地は王国の食糧庫と称される自然に恵まれた地域だった。武の国ローブアインと商業の国カタードスが最寄りの公爵領地であり、中でも、カタードスとは国同士の仲が良かった。毎年フィラカルティーで潤沢に収穫される作物を、港町であるカタードスに集う商人たちが国中に運んで行く――そういった商業的相性の良さが影にある。
リードとゴウが最初に出会ったのは二人が六歳の時、フィラカルティー公爵が開催した社交パーティーの場だった。双方の親が将来を考え、早めに合わせておこう――という考えがあったことをリードは随分後になって知った。
「あいつは――変わらんな」
暇にかまけて呟いた言葉は地下に大きな反響を残した。といって、気にすることも無い。王族親衛隊の兵士が食事をもってくる時間はまだ先だし、であれば独り言を聞く人間などおらず――そもそも、聞かれて困ることなど言っていない。僕が独り言なんて、珍しいな――などと、リードは投獄されたというのに、実に気楽に構えていた。
この牢屋は地面にまで鉄格子が敷かれており、土がまばらに被さってはいるが、寝転がると節々に鉄棒が当たって酷く痛い。それでもなんとか我慢できる体制を模索しつつ、リードは思考を戻そうとした。初めてゴウと出会ったのは……。
「あいつって誰のことだ? いや、お前に友達なんていないから俺のことか」
一人合点するその声の主は蜃気楼のような揺らぎと共にリードの牢屋の前に現れた。ゴウである。
リードは、がばっと体を起こした。能面を顔に張り付けたような表情は何時も通りだが、内心驚いていた。
「――やあ、久しぶりに顔を見た気がするよ、ゴウ。ところで、どうやって入ってきたんだ? 今、なにも無いところから幽霊みたく現れたように見えたが」
ゴウは小さく笑って言った。
「そいつは秘密だ。今は関係ないしな。
それより、上は大変なことになってるぜ。どうやら王様の懸念は杞憂に留まらなかったらしい……戦闘が始まる――相手は――リード、お前の親父さんだ」
「――なんだと?」
*
約八千――それはフィラカルティー公爵に使える兵の全てと推察でき、数だけ見れば王国内最大の人数であった。
「お前が投獄されて以来フィラカルティー近郊を監視していた調査団がついさっき帰ってきた。敵――いや、お前んとこの兵隊たちは真っ直ぐ王都を目指しているらしい。王族親衛隊の連中はてんやわんやだ」
「援軍に来たという可能性は?」
「伝令兵を突っぱねたんだ。王都の事情なんて知りっこない。それに、自分の国を空っぽにして全兵力を寄こしてきたんだぞ? 点数稼ぎにしてはやりすぎだ」
「だから戦闘という訳か――」
リードはしばらく考え込んでから、
「しかし、なぜ王都が焦る必要がある? 何のための“五大貴族”なんだ」
疑問を唱えた。
エレドペリが五つの公爵領地を置き、王都を守るように配置した理由――それは主に二つある。
建国当時に遡れば、そこには五人の王がおり、互いに鼻もちならないと牽制し合っている。魔法都市という強大な敵の登場に端を発した“軍事同盟”がエレドペリ王国の元である。互いに侵略しあうことを止め、決まりを作り秩序を敷き、そして栄える。そういった目的を成就するため、それぞれの王は公爵を名乗り、等間隔距離を取り銘々の領地を作った。争い合っていた王たちが一つの国を作るためには、小競り合いが起きないよう物理的な距離が必要だったのだ。これが一つ目。
二つ目――今回の場合、大事なのはこちらだ。王国内の力の均衡を保ち、それぞれ特色をもった文化を発展させる――そういった目的の元定められたのが“相互防衛兵役制度”である。これは、反乱を事前に防ぎ、万が一実際に反乱が起きた場合でも即時鎮静化するため、不穏な動きがあった場合、各公爵領地が持つ軍の指揮権が王都に移るというものである。
リードは、この相互防衛兵役制度について言及しているのだった。
「援軍が来るんだろ? 特にゴウやロカくんの所は僕の故郷と隣り合っている訳だがら、王都が攻め込まれる前に止められる。王都が焦る必要なんて――」
リードは何かに気付いたように口を噤んだ。
それに気付いたらしいゴウが先を続けた。
「そう、お前の想像した通りだ。全ての公爵領地に伝令兵が使わされた。フィラカルティーに行った兵のことは聞いたよな。ローブアインとダンバイザードに行った兵はいまだに帰ってこない。残り二つ――ブラクコンティーンと俺の故郷カタードスに行った兵は帰ってきたそうだが、徴兵をきっぱり断られたらしい。
全ての公爵領地が王都に反旗を翻した――八千の軍勢を止める術は無い」
「なんということだ――――」
それはエレドペリ王国の崩壊を意味していた。互いに牽制し合い保たれていた均衡が完全に崩れた――これで“王都陥落“などという事態に発展すれば、戦乱の時代に突入するだろう。
その予兆とも余波ともとれる皺寄せは、既にこうしてリードを束縛している。それは、カタードス公爵アニスハ=ディライトの息子であるゴウにとっても他人事ではない。リードは混乱に苛まれながらも、そのことに思い至った。
「君は――君はどうするんだ?」
こうして向かい合って話している今という時間は、とてつもなく希少な物なのでは――そう思い、リードの口調は自然と早口になっていた。
ゴウは一瞬視線を反らし、躊躇を見せてから――
――ギギィィィィ。
蝶番が軋む音――それは地上とつながる扉のものだろう。続いて幾つもの足音が。
「ゴウ……」
ほんの一瞬廊下の向こうに個を奪われて、すぐさま目を戻すが、既にゴウはリードの前から姿を消していた……。




