壇香梅の逃避行 16
突如ファンタジー世界に現れた四畳半の和室――最初は俺とエレの二人きりだったが、どういう訳か、知った顔が続々と入室してきた。
最初に来たのはメシアだった。入口の無いこの部屋にどうやって入ってきたのか知らないが、気づくと部屋の真ん中辺りに立っていた。メシアは俺と眼が合うなり、両目に涙を浮かべ抱きついてきて、しばらく泣き続けた。泣きやむと普段の彼女に戻っていた。いったい何があったんだと聞いてみたけど、答えてはくれなかった。しかし、何やら思いだし笑いならぬ思いだし満足しているようで、すこぶる機嫌は良かった。ならいっか――俺はそれ以上聞かないことにした。
次に現れたのはエイモスくんだった。ルドラカンドから逃げ出した手前、最初は気まずい気がしていたけど、彼は気にしてないようだった。この部屋に現れるまでの経緯を聞いて、俺は目を剥いた。エイモスくんが迷い込んだという知らない学校の教室というのは、俺が三十路の小井戸浩平だった頃居た世界にしか思えないのだ。そこで、一人の女の子と会って、大して身も無い会話をして、教室を出た瞬間この和室に出たそうだ。まったくどうなっているのか――。
その次は一気に二人、アーネットとロカだ。この二人の登場は衝撃的だった。なんせ、二人とも全裸のうえずぶ濡れで登場したのだから。俺は、事故的に二人のあられもない姿を見てしまい大変な目に会った。半日ほど昏倒から覚めることができなかった。二人の雰囲気を見ると、ここに来るまでに何かあったように思われた。暗いという訳じゃないが、浮かない様子。半殺しにされた手前、訳を聞く機会は無かったが。
まあ、何はともあれ、親しい知り合いが五人も現れ、ほとんどルドラカンドに居るのと変わらない状態になってしまった。傷心旅行のつもりが、どうしてこうなった……。と思わなくもないけど、これはこれで修学旅行みたいで良いかななんて思ったりもして。
幸いと言うかなんというか、この和室は、人が増えるたび機能が増えて行った。メシアが来た時は襖が一枚追加されていた。その向こうは寝室になっていた。本当にいつどのタイミングで出現したのか全く分からなかったけど、なかなか居心地の良い布団敷きの寝室が現れたのだ。エイモスくんが来た時は台所が増えた。冷蔵庫やガスレンジ、電子レンジなど気のきいた家電付きだ。いや、家電って……ここはファンタジー世界なのに。と心底呆れたものだが、それらと一緒に大量の食材も置かれていたのでひとまず忘れることにした。あの洋館で食べたビーフシチュー以来飲まず食わずだった俺とエレは飛び上がって喜んだ。エイモスくんが来たその日――といっても曜日の感覚は無いが、すぐさま料理を開始。俺とエイモスくんが台所に立ち、料理なんてできないというメシアとエレが畳の上でくつろぐ――という奇妙な場面を経て、大いに飲み食いしたのを覚えている。
アーネットとロカが来た時は風呂場やお手洗いが追加された。風呂以上にお手洗いが歓迎されたのは言うまでもない。泉の中で水浴びしていたというアーネットとロカは、ずぶ濡れのまま部屋に飛ばされた訳で、酷く寒かったらしい。すぐさま風呂桶に湯を張った。まあ、俺は気絶していたからよく知らないけど。
と言う訳で、四畳半はとても居心地の良い空間と化していた。なに不自由ない居住スペースだ。既に尻から根が生えている。
が、いくらなんでも、このままここで一生過ごすという訳にもいかないだろう。外に出なければ。
といって、なにをどうすればいいか分からない。六人で何度も話し合ってみたけれど、進展は無い。
そもそも、この部屋は何のために在り、なぜ自分たちが招待されたのか。そこからして不明なのである。
俺なんかは“神隠し”というオカルティックな言葉がチラつき、一人で怯えたりもしたが、よく考えてみればこの世界では向こうで言う所のオカルトが日常の範囲内にある。地下ダンジョン、それを守るゴーレム、本から行けるゲームのような世界、宝石に閉じ込められた獣――などなど、枚挙に暇がない。こう言ったらなんだが、謎の部屋に閉じ込められるなんて、それほど驚くことじゃないのかもしれない。
とりあえず現状維持しか選択肢が無い。だから、重く捉えず楽しく過ごそう――という方針になった。誰も異を唱えたりしなかった。
そのことがあってという訳じゃないけど、俺も含めて、のんきな人間が多いなあ、とふと思った。
それは、俺以外の全員とはじめましてのはずなのに、既に怖いくらい馴染んでいるエレも例外じゃなかった。口が悪く生意気なエレだが、しかし、子供っぽさも姉備えておりどうも憎めない。ポジションとしてはメシアと近く、カテゴライズするならば“くそガキ枠”である。事実、メシアとエレは一瞬で仲良くなった。キッチンに立つアーネットやロカにちょっかいを出して怒られたり、寝ている俺の顔に落書きをしてみたりと、実に楽しそうだった。
成り行きで知り合った間柄だけど、こうして仲良くなれたところを見ると、よかったなあとしみじみ思うのだった。
こうして俺たち六人の四畳半生活は続く――その意味や、行きつく先は分からない。しかし、とりあえず楽しんでいるのだった。




