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壇香梅の逃避行 14



 フロッグドッグは水辺に住むモンスターだ。巨大な犬の姿をしているが、水生生物であり、陸上で行動することは少ない。繁殖力が高く雑食であり、住み着いた周辺の生態系を壊すことから害獣に指定されている。

 討伐ミッションが持ち込まれることも少なくないが、フロッグドッグは少々厄介な特性をもっており、退治するとなると敵の数の三倍はハンターを用意する必要がある。もし、単独行動中に出会ってしまった場合、逃げるのがセオリーだ。

 というのに――


「……マジ?」


 黒髪の女、アーネットは突然現れたフロッグドッグ三体を一瞬で追い払った。通常であればそれなりに名の通ったハンターが九人は必要となる場面だったのに、それをたった一人で……。

 アーネットは逃げて行くフロッグドッグの後ろ姿を見送って、こちらに向き直った。その手には変わった武器をもっている。金色の円盤に持ち手を付けたような物で、斧にも盾にもハンマーにも見えた。その円盤の一部にフロッグドッグの体毛が付着している。それを見て、私はさらに驚いた。


「なにやら変わったワンちゃんでしたね。毛皮がてらてらと光っていて、凄く硬かったです」


 今日のお料理はいまいちでしたね――みたいな調子で言って、武器を振るい汚れを落とした。私は見た。武器から振るい落とされたフロッグドッグの体毛が地面にはみ出た木の根に突き刺さった。

――フロッグドッグの厄介な特性、それは湿ると硬化する毛皮なのだ。剣で切れば剣が折れ、鈍器で殴れば柄がへしゃげる。鎧と違い一切の隙間が無く、唯一攻撃が通るであろう“目“も、犬ならではの早い動きのせいで狙うことができない。だから、討伐には複数人のハンターが必要になる。水辺からおびき出し、体毛が乾き軟化するまで陸上に留まらせるように誘導するしか倒す方法が無いのだ。

 そんなフロッグドッグの硬化した体毛をアーネットは切り裂いた。それも、武器に血が付着していないところを見ると、加減して攻撃したらしかった。

 一体どれだけの力をもっているのか。それに、あの武器もどれだけ頑丈なのか――全力で攻撃した場合、どれほどの破壊をもたらすのか……。

 怖い――今まで見たどんな先輩ハンターと比べてもアーネットは壊れている。多分、フロッグドッグを見ても身じろぎ一つしなかったロカもただ物じゃない。この二人は異常だ。希少なモンスターなんかよりずっと……。

 私は再び決意を固める。二人について行こう、せめてこの森を出るまで。それが私に利益をもたらすかどうかは分からない。でも、ハンターと言うのは理解できないものに惹かれやすい人種だ。酷い目に会うかもしれないけど、我慢できないのだ。

 それに、水辺でもないのにフロッグドッグに遭遇するなんて、そうあることじゃない。こんな希少な出来事がいきなり起こったあたり、二人は変な運をもっているのかもしれない。もしかしたら、この先、図鑑にも載っていないような希少なモンスターに出会うんじゃないだろうか――。

 私が人を探しているという二人の道案内を申し出たのはそんな理由からだった。



 *



 私の予想は見事に的中した。早朝に焚火をしたキャンプ地を出発し、すでに日が暮れ始めている。ここまで来る間に、実に多種多様なモンスターたちと遭遇した。フドッグドッグを皮切りに、次から次へと珍しいモンスターが湯水のように出現し続けたのだ。

 なかでも、一番驚いたのは“竜”だ。

 進化の過程で、魔力を操る術を身につけた生物を魔法生物と呼ぶ。その中でも特に体が大きく凶暴なのが、爬虫類の亜種と位置付けられる魔法生物“竜”だ。

 はじめて見た。おそらく、この森で竜を見た人間は他に居ない。居たとしたら横の繋がりが太いギルド内で話題に上がらない訳が無い。

 私たちが見た竜は岩に擬態していた。岩場に差し掛かったところで揺れを感じると、すぐ近くの岩の地面が隆起しだし、やがて大きな翼を広げた。白い岩を鱗として張り付けた蝙蝠の羽根の生えた蛇――そんな見た目だった。全長は五十メートルほどあっただろう。翼はさらに大きい。ゾウを一口で飲みこめるであろう大きさの口を大きく開き、こちらを威嚇してきた。

 言うまでもなく私は腰を抜かしてしまった。あまりにスケールが違いすぎて、恐れや驚きより先に、自失状態になりかけていた。脳が考えるのを放棄し、感情をシャットアウトしてしまったような、そんな感覚だった。

 竜は私たちを敵と定めたようだった。頻りに咆哮を浴びせてくる。やがて、竜は動きだす。

 翼を折り畳んだ。飛ぶ前の呼び動作に見えたが、そうではなかった。グゴゴゴゴ――と地を揺さぶるような咆哮と共に勢いよく翼を広げる。すると、私たちが立っていた地面が爆発した。

 私がその光景を鳥瞰することができたのは、アーネットがとっさに私を抱えて飛び退いたおかげだった。ロカも同じように飛んでいた。

 きっと、ギルドに帰ればこの出来事を報告するだろうけど、事細かに説明できるのはこの辺りまでだ。

 地面に着地した次の瞬間、私はアーネットとロカの姿を見失った。すごい速さで地面を蹴って移動したらしかった。岩影を上手く利用して、竜に近づき、攻撃を仕掛けたようだった。この目で直に見たというのに、その動きを正確にとらえることすらできなかった。

 竜は翼を開閉することで発動する魔法爆撃を繰り返した。三度に渡って地面を爆発させた。しかし、それは二人に当たらない。そして、四度目の爆発は起きなかった。

 右翼の付け根あたりで金色の光が瞬いた。次の瞬間、その辺りから緑色の液体が噴き出し、右翼は地面に落ちた。真下にあった巨大な岩石を粉に変え、派手な音を立てた。

 続いて、今度は残った左翼の付け根周辺で銀色の閃光が走る。こちらは羽が地面に落ちるまで体液が噴出しなかった。

 竜は一瞬にして両翼と、おそらく魔法を失った。巨大な蛇になった竜は地響きを立て、岩の間から地面に潜って姿が見えなくなった。

 翼を切り落とした金色の光に見えたのがアーネットの一閃であり、銀色の方がロカの細い剣であることを知ったのは、昏倒から覚めた後だった。恥ずかしい話だけど、私は竜が逃げた後気を失ったらしい。

 おそらく一生狩りを続けても、私程度ではこんな体験できなかっただろう。

 竜を間近で見た――それは、生涯心に驚きを与え続ける体験になったに違いなかった。


「本当にモンスターの多い森ですね――なかなか進めません。これではコイド様にいつまでたっても会えませんよ」


 竜とたたかった後、アーネットは実に落ち着いていた。何事もなかったような態だ。ロカにしても同じようなものだ。


「恋に試練はつきものですよ。アーネットさん」

「こ、恋とかじゃないって、何度言ったら――」


 冗談を言ってじゃれ合っている。私は腰を抜かさないように立っているのがやっとだというのに……。


「さて、そろそろ進みましょう。出来れば日が暮れる前に森を抜けたいところです」

「そうですね。食料も少なくなってきた。この森の生き物は食べずらそうだし――急ぎますか」


 そして、私は気づいてしまった。

 

――まだ最後とは限らないじゃないか。


 ここから先、さらにとんでもないモンスターが現れる可能性は……十分ある。


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